第九章 最大の防御 ③

 空港は厳重な警備だった。

 軽武装の中型艇1機を迎えるには、大仰なほどの。

 水神衆(隠密専門の裏戸隠れ隊のみで構成された)として、5人が空港に降り立つ。

 その中に、百石茉莉花の姿はない。

 百目鬼檀衛門の使者として、口頭と文書で用件を伝えたのは、茉莉花の副官の森川淳之介だった。

 一見、のほほんとした30絡みの男だが、切れ者である。

 間延びした話し方ともたついた動作で、青の一族空港警備部隊の注意をうまい具合に一身に引き寄せ、その間に茉莉花達は、空港外縁に沿って移動。ブルーフォレストの内地エリアに侵入した。

 レーダーや、監視機器を無効化する神魔器「サーベイランスフレンド」は、完全に有効だった。隠れ蓑「ミストハーミット」を羽織り、20名弱の部隊は、物理接触を避けて移動する。一箇所に留まることは許されない。周囲100メートルの機器を誤魔化すのは、或る意味諸刃の剣。検知されてしかるべきものが検知されない、というのもまた、疑念を生むのである。

 内地エリアを、ブルーフォレスト内にある、「青の城」に急ぐ。

 「青の城」は、塀を伴った三層の石垣と堀を持つ、和風の城だが、天守閣はない。

 代わりに、「青の塔」と呼ばれる地上100階、地下50階のその名の通り青く輝く塔がある。

 その最上階に、藍姫の居住区があり、その下の99階が、青の一族の最終決定機関がある場所、いわゆる「御前」である。余談だが、90階から98階までは、青の一族の主たる五島家血縁者の居住区と執務室である。家令の田丸や、青山は、そこで暮らしている。

 目指す研究エリアは、塔の70階。

 見つからずに塔の下に辿り着き、「水神衆」百目鬼檀衛門、「黒巾木組」鳳仁、「紫炎党」ゴー・マイ・ハーを待つ段取りである。

 内地エリアから塔まではおよそ4キロ。

 大部分は森と湖で、所々に厩舎や牧場、実験場などがある。

 建造物(兵舎、娯楽施設、神社仏閣)のほとんどは、石垣の中である。

 城までの道すがら、侵入経路の確認をする。

 城内への侵入は、二つある搦手の内、西にあるひとつを使う。

 西の搦手は、城外に出てすぐに湖に通じる道に繋がり、それゆえ、主要な建物が皆無。

 警備も東の搦手に比べて薄い。

 その割に、城内に入ってからは、道が広く作られており、桜の馬場と言われる馬道が、青の塔の裏手まで続いている。

 春には、満開の桜が自然のトンネルを作っており、散策する天井人も多いが、今は夏。

 ましてや、空港周辺に意識が行っている状態では、侵入しやすいはずだ。

 青の塔が雲間から差し込む夏の光に照らされて、所々燦然と輝いている。

 最初人差し指ぐらいの大きさだった塔は、今や、ペットボトルぐらいにまで近づいていた。

 どのタイミングで城内に侵入するか。

 Jと茉莉花の意見が食い違った。

 Jは侵入出来ると判断出来たら、すぐにでも城内に入り、塔周辺で待機するべき、との判断。茉莉花は、城外で待機し、親方を待つべき、との意見。結局は、水神衆他、創家達の来訪に寄り、警戒が強まり、門が閉ざされる可能性がある、というロンの指摘により、今のうちに城内に侵入することとなった。もちろん、より警備の強いであろう城内の方が、見つかりやすいし、見つかった場合の立場も、城内で見つかる方が、より悪くなる。が、それでもやらねばならない。最終的には、茉莉花も納得した。

 湖に沿って、城の西口に近づく。

 蝉が鳴いている。

 光は差し込むが、今日は雲が重く、風がある。

 暑い中、歩き続ける紅穂達にとっては、恵の風。

 風があることで、草木も揺れ、景色に溶け込みやすい。

 ただ、少し強い。

 気を付けねばならないのは、隠れ蓑が風で舞い、あるいは飛ばされて、姿が見えてしまうこと。

 一行は、湖に沿って植えられた木々の中を縫うように歩いた。

 ゴロゴロと遠くで雷の音がする。

 雨になりそうだ。

 急がなくてはならない。

 雨が降れば、足元に水たまりが出来、移動する際に、足跡が波紋を呼ぶ。

 右手に城の搦手が見える所まで来た。

 ここまでは、動物以外に出会っていない。

 やはり西にして正解だった。

 木に囲まれ、湖に沿って伸びる道は、東や、中央の通りと違い、日常使いではないようだ。

 皆、汗だくで、無言である。

 紅穂も汗びっしょり。風はあるとはいえ、夏の日の午前中。多分30度はある中、厚手の光学迷彩の蓑を、水神衆の軍服の上から羽織っているのである。汗で、衣服が体に張り付いている。

 水が張られた堀の向こうに搦手門が徐々に近づく。

 堀には、門に向かって青い橋が架けられていた。

 2人の見張りが、そこが涼しいのか、なぜか、橋の真ん中で立ち話している。

 搦手から少し離れた、木立の中で、伏せるように集まり、人数を確認する。

 水神衆裏戸隠れが、隊長の茉莉花を含む15名。それに、J、ロン、ウィル、紅穂の総勢19名。脱落者なし。

 見張りから見えないように、湖の方を向いて光学迷彩蓑から顔だけ出し、お互いを認識する。

 Jは、囁くようにに「悪くない」と言い、茉莉花に頷くと、「見張りは、橋の上にいる。これから必ず通る門に、べったり張り付かれている方が、面倒だ」と続けた。

 うっかり風で隠れ蓑が舞ったら、うっかり転んだら、何かを踏みつけて音がしたら、何もない地面に、汗が滴り落ちたら。バレるかも知れない。その点、今回の作戦では、橋は元々通らない。

 茉莉花がJに頷き返すと、顎で部下に合図した。

 裏戸隠れが二人、中腰で走り出す。

 二人は橋の欄干まで行き、そこから、身軽に橋の下に潜り込む。

 Jと茉莉花の計画は、橋の下に橋を作り、渡って侵入する、だった。

 監視カメラは、橋の下には付いていない。

 茉莉花が手元の時計を見る。

 暑い。紅穂のこめかみから、汗が伝った。茉莉花の額にも汗が浮いている。

 それが何だか色っぽい。

 夏空の蒸せるような空気の中では、その色気はクラクラものだ。

 美人は何をしても様になるな、そんな気持ちで見つめる紅穂の視線に気づいた茉莉花がニッコリと笑った。

 それから右手の時計を見て、頷いた。

 先の2人の裏戸隠れを追って、二人一組になって、橋の欄干を目指す。

 紅穂は茉莉花と一緒だ。紅穂は自分のせいで見つかるのが怖くて腰を上げられずにほぼ四つん這いで動いた。

 欄干脇から、堀に向かって滑るように降りる。

 足元には、半透明の板があり、それはそのまま、向こう岸まで伸びているようだ。

 ここでもまた、四つん這いで移動する。

 堀の水に落ちて死ぬことはない、とJは言ったが、それでも怖いものは怖い。

 溺れるのも怖いが、水音を立てるのも。

 なるべく下を見ないように四つん這いで這う。

 対岸に辿り着き、先行者の手を借りて石垣を上った。

 半透明の板が、階段状に設置されているから、思ったより楽に上がれた。

 先ほどまでの場所とは対岸の、門に近い方の欄干の陰にしゃがむ。

 30メートルほどの長さの橋の真ん中で、見張りがのんびり風に吹かれている。

 気まぐれに門の方に来たり、見たりしませんように。

 祈りながら、頃合いを見て門の中に走り込むと、誰かに手を引かれて門の右側に引き込まれた。

 茉莉花だった。顔だけ出ている。茉莉花は自分の口元に人差し指を当て、ひとつ頷くと、にこり、と笑った。分かった、と紅穂も頷く。

 そのまま手を引かれて、門から離れ、城内方向に進む。

 石畳がスロープ状に伸びている。これが、桜の馬場だろうか。両脇に、みっしりと木があるが、夏の桜がどういう風か、紅穂は知らない。

 突き当りの白い塀まで行き、左に曲がる。

 石畳のスロープは、緩やかな登りとなり続いているが、角を曲がったおかげで、もう門からは見えない。

 茉莉花がまた、顔だけ出して言った。

「第一関門突破、だね。みんなを待とう。この調子で行けるといいね」

「うん」

 紅穂は小さく声に出すと、首筋の汗を、ハンカチで拭い、腰に下げた水筒を外すと水を飲んだ。

     

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る