第6話  様々なペア、人間と魔物たち

彩斗とスララが交流を深めていたのと、ほぼ同時刻。

 天空宮殿トルバランの牢屋の中で、人と魔物たちは、それぞれのパートナーと接していた。


「ヒャッハーっ!」


 薄暗い空間で陽気な声が響き渡った。


「すっげえー、楽しい楽しい祭りじゃん! 何これ普通に殺戮するより全然面白そうじゃねーか! 見た? 見た? サイクロプス。殺しがいのある人間がうじゃうじゃいたぜ。柔らかそうな肌! 良い血流れてそうな顔! 魔物だって斬ったことないからどんな感触なのかわかんねーし! くうううーっ! 早く闘技の時間にならねーかなあ! ワクワクして俺、死んじゃいそうだぜ!」

「落ち着け、夜津木。そう興奮していては、いずれ疲れて倒れるぞ」


 相棒たる単眼の巨人、サイクロプスが呆れて言う。

 今は、巨人の姿ではなかった。人間へと成り代わっていた。右腕の腕輪には、機能の一つとして、魔物を人化させる魔法が組み込まれており、その力でサイクロプスは二メートルほどの粗野な男へと変じていた。

 ただし、肌の色だけは元の深緑のままではあったが。


 加えて、彼にスララのような『個人名』はない。多くの魔物は名前で呼び合うという概念がなく、ただ頭領、手下1、手下2、そのように表現するばかりだった。

 夜津木のように、『人間』の中に、『夜津木』という『個人』がいて、他の人間にも名前があるというという考え方は新鮮だった。

 ただ、名前などサイクロプスにとって、どうでもいい。それにサイクロプスはゲーム内に自分しかいないため、サイクロプスこそが己を示す名だと、認識していた。

 夜津木がうきうきと言葉を連ねる。


「サイクロプスーっ、俺はお前も斬りたくて仕方がないぜ! いつか斬りてえ。お前のでっけえ筋肉と骨をずたずたに裂いてみてえ。けどよー、なんで相棒は斬っちゃ駄目なんだよ。パートナー斬ったら石化とかマジあり得ねー。くっそー、絶対いい斬り心地だと思うのに! うああー、斬りてえ」

「俺こそ、お前のきんきん声がうるさくて、今すぐ金属棒で殴り殺したいんだがな」


 殺気すら登らせるサイクロプスにも、夜津木はまるで意識を向けない。


「それと、アルシエル、あいつは最高だっ! 俺を素敵なゲームに招待してくれるなんて最高の女だ! いいケツしてたなー。胸とか、動くと美味そうに揺れてた。綺麗なドレス。くびれた腰のライン。あいつも斬りたい。絶対にいつか斬る。このゲームでみんなみんな斬り刻んで、優勝したらさ、最後にあいつを斬るんだ。ああっ、殺戮バンザイ!」


 『殺人鬼』と『巨人』、かれらは時に険悪な雰囲気になりつつも、闘争の瞬間を待ち望んでいた。



†   †



 とある牢屋の内側で。


「だるい。うざい。ほんと面倒くさい。なんであたしがこんな目に遭うの。はあ……故郷に帰りたい」


 体育座りをしてぶつくさ文句を言う少女に向かい、パートナーである青年が言う。


「まあそう言うな、フレスベルグ。私と組むことになったキミは、運がいいのである。必ずやこのアルシエル・ゲームを制し、キミを元の世界に送り届けてあげよう」


 少女はしかめっ面をして青年を見上げる。ぼさぼさとした髪型、よれよれの白い白衣、薄気味悪い笑みを浮かべた青年は、少女から見ればうっとうしかった。靴にも、黒い泥やら薬の跡やらがこびりついている。清潔感にも欠けている。


「汚い。暗い。埃っぽい。フレスベルグ、家に帰りたい。何あれ、アルシエル? 馬鹿じゃないの。こんな人と魔物集めて、ゲームなんて、頭おかしい」

「首謀者をけなしても何も始まらないのである。まずは情報の収集だ。そして対策の吟味だよ。キミのその『風のルーン』と『千里眼』の力は、アルシエル・ゲームで大いに有効なものである。さあ、使いたまえ、フレスベルグ。私たちの勝利のために」

「はあー……すごくだるい。千里眼使ったら何か食べたい。さっきの豆スープ出して」

「私のストックがあるうちは存分に食べるといい。だが食べる配分を考えねば、後になって厳しいぞ?」

「面倒くさい。早く終わらないかな……」


 やる気のなさそうな声音で、体育座りをしたまま、フレスベルグは不機嫌に千里眼を発動させる。

 青年【エルンスト】と少女【フレスベルグ】。 

 怠惰と冷静。反する性質を持つ二人は、アルシエル・ゲームの中でも屈指の実力者だった。




†   †




 さらに、別の牢屋にて。


 犬がいた。

 年老いた犬がいる。

 所々に白い毛が混じり、抜け毛もあまりごまかしきれないほどの老齢の犬だ。


 だが、その牙は鋭く尖っていた。爪は下手な刀剣よりも鋭利であり、たくましい四肢は歳を経てなお頑強な筋肉で覆われていた。


「老骨にはしんどい催し物じゃのう」


 毛づくろいをしていた老犬は、おっくうそうな口調で呟く。


「この歳でよもやこんな騒動に巻き込まれるとは。いやはや、長生きなぞするものでないの。そうは思わんかね、お嬢さんよ」


 そう言って振り向いた先には、金髪をなびかせ、青い瞳をした美しい少女がいる。


「共闘者の弱音を確認。唾棄すべき内容と断定。沈黙することを推奨」

「……やれやれ、もう少し軽い話し方はできないものかのう。まるで人形と話しているようじゃ。せっかく綺麗な乙女とペアを組まされたというのに、こんなのはあんまりじゃ。人間とは、もっと喜怒哀楽がはっきりしているものではなかったか」

「不要な思考だと断定。戦闘において不可欠な要素は戦意と武技、敵対者の情報のみ。共闘者の戦意不足に警告。ゲームにおける途中敗北の危険性あり」

「やれやれ……」


 老齢の犬は軽く首を振って苦笑する。加齢で白く染まった毛が、ほんのわずかに牢屋の床へと落ちていく。


「なんという無感情な娘じゃ。どうせパートナーになるならば、もう少しあどけないお嬢さんが良かったのう。おじいちゃーん、これ見て見てー、などと可愛く言ってくれる妹みたいな娘が良かった。おぬしは顔立ちが人形のように美しくとも、魂まで人形のようじゃ」

「褒め言葉を感知。私は人形でありたい。それは完全な人間という証明。ゆえに感謝の意を表明する」

「……やれやれじゃ。無事に勝ち残って、想示録とやらを手に入れてのんびり余生を過ごしたいものだの。――アオオォーン」


 遠吠えは遥か反対まで響く。

 数多の強者や魔物の耳に。肌に。



 ――召喚された者たちは、それぞれの思惑と、立ちはだかる現実の中に身を浸しながら、アルシエル・ゲームの開幕を実感していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る