第20話

 それから私たち三人は、雑然とした焼き鳥屋から出て、カラオケ店へ入った。

 三人揃ってカラオケが好きだ、というのも付き合いが続いている理由にもなっている。それぞれ、歌うジャンルは全く違うが、私は安本と林が歌う姿や声が好きだし、三人で盛り上がる調子も体に合っていて全くストレスにならない。いつも行くカラオケ店では決まって飲み放題コース。歌の合間に飲めるだけのアルコールを体に入れる。

 私は安本の歌声を聞きながら生ビールを一気に飲んだ。

「体に良くないってよ、一気飲みは。もう若くないんだし」

 林は、母親のような事を言う。人一倍健康に気を遣ってもいる。もともと痩せ体形の林だが、メタボにならないように最近飲む酒はワイン、と決めているようで、安本に「お前は女か」というような事を言われていたが、気にする様子もなかった。飽き性の林の事なので、そんなマイブームもすぐに影をひそめるのだろう、と安本も私も笑った。

 いつもより三人とも声の調子が良く盛り上がった。なんか、この感覚、懐かしい興奮だった。思い出として生々しく残る、ぼんやりとした感情、憎しみや悲しみが混じった、歓喜か、いや、情を伴った刹那。

 

「今日ね、Hさんから電話があって、明日来てくれるんだって。対応がスピーディーよね。一日で出来ちゃうって。それで、半年もすれば目隠しの役割は十分果たしてくれるくらいに、葉は茂るって言われたの。嬉しいわ」

「良かったね。あいつ、他に仕事もあるだろうに、優先してくれたのかな」

「そうかしらね、だとしたら申し訳ないけど、でもそれほど忙しくもないんじゃない?」

 これ以上妻と話したら、再び私の心に罪の意識が芽生えると思い、答えずにいた。妻もそれ以上話そうとはしなかった。家具があまりなく、空間の多い部屋で娘の声が響いた。この家に住人たちはまだ馴染んではいない。小さな命には、新しい家とかローンが何年とかなど全く関係がない。日々が重なることも感じてない。喜怒哀楽だけが湧き出ているのだ。

 

 娘の夜泣きが始まって、日に日にひどくなってきていた。それまでは夫婦の寝室で三人一緒に寝ていたが、妻が私の寝不足を気にして私だけ別の部屋で寝る事になった。

 私は寝つきがよく、中途覚醒する事もそうそうない。娘の泣き声で目が覚めて再び寝付けないというような事など、実際にはなかった。しかし、毎晩妻が娘を叱りつける声はぼんやりと聞こえていて、このまま放っておいて良いような気はしなかった。狂気を感じる瞬間もあったのだ。妻こそ寝不足ではないか。しかし、朝起きるときちんと朝食は作られていた。娘も慣れない手つきで離乳食を口にしているし、妻はお気に入りのコーヒーを飲みながらテレビを見て笑顔で座っている。その光景を見ると、妻に対する心配を忘れるのだった。

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