第34話  灼熱の魔神② ~バトルパート~

「う、く、こんな……アルシエル……」


 熱風に弾かれた彩斗は、岩へしたたかに背中を打つと、呻きながら地面に片膝をついた。

 すでに全身が軽い火傷にさらされている。予めエルンストに渡された『耐火薬』と、スララの『膜』がなければ死んでいた。

 顔を歪めて立ち上がりかけた直後、スララがやって来る。


「大丈夫……? 彩斗」


 心配そうに、彼の顔を覗き込む。


「動けないほどの傷じゃ、ないよ。でもあれは……アルシエルは、いったいどうしたんだ……。昨日の夜とは全く違う。まるで、何かに取り憑かれたみたいだ」

「……きっと、まだ記憶が混乱してるんだと思う」


 痛ましい表情で、スララは語る。


「昨日の夜は、最近では一番落ち着いていたみたいだった。でも今日は違う。調子が悪いときのお姉ちゃん、私が前に説得しに行った時も、ああだった事があるの。きっと今は、似た状態。断片的な記憶だけで、戦ってる」

「昨日の夜が、一番落ち着いていた……?」


 あれが。怒りの表情と思ったら後悔の顔を見せた『アレ』で、小康状態だったというのか?

 それは、あまりに――。

 けれど、わかる。確かに理解できる。アルシエルはもう、限界近くまで追い詰められている。ベリアルへの復讐にまみれた心は、いつ破裂してもおかしくなく、おそらくは完全な狂人になってしまうまで、そう時間は掛からない。


「それなら……長期戦はできないね。短期で決着をつけないと」

「判ってる。だからわたしが前に出て、囮になる。彩斗は予定通り、ゲヘナで確実に仕留めて」

「でもスララ……それだと君ばかりに危険が」

「それは十分判ってる。でも今のお姉ちゃんは普通じゃない。わたしにも容赦なく攻撃してくるかもしれない……でももうこうなったら、これしかないよ」


 スララは懇願するように、力強く言う。


「戦ってみてわかったの。お姉ちゃんは、まだわたしのことはっきり覚えてる。彩斗だけに炎の爪を使って、わたしには掌底だけで攻めてきた。それは、わたしには本気を出せないからだと思う。だから、わたしが前に出て、彩斗がとどめ――これしか方法はないよ」

「それでも……危険すぎる」


 たった一撃で死ぬような魔神の猛撃は、余波だけで危険過ぎる。

 スララの体はあちこち炙られ、火傷も出来ている。エルンストの『治療薬』で回復していたが、いつまでもそれが使えるわけではない。

 スララの事が、心配だった。彼女だけにそんな危険はさせられない。

 けれどスララは首を振り、優しく言った。


「お姉ちゃんがどこまで記憶を繋げてるかはわからない。でも、闘技は魔物を倒せば勝ち――つまりわたしを倒せば勝てるんだよ~。これは、まだアルシエルも、覚えてると思う。でも今言ったように、お姉ちゃんはわたしに本気を出すことはできない。だから、わたしが劣りに徹するべき」

「理屈はそうだけど……」


 彩斗は迷う。

 もちろん本音は彼女が心配だ。あの業火、かすっただけでも猛熱が襲いかかり、万一、巻き込まれたら即死だろう。

 アルシエルに、スララをかばう余地があると言っても、いつまでもつか分からない。

 だから、死と生のぎりぎりの縁に立たされるスララの境遇に、魂が割れそうになる。


 けれど――今は耐えなければならない。今、囮が出来るのがスララしかいなくて。

 切り札のゲヘナは彩斗にしか使えないのなら。

 心を鬼にして、氷のような冷徹さを持たなければ、この闘技に勝利はない。


「――判った」


 彩斗は、一旦目を閉じると、自分の中の葛藤を打ち消した。


「ボクもアルシエルを信じる。ベリアルなんかより、スララを優先するっていう――キミたちの家族愛を信じる。だからスララ、一緒にお姉さんを、救おう!」

「うん! 後は任せたよ、彩斗っ!」


 スララが決然と言う。

 一瞬後、はにかんだ少女の顔は、いつになく綺麗だった。

 胸が締め付けられそうな想いで、彩斗はスララの手を強く握る。

 スララが、リコリスの膜を、再び二人の体にまとわせた。そして槍、棍棒、盾、いつくもの武器を創り出し、振り返る。最後にとびきりの笑みを見せたスララは、手を離し、岩の上に登ると、大きく声を張り上げた。


「お姉ちゃん! いや、魔神アルシエル! わたしはここだよ! 今から本気で戦う、覚悟してっ!」

「アアァッ、アアアアァァ――ッ!」


 魔神の怒号が、大気を震わせる。

 跳躍と共に、スララがリコリスの武器を放り投げた。さらにリコリスを盛大に伸ばす。半透明の房が岩に巻き付き、巨大な岩石を持ち上げる。


 剛撃一発。――大きく綺麗な弧を描き、空間を引き裂くようにして、巨岩がアルシエルへと叩き降ろされる。

 爆裂音と震動が戦場を揺るがす。土柱が盛大に天井へ立ち上る。

 ひび割れ、放射状に広がった地面の亀裂はほとんど彗星の衝突じみた破壊痕だ。


 しかし、ガルムを一撃で倒した技を用いても、アルシエルには何の効果も及ぼすことができなかった。

 紅い五つの軌跡が翻る。

 無造作にアルシエルが振り上げた業火の爪は、やすやすと巨岩を両断。半ばから融解し、火の粉と粉塵を撒き散らせて残骸を左右に吹き飛ばす。


「まだ!」


 だがスララも一撃で倒せるとは思っていない。

 さらに巨岩を持ち上げたと思えば、別のリコリスで次の岩を持ち上げる。初撃と三秒も開かず叩き下ろす。アルシエルがそれも火炎の爪で切断し、咆哮するが、即座にスララはリコリスで持ち上げた岩を、猛然と叩き降ろした。

 何度も、何度も。 

 暴力的なまでのリコリスによる岩の叩き付けは、まさに嵐だった。

 巨大な質量が空に舞い、膨大な遠心力と共に飛来する。


 しかしアルシエルには通じない。

 スララの全力も、アルシエルが爪を一閃するだけで、たちまち蒸発し無力化する。


 それでも、スララとしてはやめるわけにはいかない。

 単独でアルシエルの足止めをできるのはこれしかない。

 リコリスの直接攻撃ではかすり傷一つ負わせるのは不可能だ。だから愚直に岩にリコリスを巻き付けさせては振り回す。それを延々と繰り返す。


 彩斗がゲヘナを放つまで。確実に命中させられる隙を作るまで。

 攻防に苛立ったのは――アルシエルだった。

 幾度目かの岩が振り下ろされ、命中する直前。アルシエルは爆発的な跳躍で、一気にスララへと肉薄した。


「あ……」


 油断した。

 いや気の緩みを狙われた。

 もうかわせない。

 掌打の一閃。槍のごとく放たれた右の一撃は、スララを容易く飛ばした。遥か彼方の岩にまで、スララは弾け飛ぶ。

 しかし、その一撃でアルシエルは一瞬、油断した。追撃にかけようとしたわずかな意識の隙――スララはすぐには反撃できないという慢心が、彼女の撒いた罠に気付くことを遅らせる。


「かかったよ……!」

「なに……?」


 アルシエルが、足首に違和感を覚えて眼下を見る。

 そこに、スララのリコリスの分体があった。

 触手が猛然とアルシエルの胴体に巻き付き、あっと叫び切断する暇もなく、横殴りに大きく振り回されるアルシエル。

 エルンストに貰った『耐火薬』をふんだんに用いた一撃だった。


 やや遅れて――スララが先端鋭い岩を、リコリスでぶん回していた。

 分体に振り回されたアルシエルと、鋭利な岩の先端。

 その二つが――恐ろしい相対速度のまま激突する。


 破片が舞った。

 轟音が、闘技場全てに轟いた。

 砕け散った岩が花火のように虚空へ弾け、雨のように地面へ降り注ぐ。


「やったっ!」


 興奮の声のまま彩斗は駆け抜ける。岩の破片が、火の粉が、盛大に舞う最中――

 ゲヘナを撃つべく右手を――落下するアルシエルへと向ける。


「ゲヘ――」


 だが、訪れた好機の瞬間。

 突如膨れ上がった殺気に、彩斗は身を凍らせた。


「その程度か? その程度なのか、ベリアル! そんなもので私は倒せない。私は、ベリアルを殺すまデ倒れるわけにはいかなイ。わたしは、絶対に、アア、負けるわけには、いかないんだっ!」


 アルシエルの火炎の爪が、さらに伸びる。それは形を変え槍となり、先の倍にまで伸長すると、猛然と『発射』される。


「う、わああぁっ!」


 一つ一つが烈火に包まれた五本の槍は、宙を穿ち、彩斗を射殺さんと迫りゆく。

 スララが反射的にリコリスを伸ばすも防げない。半透明の盾は薄紙よりも無残に貫かれ、燃やされ、彩斗の目前へと死の火槍が迫る。

 とっさに彩斗は、氷のコンバットナイフを鞘から抜き一閃させる。

 冷気と共に輝く刃が、烈火の槍と衝突した。

 一本はなんとか弾き出せたが、残る四本はそうはいかない。

 二本が左肩へとかすり、もう二本は左腕と右わき腹をかすめ、激烈な痛みを彩斗に刻み込む。


「うあああっ!」


 痛覚の限界を超えた激痛が、襲いかかる。

 意識が一瞬飛びかける。ふらつく足に力を込め、何とか歯を食いしばって彩斗はその場を跳ぶ。


「うう、ぐう……」


 かすっただけなのに、この威力。

 激痛が彩斗を貫く。

 息をするのも絶え絶えだった。薄れかける意識の中、彩斗は逃げながら、氷結のナイフの刃を、傷口の一つに当てた。

 左肩に冷気が注がれる。

 ガルムに強化された氷の刃は、強靭な強さと共に、消えない冷気を発していた。

 そのおかげで、傷口がふさがり、意識もはっきりとしてくる。


「はあ……はあ……、く……!?」


 しかしそこで、彩斗は硬直した。

 槍が、地面に突き刺さった烈火の槍が、不気味に五本とも蠕動していたのだ。

 アルシエルの分体だ。

 アルシエルが射出したリコリスの火炎の槍が、そのまま魔神の一部として分離し、動き出したのだ。

 妹のスララが出来て、姉のアルシエルに同じ事が出来ないわけがない。どろりと溶けるように変形した『分体』は、水溜りのような形を取ると、それぞれ一部が伸長。触手のように伸び、烈火をまとわりつかせて彩斗へ殺到した。


「くそ……っ!」


 転がって回避を試みた彩斗だが、五本のうち一本が左腕にかすった。

 意識が断絶しかけるほどの激痛が走る。側面に転がった彩斗は、氷結のナイフを傷口に当てるも、焼け石に水だった。

 それでも、烈火の触手の攻撃は終わらない。


 伸びた烈火の触手が、まるで亡者の手のごとく迫りくる。

 白濁した意識で、必死に彩斗はコンバットナイフを振り回す。

 だがそのたびに触手はかすり、うねり、体のどこかに当たって激痛が走る。


「ぐ、ううう……っ!」

「彩斗! 伏せて!」


 瞬間、リコリスで岩を持ち上げ、スララが岩を振り回す。

 烈火の触手が、岩によって吹き飛ばされた。火の粉が荒々しく散り、燦然と降り注ぐ中、スララが彩斗のところに飛び込む。


「彩斗、大丈夫?」

「ああ! まだ、戦える……!」


 スララはそのまま彩斗の手を引く。リコリスの鎧の冷たい感触を感じながら、彩斗は彼女と並走する。


「ごめん、スララ」

「謝らないで――来るよ!」


 怒号と共にアルシエルが左手の爪を再び伸長させる。

 今度は攻撃ではなくリコリスを分散させてきた。本体と分離し、扇状に飛び散った分体が、彩斗とスララの走る先々に落下する。

 接地と同時に真紅の火炎が、猛然と迫り来る。


「う、くうう……っ」


 彩斗が走りつつコンバットナイフを振るう。スララが必死に、リコリスで岩を持ち上げ迎撃する。

 だが、何十もの火炎のリコリスを操りながら、アルシエルの攻め手はまったく緩まることがない。

 スララもリコリスを振り回し分体を周囲へと撒き散らすが、劣勢もいいところ。

 半透明の触手が生まれ、焼かれてはたちまち新たな触手が伸びていく。


 スララとアルシエルの触手が、次々とぶつかり、空間にリコリスの乱れ桜を形成する。

 しかしそれはスララの一方的な敗北だった。元から速さが違う。練度が違う。スララの半透明の触手は烈火の触手に焼かれ、千々に散っては消えていく。


「殺ス!ベリアル!  私のリコリスよ、ワタシのリコリス、復讐を阻む愚か者ヲ、焼き殺セっ!」


 アルシエルが吠える。

 灼熱の尾を引き、烈火の触手が十重二十重に彩斗たちを襲う。

 即座にスララが岩を持ち上げさせ振り回し、彩斗が氷の刃を乱舞させるがそれだけだ。

 状況を打破出来ない。技の規模も、練度も、何もかもが違い過ぎる。

 意識も思考も白熱させる程奮闘し、彩斗とスララは懸命に迎撃、あるいは回避を試みるが、まったくアルシエルへ反撃する機会が訪れない。


「はあ、はあ、スララ、一旦岩の陰に! このままじゃ……焼かれるっ!」

「でも……っ」


 心臓が破裂しそうな感覚と共に、彩斗はスララと岩場の間を駆け抜ける。

 かすれた声が、かろうじて彩斗から出る。


「はあ……くう……アルシエルのリコリスは厄介過ぎる。スララみたいな伸縮性に加え、火炎属性もあるなんて……」

「それだけじゃないよ」


 スララも息を切らせながら言う。


「お姉ちゃんは魔神になる前に、自分のリコリスを鍛えてた。つまりわたしが出来る以上に、お姉ちゃんは扱える」


 要は、スララの上位互換。そのハイエンド。

 その一つ一つの攻撃に、火炎の攻撃力が上乗せされている。加えて魔神ゆえの無尽蔵な体力。

 スララと同じ技に、火炎のリコリスの力――どう足掻いても勝てる要素は見当たらない。 

 怒れる魔神が、憎悪と共に咆哮する。


「逃げるカッ! 私の前から遠ざルか愚か者! いいだろウ、それなラば貴様らに、世界を滅ぼす力ヲ見せテやろウっ!」


 膨れ上がった怒気に、彩斗たちは身震いする。

 振り返って見たならば、アルシエルは高く、高く跳躍し、鬼の形相を浮かべていた。

 アルシエルの火炎の爪が、さらに変化する。

 次々と枝分かれしていく。

 烈火のリコリスの先端が、鋭き刃が、悪夢のように増えて何十何百、いや何千を超え何万という単位に及び、全天を、上空全てを紅々と覆い尽くし燦然と染め上げる。


 ――凌げない。


 彩斗の胃の底が、その光景に凍り付く。

 スララだけは手加減されるかもしれない。だが、間違いなく彩斗は骨も残さず蒸発させられるだろう。

 それは予想ではなくもはや確信だった。何を行おうと、あれは防げない。


「消え失せロっ!」


 彩斗はダメ元でゲヘナを撃つべく右腕を掲げ上げた。

 スララが分体と本体のリコリスでありったけの岩を持ち上げ、ぶん投げるが瞬時に溶かされる。

 数が多すぎる。あれを全て防げる気がしない。


 ――負けるのか。


 死への確信が、彩斗を揺るがす。冥府への死神が、彩斗の背を撫で回す。


 ――こんなところで。


 数万の紅蓮の大蛇と化したリコリスが、一斉に牙を剥き、灼熱の地獄が放たれる。


 その、寸前――。




「――見るに耐えん光景である。加勢しよう」




 閃光が翻った。

 一条の斬撃が、アルシエルの脳天に直撃した。


「ヌう……っ!?」


 衝撃はアルシエルの全身を伝わり姿勢を崩させる。直後、スララの投げつけた岩が、アルシエルへ直撃した。

 激震が起こり、衝撃波が走り抜ける。炎が弱まり、直撃を食らったアルシエルが木っ端のように地面へと叩き付けられる。

 濛々と、粉塵の柱が立ち上がった。

 全天にあった紅蓮の炎が消えていく。

 そんな中、上空から白衣の裾を翻し、してやったりの笑みを見せながら、一人の青年が、彩斗たちの目の前へ着地した。


 エルンストだ。


 白衣をなびかせ、翡翠色の剣を振りかざしながら、彩斗たちのそばに歩み寄った。


「無事であるな?」

「……エルンスト、さん」


 彩斗たちは思わず駆け寄った。


「なぜ、どうして闘技に……?」


 エルンストは悪戯を成功させたような笑みで応じた。


「見れば判るだろう? 援軍である。まあ……詳しくは攻めながら話そう。スララ、岩をアルシエル投げつけるのである」


 すでにスララはこの時点でかなりの体力を消耗していたが、好機とばかりに二本のリコリスで交互に岩を投擲し続ける。

 それと同時、エルンストは翡翠色の剣を地面に突き立て、白い衣の裾を翻した。

 その裏地にあるのは短槍、短剣、投げナイフなど数々の武装だ。それらを手に取り、彼は一斉に投げつける。


 直後、一直線ではなく複雑な軌跡が走る。

 宙を奔り、アルシエルへ次々と突き刺さる刃の群れ。

 それらがアルシエルを幻惑し撹乱し殺到する。


 ワストーやグルゲンにも使った自律攻撃武装インテリジェンスウェポンだ。

 斬撃や岩の衝突音が響く中、エルンストは振り返る。


「いや、とにかく間に合って良かったのである。今日の闘技、本来ならばワタシとフレスベルグが君たちの相手だったのだが、事情が変わった」

「え……」


 愕然と、彩斗が問い返す。


「エルンストさんたちが、本来の相手……?」

「そうである。しかししかしキミたちがアルシエルと約束を取り付けさせたため、状況が変わった。フレスベルグは待機状態となり、代わりにアルシエルがm魔物として参加することになったのである。ワタシは、彼女の『ペア』として決戦の舞台に出ることになった」

「そうだったんですか……」


 安堵の声と共に、彩斗が胸をなでおろす。

 本来なら、同士討ちとも言うべき悲惨な戦いだった。


 だが皮肉にも彩斗あアルシエルと交渉し、今日の闘技へとこぎつけた。

 偶然と偶然が重なった結果。

 けれど、運命はアルシエルとの直接対決に結びつけた。


 これは、幸運だった。偶然の産物ではあるが、状況は好転した。

 アルシエルに対し、彩斗、スララ、エルンストの三体一という構図。


「でも、エルンスト~、今までどこにいたの? 全然姿が見えなかったよ~」


 スララが疑問を言った。


「うむ。アルシエルのペアとして参加することになったはいいが、彼女はあの様子であろう? ワタシは、巻き添えを避けるため、退避していたのである」


 それでも、顔のあちこちに火傷の痕があった。

 猛攻は彼の方にも遠慮なく行っていたらしい。

 エルンストは苦笑し、


「……とはいえ、何だな。ワタシは闘技の直前、中央部でアルシエルの隣にいたのだが……キミ達は、気づかなかったのであるか?」

「全然、まったく」

「アルシエルしか目に入らなかったよ~」


 エルンストは大きく吹き出した。


「はは。ワタシも影が薄くなったものであるな。……さて、あとどれくらい戦える?」


 エルンストは真剣な表情で問う。

 すでに、彩斗は負傷、スララもかなりの疲労を負っている。

 アルシエルも火炎の余波を受け、体の左半分を火傷していた。

 アルシエルのすぐ隣に立っていた彼は、もろに高熱を受け、その治療に専念していたらしい。


「あまり長くは戦えないよ~。リコリスも動きが悪くなってる」


 エルンストの質問にスララは答えた。


「ボクはまだいけます」

「ワタシもまだいける。……が、どのみち短期決着を試みるしかないのであるな」


 確かに、彩斗も疲弊、スララも同様だ。アルシエルのあの猛攻、いつまでも避け続けられるわけがない。

 ただれた左の顔半分をひくつかせたエルンストが、さらに続ける。


「アルシエルはあのざま。我々もそう長くはもたない。ならばスララ、我々が前に出よう。――彩斗は、ゲヘナをとどめに当ててくれ」

「それは――はい、判りました」


 彩斗は一瞬、案じるような表情を見せたが、頷いてみせた。

 現状、そうするより手段はない。彩斗が前衛を出来ない以上、スララとエルンストが前で掻き乱す必要がある。


「……でもスララ、エルンストさん、気をつけて。あれはもはや――灼熱の塊です」


 戦場の一角、怒声と共に業火の火柱が吹き荒れている。

 もはやアルシエルは歩く天災。近づく者全てを焼き尽くす。

 まさしく破壊神。


 けれど――エルンストは余裕そうに笑った。


「フフ。戦場の空気がワタシを呼んでいる。懐かしい空気である。機械神天使との戦いを思い出す。手が足りなければ足を、足が足りなければ脳を。使えるものは何でも使う。それが我ら、科学者の戦い。死力を尽くす、その喜びよ。フフ、フフフ……」


 すでに戦闘のための高揚感に包まれたエルンストは、半ば狂気の笑みを宿らせる。

 この人も戦士なのだ、と彩斗は思う。科学者であり、探求者であり、それでいて目の前の困難に立ち向かう、勇気のある人。


「ウウァ、ゥァ、アアアアァア――――ッ!」


 獣のような雄叫びを上げたアルシエルが、粉塵も岩も刃も吹き飛ばす。

 烈火の爪が、紅々と翻る。すでにアルシエルも限界が近い。その炎と共に、憎悪も増していく。


「貴様ラ……よくも私に剣を叩き込んだナ。殺す。殺すゾ! ベリアル殺しを阻む愚か者ガッ!」


「そう吠えるなよ、炎の化け物が。パートナーであるワタシに、熱風のプレゼントをした報いを受けてもらおう。次こそは終焉の一撃、お見舞いしてみせよう」


 エルンストは地面に突き刺していた翡翠色の剣を手に取り、不敵に笑う。


「彩斗、スララ。戦って判った。アルシエルも全能ではない。――隙はある。ワタシは肉体派ではないゆえ、自動攻撃武装インテリジェンスウェポンを使うしかないが、攻撃は当たる。――ならば必ず倒せる。行くぞ!」


 雄叫びで吹き飛ばされていたエルンストの武器が、意思のある事を示すように、アルシエルの周りを回っていく。

 『敵を討て』と命令を植え付けられた短剣や短槍が、短剣が、、エルンストが命令を取り消すまで、対象を襲い続けた。

 それは、まるでダンスを踊るようで。妖しくも激しい軌跡を刻んでいく。


「今だ、スララ、勝負をかけるである!」

「うんっ!」

「――愚者どもガ! 骨も残さず焼く、全てヲ焼き殺してやるっ! アアッ、ウウ、アアァア――ッ!」


 アルシエルの叫びが天地を震わせる。

 羽根のように、軽やかに、エルンストは跳躍する。

 短剣を投擲――それと同時、アルシエルの周囲の短剣へさらに一斉に襲いかかる。

 スララが走った。リコリスを展開、目眩ましに膜を作り、巨大な棍棒をも作る。

 アルシエルが呪詛を吐き出す。エルンストが白衣を翻して跳びかかり――そして、最後の闘技は終焉へと向け、熾烈さを増した。

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