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 1418時、カズキとシャオロンはスクランブル発進した。今から十分前、海上に浮遊するレーダーサイトが北東からパイモン島の領空に接近する所属不明機の姿を捉えた。哨戒に当たっていたティエンラン隊の報告によると、最近活動が活発化している快楽テログループ「レッド・クイーン」の所属機らしい。


 カズキたちがパイモン島から二百五十キロ離れた空域に着いた頃には、ティエンラン隊とレッド・クイーンの所属機が格闘戦を繰り広げていた。


〈どうやら苦戦してるみたいだぜ?〉


 シャオロンが無線から話しかけてくる。ティエンラン隊の二機に対し、敵機は四。それぞれ二機ずつで味方機に絡んでいる。彼の言う通り、不利な戦況だ。


「追い回されてるだけじゃん……燃料の無駄だから、後は私たちに任せて帰ればいいのに……」


〈『役立たず』って言いたいのか? そんな言い方ないだろう? アイツらだって仕事でやってるんだ。さぁ、助けに行ってやろうぜ!〉


 シャオロンの言葉を合図に編隊が解かれる。カズキは向かって右側で味方機に絡んでいた二機に狙いを定める。


 機種はSF-11D「キラークラウン」。菱形翼と水平尾翼、外側に角度の付いた垂直尾翼を合わせたオーソドックスで没個性的な翼配置。オグレット海の向こう、別の大陸のアルトリア連邦が開発した大型制空戦闘機だ。レッド・クイーンはその機体を違法ルートで入手し、ペットネームに因んで大鎌を持ったピエロのマークを尾翼に描いていた。全く、ふざけた連中だ。


「シェンリー2、エンゲージ」


 カズキは交戦を宣言し、マスターアームをオン。MFD(多機能ディスプレイ)に表示されたラステルのシルエットが光る。長い機首と主翼を滑らかな曲線が繋ぎ、エンジンノズルの間には後方警戒レーダーのコーンが突出している。そのデザインは、鶴を想起させた。その鶴の後退翼には兵装を表すアイコンが重なっている。長距離ミサイル四発、短距離ミサイル四発が使用可能。


 味方機を追いかけているキラークラウンは急旋回を繰り返して速度が落ちている。そこに遠距離から高速のミサイルを撃ち込めば、回避するのは難しい。


 カズキが長距離ミサイルを選択しようとしてMFDを見ると、アイコンの隣で矢印が点滅していた。RINNEはカズキが考えたものと同じ戦術を推奨しているのだ。


 私に指図するな……カズキは胸中に吐き捨てる。


 睦月重工の陰気な技術者たちが機体に細工をしてから、MFDに変な表示が現れるようになった。RINNEはカズキがその状況で最善だと思った策を、パイロットより先に算出し、行動に移る前にMFDに表示してくる。カズキにはその表示が「アナタは用済みよ」と言っているように見える。


 それでも、もっといい戦法は考えつかないし、考えている時間もない。カズキは長距離ミサイルを選択。旋回中のキラークラウンをロックし、発射。ミサイルは一秒足らずでマッハ二に達し、キラークラウンのエンジンノズルに突き刺さる。


 敵機を撃墜。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)からコンテナが一つ消える。


 カズキは機体を加速させ、もう一機を狙う。旋回しながら再攻撃のチャンスを狙っているところに、後ろから食らいつく。そのまま後ろを取り合って蛇行する形になり、お互いの距離が詰まっていく。


 また兵装のアイコンが光る。RINNEは距離が近すぎると判断し、機関砲の使用を推奨してきた。こんな簡単なことは素人でも思いつく。なぜこの頭の悪いAIはそれをいちいち口にするのだろう。まるで「アタシに任せて!」と言わんばかりに。


「機械は黙っていろッ!」


 愚痴をこぼしながら敵機に照準を合わせる。コンテナと照準が重なった瞬間にトリガーを引くと、右の主翼の付け根からマズルフラッシュが迸る。


 砲弾は空に光の破線を描く。三十ミリのタングステン弾の雨が敵機に降り注ぎ、左の主翼をもぎ取る。片翼を失ったキラークラウンは、グルグルと回転しながら墜ちていった。


 唐突にアラートが鳴り響き、カズキの心臓が跳ね上がる。敵機からレーダー照射を確認。後ろを向くと、殺人ピエロが笑っていた。彼の笑顔と、HMDの「回避せよ」の表示が重なる。RINNEがまた指示を出してきたのだ。


「いッ……⁉」


 ピエロがナイフを投げるように、敵機はミサイルを発射。カズキはミサイルを振り切ろうと右急旋回。Gが軽いはずのカズキの身体を、鉛のように重くする。それでもなんとか指先を動かし、フレアを散布。急激に頭の血が下がり、ブラックアウトする直前、視界の隅でミサイルがフレアに突っ込んでいくのが見えた。


 気分が悪い。Gで昼に食べたフォーを吐き戻しそうだとか、頭の血が引いてクラクラするという訳ではない。AIにつべこべ言われるのが気に食わないのだ。


 カズキは速度計に目をやる。今の急旋回で速度が落ちている。この状態でミサイルを撃たれたら回避は難しいが、逆に好都合でもある。敵機はまだカズキを追ってくる。必中のタイミングを見計らっているのだ。だが、その前にカズキは行動を起こしていた。


 操縦桿を素早く引き、同時にスロットルを全開。カズキのラステルは機首を引き起こし、機体全体で風を受ける。空気抵抗が増し、急減速。咄嗟の機動に対処できず、殺人ピエロはカズキの機体を追い越す。機首を戻すと、敵機のエンジンノズルが見えた。


「FOX2ッ!」


 短距離ミサイルを発射。高速で飛翔したミサイルは、ヘビのように蛇行しながら敵機を追い、近接信管で炸裂。無数の弾体片でエンジンを食いちぎる。ピエロの笑顔は消え、チタンとカーボンの塊になって雲の切れ間に消えた。


 次の目標を探してカズキが当たりを見回していると、シャオロンの声が聴こえてきた。


〈敵全機撃墜を確認。帰るぞ、カズキ〉


 カズキはレーダーを確認する。彼が言う通り、空域に敵機の姿はない。ティエンラン隊はもう撤退を始めていた。カズキはまだ暴れ足りないが、これ以上戦う燃料は残っていない。渋々機体を帰投コースに乗せた。


〈オイ、シェンリー2! 聞こえているのか⁉〉


 基地に帰る途中で、ティエンラン隊の隊員が声をかけてきた。彼はカズキが墜とした敵機に追われていたパイロットだ。何かカズキに文句があるらしい。


〈助けてくれたのは良いが、ぶっ放す前に警告くらいしろよな⁉ 巻き添えになったらどう責任取ってくれるんだ⁉〉


 カズキは何も言わない。本当は「自分の身くらい自分で守れ」と言ってやりたいところだったが、相手がもっと激昂しそうなので腹の中に押し込めた。


〈だんまりかよ……かわいくない小娘だぜ! カズキ『お嬢様』は俺たちみたいなチンピラとは話したくないみたいだ……〉


 「お嬢様」という言葉が、カズキの胸をチクリと刺す。古傷に触られたカズキは、何か言い返そうと思った。だが、その前に回線はブツリと切られてしまった。きっとティエンラン隊の面々は個別の回線でカズキに対する陰口を言っているのだろう。「じゃじゃ馬娘」だとか「泥棒猫」だとか……


〈おーい……そりゃあねぇだろ?〉


 今度はシャオロンが声をかけてくる。


「何のこと?」


〈今の態度……詫びの一つぐらい、言ってやっても良かったんじゃないか?〉


 そんな僚機に、カズキは思い切りふてぶてしい態度で答える。


「うるさい……私は今機嫌が悪いんだ」


 カズキの答えを聴いて、無線越しにシャオロンが大きな溜息つく。


〈お前、このところずっとそんな感じだぞ? 四六時中しかめっ面でさ……せっかくかわいい顔してんだから、もっと笑えよ?〉


 シャオロンはさらりと「かわいい」と言ったが、その言葉がカズキの神経を逆なでした。彼はカズキが照れて取り乱すことを期待したのかもしれないが、思惑通りの反応をするつもりはない。むしろ、そうやって彼が自分をおちょくっていること思えば、余計に腹が立った。


「笑えることがあったらいつでも笑うよ……でも、今はそんな気分じゃない」


 バカにされて笑っていられるはずがない……カズキは言外に付け足した。


〈そうかい……なら、気が済むまでしかめっ面でいればいいさ〉


 それ以降シャオロンとの会話も無くなった。


 静かになった機内で、カズキは一人海を見下ろす。この海は非現実的なまでに美しく、いつまでたっても好きになれない。


――つづく――

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