第19話 雛沢の彩花

「・・・・・・ッ。」


目を覚ますと、そこはベッドの上だった。

確かオレは胸を貫かれたはずだった。


「・・・・・・」


胸を触ってみるも、背中を触ってみるも、傷跡は噓のように無くなっていた。


「夢・・・だったのか?」


疑問は残りつつも、この部屋をくまなく調べることにした。


「・・・流石に扉はあるよな。」


白い扉がポツンとあった。

部屋自体が殺風景な白色なのもあり、一見すればどこにあるのかも分からなくなるような扉を見つけた。


「空調設備も当然あるよな…」


天井に取り付けられた、換気設備やエアコンを確認した。

見る限り大分新しめの機材、それも最新鋭の設備だ。


「・・・てか、いつまで寝てんだオレは。」


そう言って、オレはベッドから飛び起きた。

服装も黒いポロシャツから、白い無地のスウェットになっていた。

それよりもあのベッド、妙に寝心地がいいんだよなぁ。

それこそ、ずっと寝てたくなってくる程に。


だからなんだって話なんだけどな。


「さて、まずは・・・」


オレは最初に目に付いたものを調べることにした。

最初に目に付いたものは、本棚と机である。


「こんなところに読書スペースか?」


そう言ってオレは本棚に置いてあった一冊の本を手に取った。


「・・・陰陽五行論理おんみょうごぎょうろんり?」


オレはその様な意味の分からない本に目を通した。

そこに書いてあったものはこうだ。


【基本的な五行思想では「5つの元素は互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底に存在する。】

【これらは陰と陽の気に呼応するものであり、「火」と「木」は陽の気……即ち『世界をより良くする意志を持つ【大敵】に呼応する存在』を指す。】

【また、反対の「金」と「水」は、陰の気……即ち『他者を支配し、自由を広げる意志を持つ【大敵】に呼応する存在』を指す。】

【ただし例外として、「土」の力を持つものは、陰でも陽でもなく、『無限の象徴である宇宙と接続する権限を持った唯一無二の【大敵】の存在』として存在する。】

【「土」の【大敵】は、『三皇』と呼ばれる存在や、『神威』と呼ばれる存在と並び立つことが出来る存在でもあり、他の『五帝』とは一線を画した存在である。】


と書かれていた。


「『三皇』・・・『五帝』・・・それに、『神威』や【大敵】って何だ?」


今のオレにはとてもじゃないが、理解に及ばないものだ。

放っておいても問題はなさそうだが、何故かこれは持っておかなくてはならないという気持ちに駆られた。


―――きっといつか役に立つだろう。

そう言ってる気がしなくもなかったから。


そうして本を抱えたまま、扉の近くにあった鏡の前に立った。


「・・・本当に服が変わってるな。」


外に出る時によく着る黒のポロシャツに赤と黒のコートを上から羽織り、青のジーパンを穿くいつものスタイルとは打って変わって、上下白のスウェットという一貫した白の基調で、ある意味尊敬する。


―――その瞬間だった。

とある違和感が、全身を襲い掛かったのは。


「―――!?」


一瞬ではあるが、オレの目が金色になり笑っていた。

その後、鏡の中の風景が割れ、その中から宇宙らしきものが見えたと思ったら、その中に引き込まれる感覚が全身にのしかかってきた。


―――まるで、時間が消し飛んで『永遠』の感覚に迷い込んだような……

まさに摩訶不思議な体験と違和感が全身を包み込んだ。


「―――――何だったんだ……今の……」


とてもじゃないが、理解と筆舌に尽くしがたい体験だった。

まるで現実ではないようで、それが否定し難い真実のようなもの。

ともかく、こんなの何度も体験したらとてもじゃないが、気が変になってしまう。


ひとまず休もうとしてベッドに戻ろうとしたその瞬間。


「す・・・すみません、壱原琉輝さんはいらっしゃいますでしょうか?」


どこかで聞いたような優しい声が、オレを呼び止めた。


「・・・はい、オレはここにいます。」


次の瞬間、扉が開いた。

そして、女性が部屋に入ってきた。


「失礼します・・・」

「―――――!?」


その女性の顔・・・というより雰囲気は、覚吏と瓜二つ。

白髪の髪に赤目の女性はどこか、覚吏の雰囲気を醸し出していた。


―――そしてその女性は、さっきオレが助けた女性とそっくりだったからだ。

あの時は眼鏡をしてたからまだわからなかったけども。


「あの・・・私の顔に何かついてますか?」

「い、いやぁ……その……ッ……」


―――言えない。

不覚にもオレがアイツに本気で惚れてたとは知らなかったなんて。


そして目の前の女性に一目惚れをしてしまったなんて。

とてもじゃないが、初対面の人の前で言えないことをさりげなく言ってしまいそうだなんて。


―――嗚呼、あの馬鹿だったら今頃……


『おいおい、まさか本気で惚れてたのか!?冗談はよしてくれよ、はっはははは!!!』


て感じで心読まれて笑い飛ばされてたから、それがこんなにもわからなくて幸せなことだとは……!


「どうしましたか、琉輝さん?」

「なっ、ナンデモナイデスカラ!!!」


つい声が裏返ってしまった。

やっべ、顔あっつ。


「そういえば、自己紹介がまだでしたよね。」

「そ、そうですね・・・」

「では、改めて。―――私は葛飾警察署『地域課』所属の、白柳寧々はくりゅうねねと言います。こちらだと・・・雛沢赫李ひなざわあかりって言う方が正しいのでしょうね。」

「―――――!?!?!?」


ひ、雛沢だって!?

それって、まさか―――


「いつもさっちゃんがお世話になってます。あの子ったら、すぐはしゃいで気付かない内に大怪我をするんだから危なっかしいんですよね。」

「さ……さっちゃん?」

「はい、雛沢覚吏。私の双子の妹です。」

「双子ォ!?」


―――た、たまげたなんてもんじゃねぇぞ・・・

覚吏に・・・双子の姉?

雰囲気が似てるってのはそれで解決するかもだが…


今までそんなの聞いたことなかったし、何よりもそうだったとしたら。

―――小さい頃にオレと会っていないはずがないんだ。


「まあ、驚くのも無理はないですよね。パパの考えで、ずっと、さっちゃんに会えなかったんですから。」


―――パパ……穢虚盧さんが、そんなことを?

少なくともオレの知る穢虚盧さんは、そんな大事なことを隠しておく必要はないはずだが……?


「そ…それよりもっ!今日は何の日か分かりますか!?」

「記憶が正しければ、今日は12月23日だったはず……」

「はい。そしてたった今、12月24日、クリスマスイブになりました!」

「・・・あれ、そんなに寝てたのか。」

「はい、パパからは『少なくとも今日中に起きることはないだろう。計算上では明日すぐに目覚めるけどね。』って言われたので。」

「とすると、今の時間は……」

「ちょうど、午前0時10分です!」


確か、事件が起きたのが昼過ぎだから…

半日くらい寝てたってわけか。


―――(。´・ω・)ん?ちょっと待てよ?

何で穢虚盧さんがオレの状況を知ってるんだ?

それに雛沢ってことは、もしかすると……


「なあ赫李さん、一ついいですか?」

「はい、なんでしょうか。」

「―――ここってどこっすか?」


そうなんだよ。

余りにも自然過ぎて分からなったけど、今更ながらここどこ。


すると、赫李さんはこう答えた。


「―――ここは私の家……というより、雛沢家そのものです。」

「ひ、雛沢家……?」


てことは・・・覚吏の実家・・・!?


「ま・・・マジですか?」

「そうですよ。・・・ずっとここで過ごしてきました。」


ずっと……こんな殺風景なところで、30年近くも暮らしてきたって言うのか…!?

とてもじゃないが、さっきの体験以上に気がおかしくなりそうだ―――!


ただただ知識と経験を与えられ続け、それを日常茶飯事のように過ごすだなんて……

ああ、道場の鍛錬の方がまだ面白みがあったと思ってしまう……!


「・・・さっきから何で黙っているんですか?」

「えっ。―――あ…そのぉ……」


そりゃあ黙らざるを得ないでしょうが!!

むしろこの状況で結構喋ってる方だと思うよオレ!!


「しっかり喋らないと何が言いたいのか分かりません!!」

「良いから外行こう!!しっかりと素敵な一日を過ごそう!!」


そう言ってオレは赫李さんの手を取って、部屋の外に飛び出した。

そしてすぐさま理解した。


「てか出口どこ!?」


至極当然の結論だった。


そりゃそうだよなぁ…

見知らぬ部屋に入れられたかと思ったら、そこが始めての場所だから尚更出口が分からないのも残当としか言えない。


そして次の結論がすぐさま頭から飛び出した。


「・・・寝よう。」


時間も時間だし、寝る以外の選択肢が今のオレにあるとでも?


「さっきから色々と激しいですね……」

「よくよく考えたらこんな時間に押し入る貴女も悪いんですからね。」


そしてそのまま居心地のいいベットに寝転んで、後は眠りを待つだけだ。


そう眠りを…

待つ…だけなんだが…


「―――――――。」


寝れねぇ。

こんな雰囲気で、しかもちょっといい感じになったら寝れないだろ。


あーマジでどうすんだよこの空気は!?

何かしようと思っても、実際なんも出来ないんじゃまさに千日手だ!!!


そう思った矢先である。


「―――失礼しますね。」


赫李さんがベッドに入ってきた。


「実は、私もさっき帰ったばっかりで。」

「ちょ、な―――」


ゆっくりと肌を重ね合わせる赫李さん。

手と手を合わせて、オレの隣に寝転んできた。


「―――今夜は、よろしくお願いいたしますね?琉輝君。」

「あ――――――」


その後どうなったかは、オレは喋りたくない。

強いて言うのなら―――


目覚めた後、お互い一糸纏わぬ姿となっていたことと…


カーペットに、赤い染みが付いていたのである。


「――――――やっちまった……」


ともあれ、今日から彩りを付けていく毎日が、こんな形で始まってしまった。

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