桜の記憶

 ぶっちゃけ、罰ゲームの内容を聞かされたときは、鼻で笑ってやろうかと思ったくらいだった。


 しかし、ぬいぐるみを探して持ってくるだけで済むのなら、あえて嫌がるふりでもしておいた方が都合が良いと即座に判断し自重しておいたのだ。


(今頃、俺がビビりながら廃墟探索してるとか思ってんだろーな)


 階段を昇り終え、俺は長く伸びる通路に視線を這わせた。


 月明かりで青白く照らされた通路は、静謐に支配されたように無音の世界を作り上げている。


 いつ誰が描いたのかわからない、壁の落書き。


 割れてその役割を果たせなくなった窓ガラス。


 床に散らばる空き缶や菓子袋。


 それらを軽く一瞥してから、俺はゆっくりと歩みを再開した。


 手前の部屋から順番に調べ、少しずつ先へ進んでいく。


 やがて、ちょうど通路の中央に設けられたトイレの中までを調べ終えると、俺は疲れを滲ませた息を吐いた。


“ぬいぐるみはすぐ見つけられるように置いてきたから、せいぜい頑張ってこいよ”


 友人が笑いながら告げた言葉を思い返す。


「あいつら、人のこと騙したんじゃねぇだろうな……」

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