第13話 海浜アウトレットモール②

 しばらくの沈黙が流れた。

 この空気を作り出した矢津は責任を感じたのか、半歩後ろで縮こまっている。

 ……瑞樹への発言に対するものなのかどうかは不明だが。


 瑞樹はそこまで気にしていないのか、まあいい、と話を切る。


「……で、これは?」


 同時に、簡素に本題へと入った。


 手に持つのはオレンジ色のボール。それ以上の言葉はいらない。全てが通じた。


 バッ! と二人が同時に指を指す。喜多嶋を。


「ちょっ! それは誤魔化すって……」


 気のせいではないだろう、その指はブルブルと震えていて安定しない。


(そんなに怯えなくても何もしないつもりなのだが。話が早くて助かるけど)


 三人の態度は学校にいる時と変わらない。

 喜多嶋を筆頭に、静かな環境を望む瑞樹に構いに行くのだ。


 普段なら渋々ながらそれに付き会うこともあるのだが、今はシチュエーションと言うものがが全く違う。

 疲れが溜まっている状況下では、鬱陶しい以外の何者でもなかった。


 瑞樹に自覚はないが、尋常でない量の殺気が溢れて出ていた。


「て、提案だ。借り一つ、でどうだ?」

「ほう」


 喜多嶋の提案によって、瑞樹の注意がそちらへ向く。五十嵐と矢津は気絶からは逃れられたようだ。


「なんでも一回言うことを聞く。聞くだけじゃなくてきちんと守るぞ。どうだ!」


 瑞樹にとって悪い内容ではない。

 眠っていたら思わぬところから得をした。これこそが棚からぼたもちだ。


 手に持つボールを見せさえすれば無限に利用できる気すらしてくる。するつもりは無さげだが。


「交渉成立だ。絶対に忘れるなよ」

「おうよ!」


 これにて一件落着だ。

 瑞樹は持っていたボールを持ち主に返す。


「ところでどうしてそれが俺の方に飛んできたんだ? 高校生にもなって投げて遊んでた訳ではないんだろ?」

「ああ、それは……」

「待った! それも俺から話す」


 五十嵐の言葉を遮ったのは、やはり喜多嶋だ。

 やらかした本人が説明した時点で、八割以上は言い訳だ。残りの二割は余程の正直者かだが――喜多嶋に限ってそれはない。


 瑞樹はこれからの話が言い訳であることを頭の片隅に置いて、喜多嶋の言葉を待った。


 そして話始めた内容は、こうだ。


 ――――部活の買い出しでたまたまスポーツ店に行った時に、たまたまこのボールを見つけ、即購入。

 試しにケースから出してみると、思ったよりも手にフィットする。

 たまたま手を挙げると、足元にたまたま段差があり、つまずいた拍子にボールを投げてしまう。

 たまたますごい速さで飛んで行った先に、たまたま瑞樹がいた――――


「たまたまって単語、使いすぎだろ。ゲシュタルト崩壊が起きる」

「ゲス……なんだって? まあ、つまりはそれだけ偶然が重なった事故っていうことよ!」


 言い切った! とどやる喜多嶋だが、その説明には明らかに無理がある。

 不審に思うのは瑞樹だけだ。


 五十嵐と矢津もその設定に乗っかって、いかにも事実である感を出している。


「本当だからな! 事実だぞ!」


 ……出しすぎていて、逆に嘘であると自白しているようなものだが、気づかないものだ。


(お馬鹿トリオは一味違うな)


 一周回って天才なんじゃないかと疑問を持つレベルだ。


 一生懸命言い訳を続けているが、とっくに瑞樹は聞く気はない。適当に話を終わらせてニーナを探しに行くつもりだった。


「そういや、瑞樹。さっきあそこでめっちゃ可愛い子とすれ違ったんだけど、見に行こうぜ!」

「そうそう、喜多嶋、次こそ話しかけるんだったよな? 忘れてないぜ」

「てなわけだ、瑞樹も来いよう」


 が、そう都合よく会話を終わらせてくれないのがこの三人だ。

 何の前触れもなく話が切り替わるのもそうだが、瑞樹にとって有効な情報が含まれていた。


「それって金髪の外国人っぽい奴だったか? 髪の長い」

「おお、流石は瑞樹、なんでも知ってんなー。その通りだぜ!」


 身長、服装などを聞いても、ニーナである条件から外れたものは一つたりともなかった。


(どこまで行ったんだよ。まさか迷子にはなってないだろうな)


 このまま迷子になって放送の入るというシュールな絵を想像してしまい、苦笑が溢れる。

 放送を入れる係員の人も困惑しかないだろう。呼ばれる側も恥ずかしい。


「お、瑞樹も気になるか! そういうお年頃か?」

「あーうん、そうだな。とても心配だ」


 瑞樹と喜多嶋の間で会話の歯車が噛み合っていないが、会話の齟齬そごもまた普段通りの証拠だ。


 とはいえ彼らの意見は一致した。

 瑞樹の体力も歩ける程度には回復したため、喜多嶋達がニーナを目撃したという場所まで歩いて向かった。



 瑞樹は、できることならば喜多嶋達をニーナに合わせたくなかった。


 ――勝手に話しかける分には何も言わないが、そこに俺を巻き込まないでほしい。

 これが瑞樹の本心だ。


 瑞樹がその場にいると、まあ間違いなくニーナと繋がりがあることはバレる。問い詰められるのは必至だ。

 負ける気はさらさらないとはいえ、口論はなるべく避けたい。


 胃が空腹を訴えかける頻度が増す。

 それを口実に三人と別れる計画を思いついたが、考え直せば財布をニーナに預けていることを思い出す。


 咄嗟に思いついた他の計画は、これを含めて三十九通り。


 だがそのどれもが、今すぐ実現可能なものとは程遠い。

 例えば「ちょうど誰かから電話がかかってくる」など、事前の打ち合わせなしでは狙って起こせるものではない。


 可能なものもあるにはあるが、それが成功する確率は極めて低くなる。

「胸の痛みにより倒れる」なんて、逆に心配をかける結果しな生まない。下手したら救急車を呼ばれるだろう。


 こうして試行錯誤を繰り返し、出てきた最善は彼らと同行すること。

 達成率の低い挑戦を受けるほど瑞樹もチャレンジャーではない。


(まあいいさ、最悪「なんでも言うことを聞く」を実践させればいい。今しか使いどころがなさそうだしな)


 もし約束を破るようなら研究の実験台になってもらおう、そう決意し。


(……そっちの方が良くないか? 人類の進歩のためにも)


 そうは思えど、瑞樹の望んだ人体実験には倫理的に問題となる可能性もあり、第二候補に留まった。


 辺りに食欲を引き立てる香りが漂う。

 瑞樹達は方向転換し、飲食店の連なる場所へと入っていった。

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