第七章 赤丸急上昇 ①

紅穂…信じるって難しい

壬生沢英智…類は友を呼ぶ


 宛はある。

 そうJは言った。

 盗んだバイクならぬ、盗んだ飛行機を飛ばしに飛ばし、日本近海で紅穂が見たこともない小さな島に着陸、紅穂達を降ろすと、飛行機は自動操縦でどこかへ飛んで行った。

 ここがどこか知りたくて聞いてみたが、Jにもロンにもウィルにも正確には分からないとのこと。

 むしろその方がいいそうだ。

 逃亡者すら知らない島を捜索の対象にするのは、難しいとか。

 日本は夏とは言え、すでに日はほとんど暮れかかっている。

 綺麗な白浜と、森以外、なんにもなさそうな島。

 ここで、誰か知らないけど迎えを待つらしい。

 暇だから散歩に行ってくると伝えて、ウィルを連れ立って散歩した。あんまり遠くに行くなよ、と言われたが、遠くに行きようがなかった。校庭一周分よりは大きいと思うけど、15分ほどで元居た場所に戻って来た。

 辺りには似たような島がいくつか見えたが、陸地や、町があるような大きな島はひとつもなかった。

 そうしている内に、夜が訪れた。

 火を起こすのは危険だということで、月明りだけで過ごす。

 夏は夜。満天の星空を見渡す。こんな綺麗な星空は、プラネタリウム以来。夏で良かった。半袖短パンでは、それ以外の季節は厳しい。アースウィンドで懲りた。

J、ロン、ウィルの3人は、青い軍服の腕と脚の部分をめくっている。見た感じ、手触り共に薄手で通気性がよさそうだが、それでも暑いのだろう。

 紅穂は、次に行くところに着替えがあるかどうか聞いた。

 あと、もちろんシャワーも。

「なんでだよお」とロン。

「乙女心って知ってる?」とだけ返した。

 この後でどういう冒険が待っているのかは分からないけど、映画じゃあるまいし、半袖短パンでは心もとない。また寒い所に行く羽目になったら風邪を引く。

他愛のない会話を交わし、水切りや、追いかけっこして遊ぶのにも飽きた。充電が切れているのを分かっていて、スマホを見る。

 だんだん動くのも面倒になって、夜空を見上げた。

 「見上げてごらん。夜空の星を」唐突にJが言って、星空を眺めたまま、低く、4人だけに聞こえる声で歌い始めた。甘く優しいテノール。なんだか、少し泣きそうになった。心なしか、ロンとウィルの目が潤んでいる様に見えた。

 歌い終わると、波と風、自然の音だけが流れた。

 飛行機、どっから来るのかな。

 砂浜に寝っ転がって、夜空を見上げる。

 夜空ノムコウ。なんとなく、頭に浮かんだ。

 「来た」Jが言った。慌てて起き上がって空を見渡す。

 何もない。

 「J」振り返った後ろから、ザババババ、と大きな音。

 再度海の方を振り返ると、海中から大きな紫色の潜水艦が現れた。


 コニーは焦っていた。

 ようやく見つけたと思った反逆者達を逃してしまったから、だけではない。

 次の創家選も近いというのに、根の民に打ち勝つほどの有力な神魔器をも見つけられておらず、家令の田丸からの追い込みがひどいからである。

 藍姫はいい。藍姫は、最早興味が別の方に向いている。創家選や権力ではない。

 何か別の。

 自分で関わっておきながら、最近の藍姫は異常、だと思える。

 おかしいと言えば、自分もおかしい。

 常に誰かに見られているような。

 自分の意志とは違う意志が、自分の行動を決めているような。

 それは例えば、1日の内、半分、とか、そういう事ではない。

 常に、相反する二つの考えがあって、本来取るべき選択と別の選択を、気が付いたら取ってしまっているような。

 そのことに気付いてから、頭が痛い。

「コニー、どういうことだ」

「伯爵」

「何故気づかれた」

「それは…」

 あなたが悪いのでは、とは言えない。なぜか、逆らえない。

「やつらが乗った飛行機は根の民に接収されたぞ」

「はあ…」

「はあ、だと?貴様、状況が分かってるのか?もしやつらの神魔器が根の連中に渡ったら、今後の創家のパワーバランスはどうなると思う?」

 質問攻めだ。馬鹿にしているのだろうか。分からない訳がない。こいつも、田丸も。失敗は全部こちらの責任か。その割にはなんの旨味も権限もない。どうしようもない事を質問して確認することほど無駄なことはない。これから、どうするか、それを示すなり、話し合うのが、器量ではないのか。

「大丈夫です」

「何がだ?」

「やつらはまだ、根の連中に奪われてはいない」

「なぜ分かる?」

 「なぜ?」少しは自問自答出来ないのか。

「根の連中、捜索部隊を増やしています。だからです」

「…ふん。だったら貴様も早く探しに行け。他の創家の連中に取り込まれる前にな。もしこれに失敗してみろ…」

「分かってます」

 最近は、表情の作り方が分からずに顔が引きつる。以前なら、作り笑いのひとつも出来ただろうに。

 どのみち間違っている道の真ん中を踏み外さぬよう、危ういバランスを保ちながら、その場を後にした。 


「賭けだった」

 Jが言った。

 潜水艦八郎太郎。

 第三エリアの12創家の内、「青の一族」「根の民」は元より、ベルウェール伯爵率いる「銀狐ファミリー」にも明らかに協力が得られないと知った今、Jは第4の勢力に協力を求めることにしたのだ。と言っても、有力な3家に近い勢力では、すぐに厄介なことになる可能性がある。そこで。国力は低いが、当主の器量に寄り独立性を保っている創家を頼ることにした。

「助かったよ。班目まだらめ

「何言ってんですか。七川目の旦那。何だって言ってくださいよ。うちらの仲じゃないですか。それにしても、宇城隈も佐々堂も、そんな姿になっちまって…」

 班目と呼ばれた細身の男は、眼鏡を外して目元を拭う素振りをした。

 潜水艦から降りて、砂浜に降り立った彼らは、最初、J達の姿を見て、腰を抜かさんばかりに驚いた。いや、実際、腰を抜かして座り込んだ。もっとも、座り込んだのは班目だけで、他の面々は後ずさりしながらも銃を構えた。両手を上げながらJが話しかけると、声を聞いて「七川目の旦那?」とようやく合点がいったらしい。その後は「おいたわしい」と心の底から思う口調で何回も眼鏡を外しては目元を拭っている。この姿が演技なら、アカデミー賞ものだ、そう紅穂は思った。

「まあ、そう何回も言うなよ。何回も言われると、こっちが何だか情けない気持ちになる」

「んだよお。最近気に入って来たんだからよお」

「すいやせん」

「グッキュ~」

 潜水艦は、班目達の創家の本拠地に向かっているらしい。

「迷惑をかけるつもりはなかったんだが、こちらも追い込まれてな。誰を頼ろうかと思った時に、お前たち水神の衆が頭に浮かんだ。親方は元気かい?」

「ええ。相変わらず怒鳴り散らしておりやす」あれは殺しても死なないですよ、そう言って眉間に皴を寄せる。

「そう言うな。こうしてお前たちを派遣してくれたのは、水神の親方だろう?」

「へい。最初、狐野郎共の戦闘機から極秘短信が来た時は何事かと思いましたがね。解読してみれば、七川目の旦那からのメールだという。たちの悪い悪戯かと思いましたよ。なんせ、指名手配されている青の一族の旦那から、狐野郎経由で連絡が来るなんて、想像もしちゃいませんからね。しかし、宛先が、あっしと、百石ももいし堀切川ほっきりがわだっていうんで、ピンと来ましてね。親方に言った訳ですよ。これこれこういう事情で、お世話になった旦那が困ってるようなんです、ってね。そしたら、ちょっとだけ黙って、馬鹿野郎!何をグズグズしてやがる!さっさと拾いに行かねえか!ですよ」

「親方らしいな」

 ほんとに、すぐ怒鳴るんですからね、と口を尖らせた。

 班目の所属する創家は、水神の衆、と言うらしい。

 紅穂は、勝手に、創家の住まいは空中だと思っていたが、どうも違うようだ。Jとロンに聞いたところによると、どこかの島の地下に住む一族も居れば、班目達の様に、海の奥底に基地を持っている創家もいるとのこと。「水神の衆」は、その数3千人ほど。第3エリアの中ではもっとも少なく、また世界中の創家の中でも、少ない部類に入るとか。神魔器の数も多くはなく、創家筆頭争いには到底絡めないが、こと海に関してはエキスパートで、海や水に関する神魔器も多く、それゆえ、他の創家と違って有力創家とは一線を画し、独立性を保てているのだそうだ。だが、それだけに、他の創家間の揉め事にも、まるで関心がないらしく、JのSOSに反応してくれるかどうかは、知己の信義次第だったようだ。

「マダちゃんよお。最近、神室川を見たかよお?」

「神室川?ああ、今ブイブイ言わしてるやつですね。見てませんよ。ただ…」

「ただ?」

「連絡は来ましたよ」

「来たか?!それで?」

「いや、当番は百石だったんですけど、知らない、っつって切っちまったとか。あの女、短気ですからね。まあ、旦那から連絡来る前だったんで、ほんとに知らなかったんですけど」

 班目は続ける。

「まあ、うちら水神は青にも銀にも黄色にも染まりません。安心して大船に乗ったつもりでいてくださいよ。あ、潜水艦か!」

 あはははは、と笑った。

 紅穂達は顔を見合わせて、悪いから口元だけで笑うことにした。


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