第5話「呪われたレイピア」

  

「後で代金は請求するわよ」

「地獄の沙汰も、金しだいってか」

「教会の規則なのよ」

「へいへい……」


 そのアシュの皮肉にも女僧侶は耳を貸さず、麻痺をしたルーシーの様子を見ている。


「しかし、このレイピア……」


 黒い光を放つ魔法のレイピア、鎧と服を脱がされているルーシーによれば彼女の物らしいが。


「何か、妙な力を感じるぞ」


 しかし、それはアシュの感じすぎかもしれない。死骸の群れに加えてグール達の亡骸まで加わっては、感覚がおかしくなっても不思議ではない。


「このグールの御陀仏、運べないかな?」

「俺もそうは考えていたがな、ランヴァー」

「柄にもなく、何か不満が?」

「さっきのディスペルで教会に支払う、寄付金が必要だ」

「だったら、なおさらじゃねえかよ、アシュ?」

「そりゃ、そうだがよ……」


 教会とはいわゆる偽善者なので、どうせグールの死骸を錬金術協会等に売り払った金を寄付しても、罰当たりだの何だの小言を言われる、それがアシュには嫌なのだ。


「割引できねぇか、姉ちゃん?」

「ちょっと後にして、いま忙しい」

「チッ……」


 ルーシーの裸の胸、小振りのそれをちらりとその目に入れた後、彼アシュはランヴァーにと何か目ぼしい物が無かったかと声をかけた。


「グールの死骸が約六、あとはそこらへんの屍肉を集めるしかない」

「やはり、金目の物は全て無くなっているか、ランヴァー?」

「無いな、あれを見れば解るだろう?」


 そのランヴァーの視線の先には、幾人かの僧侶、先の女僧侶の仲間と思わしき人間達が、死体へと祈祷の祈りを捧げる傍ら、何か目ぼしいものを探している姿が見えた。


「全く、僧侶だというのに……」


 だが、彼アシュも他の人間から聴いた話では、最近教会への寄付金が少なくなっている事は知っている。


「皆、手持ちに余裕がないからな……」


 覇権欲に満ちた狂王が行っている長年の戦争に今年は凶作だという噂。皆の財布の紐が堅くなっても無理はない。


「さ、これでオーケーよ」


 傷口の上に布を被せてあるルーシーの傍らから女僧侶が立ち上がり、そのややに疲れたような顔をアシュ達にと向ける。彼女のその手にそこら辺の屍肉がこびりついているのは、恐らくそれを治癒魔法の触媒としたからであろう。


「この祭司服のクリーニング代も、請求しようかしら?」

「へっ、言ってろ」


 そこらへ唾を吐きながら言うアシュの悪態を無視し、僧侶達はこの場から立ち去っていく。


「あんたたちは、何の為にここに来たんだ?」

「死者の冥福を祈るためよ……」

「フン……」


 ランヴァーにしても、その女僧侶の言い分をまともに受けない。確かに半分は本当だろうが、もう半分はアシュ達と同じ事を目論んだのだ。


「さ、あなた達も早く立ち去った方がいいわよ」

「そうだな……」


 確かに、いつまでもここにいてはまた何が来るか解らない。


「ルーシー、結構重いな……」


 グールの麻痺毒が身体中にまで廻っているらしい、その気を失っている様子のルーシーを背におぶりながらアシュはその歩を進める。ランヴァーは大剣を背負っているが故に手は貸せない。本来ならランヴァーの方が体躯がいいのだが。




――――――




「こりゃ、呪いの剣さね……」


 ルーシーを施療院へと運びこみ、またしても、そこでも金を支払った後、アシュは馴染みの武器屋へと寄る。例の黒いレイピアの事が気になったのだ。


「呪いのレイピアか、ルーシーめ」


 教会への寄付金、そして施療院での入院費に呪いのレイピアと、まさしく踏んだり蹴ったりだ。


「教会と施療院はルーシーの奴にツケにしておくからいいとして……」

「何の呪いかまでは解らんがね」

「ハア……」


 以前に見つけたサファイアも売り払って教会等へと前払いとし、今度はこのレイピア、それの呪いを解除しなくてはならない。


「害が少ない呪いならばいいんだが……」


 だが、その軽視して命を呪いの武器に吸いとられた挙げ句、干からびて死んだ冒険者の話も聞いている。


「少し、賭けに出てはどうかね?」

「賭けだと?」

「そうだ」


 その太った身体で椅子を軋ませつつ、店主はアシュの目の前でその指を横にチッと振ってみせた。


「昔の夢、冒険者だよ」

「お断りだ」

「ハッキリ言うなよ、おい……」

「全く割りに合わん」


 確かにアシュの言うとおり、遺跡探索の冒険者という稼業は単に魔物や遺跡の罠を潜り抜けるだけではない。人の心を持たない同業者や、帰り道で分け前を要求する連中なども捌かなくてはならないのだ。


「何処かに、良い稼ぎ場所はないかな……?」

「新しく見つかった探索場所も、今では争奪戦が激しいからな……」


 バァン……


「お、ランヴァーか」


 その時、手持ちの剣の調整に他の店へと行っていたランヴァーが、何やら重たそうな麻袋をその手からぶら下げて戻ってきた。


「どうしたよランヴァー、その袋は?」

「グールの爪やら牙が、それなりの値段で売れた」

「へえ……」


 ならば、気味が悪いのを我慢して短剣でグールの死骸を解体した甲斐があったというものだ。


「錬金術協会の奴等が、ちょうど欲しがっていてな」


 そう言いながら、彼ランヴァーはその自身の茶色の短髪を己の手でゴシゴシとこする。


「それより、お前聞いたか?」

「何が?」

「この街の近くで、かなり大きな戦があったらしい」

「戦、他の国が攻めてきたのか?」

「そうだろうな……」


 ならば、自分達がする事は一つだ。

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