第4話  勝者と敗者

コンバットナイフが空を切る。

 巨人サイクロプスの金属棒が、地面を割る。


 最初の闘技は、夜津木が開幕から突進して、相手の少年へと跳びかかっていった。

 相手の少年は怖さのあまり、すぐに気を失ってしまった。とどめを刺そうとする夜津木に対し、カーバンクルは必死に少年を守り、抵抗した。

 赤の宝石がほのかに輝きを帯びる。空気がかすかに震える。


 直後――カーバンクルの額の宝石から、拳大の炎が飛び出した。


「うおっ!?」


 身を翻して夜津木は華麗に回避する。その後方、かわされた炎はフィールド上の岩に直撃し、火花を散らせて消えていく。


「ま……」


 一瞬の空白。


「魔法だ――っ!」


 夜津木がフィールドで跳びはね、紅潮して絶叫する。


「魔法だ! 今の、ひょっとしなくとも魔法じゃね? マジで? マジで!? ヒハハハは!っ! 本物の魔法が、俺の目の前に、あるっ!」


 コンバットナイフを翻し、けらけらと笑いながら夜津木は疾走する。

 凶刃が空を裂く。一閃、一閃、また一閃。

 歯を剥き出しにして斬りかかる夜津木に対し、カーバンクルは奮戦したと言えるだろう。ふさふさの毛を揺らし、小さな体躯で健気に駆けながら、必死に夜津木の斬撃を避けようと駆け回っていた。

 だが、二対一の状況に追い込まれた時点で、カーバンクルの運命は決まっていたのだ。

 轟然と叩き下ろされたサイクロプスの金属棒が、カーバンクルを打ち据える。一撃で地面にめり込んだカーバンクルに、逆転の手段はなかった。


 戦いは三分にも満たなかった。

 敗北する前、カーバンクルは必死に手足を振り回した。サイクロプスに掴まれ、巨大な手の中でもがく様子は、見るものに哀れさを感じさせた。

 そんなとき、鑑賞していたアルシエルは、言ったのだ。


「なお、闘技中、ペアのうち人間には、切り札として特殊魔法、地獄炎ゲヘナを放つことが許される。これはいかなる魔物をも一撃で倒せる――地獄の業火だ。敵側の魔物に当てれば、ほぼ勝利が確定する。

 ――人間よ、腕輪がはまった腕を突き出して、念じるといい。ただし撃てるのは三度だけ。使yべき時を考え、勝利への鍵とするがいい」


 見ている誰もが、それは皮肉であるとわかっていた。もう結末など見えている。そんな物騒な炎なんて使わなくとも、夜津木の勝ちだ。闘技の相手である少年は気絶していて、その相方のカーバンクルは単眼巨人の手の中にある。


 彩斗は、止めさせようと身を乗り出した。けれど、怖くて口から叶わない。


 夜津木の腕が、カーバンクルの方へ向けられる。サイクロプスが、握っていた手を開いた。ゆっくりと、落ちていくふさふさの毛の魔物。

 夜津木の腕輪から、湧き上がったのは黒い火炎。

 それは巨大な大蛇のようにうねり、大気を焦がしながら猛進、小さな魔物へと直撃した。漆黒の業火が燃え上がり、どさりと地面に落ちるカーバンクル。彩斗は、最後まで見ていられなかった。


「すげえ、何だこれ、俺も魔法が使えた! 腕輪から、黒い炎が! やべえ、すごいぜ魔神アルシエルぅぅ! とんでもねー祭りの、開催じゃねえかっ! ヒャハハハっ!」


 両腕を広げ、跳びはねて興奮する夜津木。

 彼へ向けて、アルシエルは厳かに宣言した。


「勝者、夜津木・サイクロプスペア! これにて闘技の終了を確認する。――ふふ、それなりには見れる武闘だった。次の闘技は、今以上の攻撃を期待する」


「なあ、なあ、マジでこんな戦いが続くのか!? 好きなだけ斬り刻んでいいの? 燃やしていいの? あはっ、すげえ、やべえよこのゲーム! 俺ぁ、気に入った!」


 けらけらけらと笑う夜津木に対し、微笑しアルシエルは見下ろした。

 戦いの終了と共に、フィールドと観衆場を隔てていた魔法の障壁が消失する。


 そして次の瞬間、ゲームの敗北者に与えられる、残酷な時間が訪れる。


「あ、そんな……カーバンクルが……っ」


 額に宝石を持つ魔物の体が、徐々に『石化』していった。気絶したままの相方の少年も同様だ。


 初めはつま先から。そこから徐々へ上へと。まるで侵食するように、灰色に染まっていく少年とカーバンクル。

 やがて、彼らは頭頂部まで完全に石に覆われる。アルシエルが喉の奥から笑いをこぼし、妖艶な笑みを浮かべてみせる。


「これで判ってもらえたかな? 闘技の敗者は『石化する』。永遠に止まり、無限の苦しみを味わう。意識だけが生き、いかなる動作も行えない地獄の罰。これで、アルシエル・ゲームの概要は、理解してもらえたかな? 

 ――無様な石の彫像になりたくなければ、勝つことだ。勝つことだけが、お前たちの這い上がれる唯一の希望。――勝利だ、ひたすら勝利せよ! そして私に大いなる悦楽を与え続けよ。見事、最後まで残ったペアには――」


 バルコニーの上で、優雅にアルシエルは両手を振って見せる。


 小さな光の粒子が、頭上よりきらきらと現れ、集束していった。

 光の中から現れたのは、赤と銀と蒼色の装飾具で彩られた、一冊の『書物』だった。宙に浮き、ゆっくりと回転するその本を指さしながら、


「この『想示録そうじろく』を与えよう。想示録とは、持ち主のあらゆる願いを叶え、現実のものとする至高の魔法具。アルシエル・ゲームの優勝者には、この『想示録』を授る。お前たちにはどんな願いがある? ――富みか、名誉か、それとも絶対的な地位か? それは問わない。いかなる願望をも想示録は叶えるだろう」


 ざわり、ざわりと観衆場の人間や、魔物たちがざわめきだす。互いにパートナーの顔を眺め、アルシエルの提示した最高の褒美に興奮する。


「なるほど……良い賞品だわ」

「石化するのはまあ勘弁だけど、勝てばいいっスよねー」

「……殺す。あたしの願い邪魔する奴……殺す……フフ……」

「毒をいくつか調合しないといけないですね。丸腰ではきついです。んんー、楽しみです」


 興奮する者たちがいる一方で、彩斗を始めとしたおよそ三割の者たちは、顔色を失って立ち尽くしていた。

 鳥肌が立ち、膝を笑わせて、途方に暮れた顔を晒していく。


「な、なんてゲームだ……」


 かすれた声が彩斗の口から洩れ出る。汗が流れて足元に溜まっていった。

 負ければ石化。優勝すれば願いの叶う、アルシエル・ゲーム。


 夜津木がフィールドの中で高らかに笑っていた。パートナーのサイクロプスが、想示録を見つめて下卑た笑みを洩らしていく。


 上方、バルコニーの上から、アルシエルは白銀のオーブを高く掲げる。

 石化したカーバンクルと少年がふわりと浮く。宙を漂っていく。


 二つの石像は、観衆場の片隅に置かれ、コロシアムの風景の一部となった。



 そのあまりの光景に、彩斗は気が遠くなって、意識が闇に沈んでいった。



†   †



 ――アルシエル・ゲーム。その基本ルール。


【人間と魔物がペアを組み、毎日二組が選ばれ、闘技を行う。


 闘技の『勝利条件』は、相手の魔物を倒すこと。


 人間や魔物を殺すことは禁止とする。致死に値する攻撃を感知した場合、『腕輪』が攻撃を緩和させる魔法膜を発する。


 万一、何らかの理由で死者が出た場合、その者を失格、アルシエルが『業火』で消し炭とする。 


 勝利の判定はアルシエルが行う。

 敗北したペアは腕輪から魔法が放たれ、石化する。

 引き分けの場合も石化。


 一回の闘技中、ペアのうち人間は地獄炎ゲヘナと呼ばれる黒い業火を、三回まで放つことができる。


 闘技が行われる時間はランダム。ペアは普段、牢屋の中で過ごすこととなる。

 闘技の始まる合図は、腕輪が光ること。赤ならば闘技場で戦うペアとなる。黄色ならば観衆場で闘技の様子を見守る事となる。


 最後まで勝ち残った者、すなわち優勝者には、『想示録』という願いを叶える本が贈呈される。また、元の世界へ帰すことも約束される。


 以上をもって、アルシエル・ゲームの概要とする】

 


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