第三章 秘密基地にて

紅穂…秘密って言葉だけで女子はご飯三杯いけるよね

壬生沢英智…「秘密」は内容よりも、「なぜ秘密か」が重要だ


 変なボール型の乗り物の横ハッチから出ると、そこは間接照明で照らされた、薄暗いピュアブルーの世界だった。

 でも、洞窟とは違う。明らかに人工物。床も壁も天井もカクカクしている。

 仙台から東に900キロの場所、とJが教えてくれた。

 ちょっと距離感が分からない。

 ロンに聞くと「ざっくり言うと北海道と東京の距離ぐらい、らしい」という返事。

 ウィルが「ざっくりし過ぎキュル」って言ったからちょっと怪しい。

 それにしてもショックなのはスマホの電波がないこと。

 「マジかよ」って言ったら「マジだよお」ってロンに返された。

 そのあと、Jに申し訳なさそうに「ここはばれるわけにはいかないから」と説明された。

 一応「そうだよね」と言ったけど、全然意味が分からない。

 みんなでちょっと歩いたら、青黒い光沢の壁にぶつかった。

 壁や床に埋め込まれた間接照明の明かりを反射して、表面が波打つように光っている。

 ロンが「ここは世界征服では開かんよお」と言ってケケケっ、と笑った。

 口に歯磨き粉のチューブのような物を咥えている。

 Jが壁にある一点(よく見ないと分からないけど窪んでいる)に手を置くと、目の前の壁が消えた。ひんやりした空気を顔に感じ、奥に部屋が現れた。

 促されて入ると、そこはいつかの映画のワンシーンで見たことがあるような、宇宙船の指令室のような部屋だった。とは言ってもそこまで広くはない。

 学校の教室程度の広さで、黒板がある場所、正面真ん中にそれこそ黒板級の鈍く光るスクリーンが有って、左右の壁には窓の代わりに、正面にある物の半分ぐらいの大きさのスクリーン。

 ここも上下左右青色で統一され、足元には映画館のような照明、天上や、通路には青く光る間接照明。

 ぱっと見10セット程度のデスクと椅子。それぞれにモニターとキーボードがあるみたい。

 Jは中央の椅子に歩み寄ると、手招きして紅穂を呼んだ。

 紅穂が近づくと、向かい合った椅子を指し示す。

 紅穂はその椅子に腰かけた。

 ああん、気持ちいい!思わずそう思うほど、素敵な座り心地の椅子だった。それだけじゃなく、ミントを嗅いだ時のように、しゃきっとする。

 ちょっと頭が良くなった気さえする。

 Jを中心に左にロン、右にウィルが腰かけ、紅穂は三匹に面接されているような感じになった。

「ようこそ、ファウンデーションへ」

Jがお腹の辺りで手を組んで言った。

「ファンデ…」

「違う。ファウンデーション」

 素早く慣れているツッコミが入る。

「良く分からないけど、とりあえず一口下さい」

 Jが溜息を漏らすと両手で頭を抱えた。

「食べ物じゃないよ、紅穂。しかし、君は本当に壬生沢博士の娘かい?」

「さっきも言ったじゃん。Jが言うのが壬生沢英智で、伊達大学の工学部の教授だとしたら、それは私のおじいちゃん」

 自動販売機の前から落下した後、ノンストップで走る乗り物でここに着いた後、最低限の自己紹介は行われた。

 自己紹介したからって、すべてが解決するわけではないのは、小中高、入学式や始業式に出たことがある人間なら、人生経験豊かじゃなくても分かる。

 ふん、と横でロンが大きく鼻息を出した。

「そうか。これも何かの縁かな」とJ。

「どういうこと?教えてよ。ここがどこか、とか、なんであなた達がおじいちゃんを知ってるの、とか、あなた達一体どういう生き物なの、とか、あと、私はいつ帰れるの、とか」

「クケケケ、さっきから質問ばっかだなぁ」

「しょうがないじゃん。ロンはあたしのこと馬鹿にしすぎ」

「しょうがないキュルドン」

 ウィルがちょこちょこ寄ってきて言った。

「ここに来れば時間は多少ある。質問に答えよう。その前にひとついいかな?」

「いいよ。なに?」

「壬生沢博士がどこにいるか知っているかい?」

「知らない。私だって知りたい」

「そうか。一瞬期待したんだが…」

「今度はJ達の番だよ」

「ああ。そうだな。約束だ。答えよう。もう列車は走り出したのだから」

 列車が走り出した、ってどういうこと?と聞こうとして止めた。

 話が進めば、答えはそこにあるはず。

「この後辿り着きたい場所までの道のりを語るよりは短い話だが、それでも理解するのには多少負荷がかかる話でもある」

 Jがそういって指を鳴らすと、肘掛の先端(映画館の肘掛みたい)から表面に光る赤い砂を散りばめたような白いマグが湯気と共に現れた。

 微かだが、ハチミツの香ばしい香りが湯気に隠されている。

「夏だからどうかと思ったが、温かい飲み物は心をほぐす。ハニーラテだがいいかい?」

「ううん。この部屋冷房効き過ぎで寒いから丁度いいよ。ありがとう。あと、確かにほっとしたかったから嬉しい」

 Jはひとつ頷く。

 J、ロン、ウィル、それぞれ飲み物を手に取った。

 Jは黒に茶色の縦縞模様が入ったマグ。

 ロンは、紫地にグレイの波模様が入ったマグ。

 ウィルは、白地に黒の横縞のストライプが入ったマグ。

 Jは片手でマグを掴むと、ゆっくりと中の液体を口に注いだ。

 ロンは先ほど咥えていた歯磨き粉のチューブみたいな入れ物から、マグに何かを注ぎ込んでいる。

 ウィルはみんなのマグより二回り小さいマグを両手で掴み、茶の湯でもするように中の液体を、クイッ、クイッと飲む。リスがヤクルト飲んだらあんな感じかな、と思う。

「ここは」

 唐突にJが話し始めた。

「ここは、そう、我々が作った秘密基地。紅穂が侵入したのは壬生沢博士の秘密基地だが、こちらは我々秘密基地。ここに来たら、もはや最終手段を取るしかない」

「最終手段?」

 Jが片手をあげて遮る。

「質問は後だ。まずは必要なことを、必要と思えることを話させてくれ」

 紅穂は頷いて、両手でマグを抱えるとハニーラテをすすった。

「我々と壬生沢教授の出会いは5年前。青の女王の依頼で、ある神魔器を調べてもらうために彼の元を訪れたのがきっかけだ」

「しんまき?」

 黙って聞くつもりが思わず口に出てしまう。

「そう。神々の神、悪魔の魔にうつわと書いて神魔器。武器だったら伝説の武器ともいい、防具だったら伝説のそれ。そして、これが一番多いのだが、道具だったらだいたい総じてオーパーツ、とも地上人は言う。もちろん、時には我々も」

 オーパーツ、は聞いたことある、けど何だっけ?

 紅穂の表情を見て、Jが補足する。

「ああ、アウトオブプレスアーティファクトツの略で、O、O、P、A、R、T、S。オーパーツ。日本語ではいろいろ言い回しがあるが、時代錯誤遺物、という言い方が私は気に入っている」

 どうしてだろう。話している言葉は分かるけど、内容が良く分からない。えっ?時代錯誤?

 紅穂の困惑の表情を置き去りにして、Jは続ける。

「まあ、我々にも使い道や副作用、反動が分からないアイテムはある。今回がそうだった。悲しみコニーが(こいつはかっての部下のコードネームだが)どこからか入手してきた青く輝く石。見るものを穏やかな眠気に誘い、眠りに導き、意識と行動を乗っ取る石。我々はそれをヒュプノクラウン、と名付けた」

 Jがマグに口を付ける。

「あれから5年経つの?早ぇ」

 歯磨きチューブの口を舐めたり齧ったり、足をばたつかせたり(あえて無視はしていた)していたロンが驚きの声を上げる。

「とってもケアキュリュ」

 目をキラキラ、というよりウルウルさせながら、溜息を吐くようにウィルが囁く。

 コホン、と咳ばらいをしてJが続けた。

「そうだな。まあ、出会いはそういうこと。我々の仕事の一環で、壬生沢博士に極秘裏に調査を依頼したのがきっかけだ」

 おじいちゃんとこの生き物ちゃん達が知り合いだったことは分かった、けど。何がどうなっているかは全然わからない。て、いうか。

「ねえ、そもそも、あなた達はなんで、その…」

「動物なのに立ったり、話したりしているか?」

「そう!」

「ケケケケケッ!紅穂は頭が固ぇなあ!」

「何よロン!普通そう思うでしょ?!」

 ロンは短い脚を組み替えると、いつの間に手にしていたのか、ピーナッツのようなものをポン、と頭上に放ると、器用に口で受け、もしゃもしゃ、とCMみたいな音を立てながら嚙み砕き、飲み込んだ。

「普通、って何?オデらには、もう今が普通~。逆に他の人が変だよお。動物が話さないと思うのは、地上人の勝手な思い込みだしよお。世界が平和だって思うのもそ~。普通の基準なんてよお、絶対的には存在しないんだよお。普通、って言うのは便宜上そこに置かれただけの概念で、それは刻一刻劣化している、と言っても過言じゃないよお。普通そうじゃない?の普通は誰がそれを決めたか曖昧にしたまま、自分が普通だって思っている主観的価値観を押し付けているだけでよお、言い換えれば、あたしはそう思う、にあたかも大勢の賛同者がいるかのように見せかけているだけの言葉だよお」

 ぽかん。話の内容も、ロンの饒舌も。

 ロンは紅穂の表情を見て、急に押し黙ると、頭の上にちょこん、と乗っている耳の後ろをカリカリと掻いて舌を出した。

「話がそれたな」

 Jが落ち着いた、でもいつもより少し優しい口調で間に入り、鼻から大きく息を吐き出し言った。

「すまない、紅穂。我々の昔の姿を見たら、いわゆる君の言う普通の姿、かもしれない。5年前の事件以来、我々の姿はこうなってしまった。それ以来、我々にとってはこれが普通の姿、になってしまったし、そう思わなくてはやるせない、という気持ちでもある」

「えっ?最初からそうじゃないの?」

「違うっキャ」

 ウィルが悲しそうに言い、座っている椅子の肘掛についているモニターのタッチパネルを、小さな手で器用に叩いた。

 ピッ。

 小さな音がして、視界のあちこちで小さなライトが点灯する。

 正面のモニター(学校の黒板)が明るくなると、紫の画面が縦に大きく三分割され、航空自衛隊の制服みたいな青色の服(椎ちゃんのお父さんは航空自衛隊の偉い人だからそれだけは知ってる)を着た三人の人間が現れた。やだ、イケメン!紅穂は少し前のめりになると、食い入るようにモニターの文字を読む。

 一番左。

 佐々堂光。名前の横にローマ字で「SASADOU HIKARI」と振ってある。

 前髪ぱっつん、お目目クリクリの美少年。人の好さそうな、希望に触れた表情をしている。データによると、身長165センチ。紅穂の好みとしては、もう少し大きい方がいいが、これはこれで有り。有りか無しか、と楓に聞かれたら、余裕で有り。っていうか、弟に欲しい。連れて歩いて、いろいろ買ってあげたい。姉ちゃん、と呼ばれたい。

 妄想から戻れなくなる前に、とりあえず、次。

 真ん中。

 七川目竜之介。

 NANAKAWAME。そしてRYUUNOSUKE、て。カッコよすぎる。本人も名前に負けず劣らずカッコよい。身長182センチ。すらっとした長身に、眼鏡をかけた、クールで知的な顔立ちがたまらない。後ろに撫でつけた髪、端正でシャープな口元。冷たくあしらわれるのを百も承知で絡んでみたい!何言ってんだ、あたし。紅穂は頭を振り振り、三人目に移る。

 最後。

 宇城隈ロン。何々?UKIKUMA?RON?ろん。ロン?

 思わず。いつの間にか横に居て、モチャモチャと何かを咀嚼しているアホなコアラグマを見る。まさか、ね。モニターに目を戻す。

 完璧な造作の無雑作天然パーマが、斜め上を見ている目元にかかっている。薄い唇の口元は少しへの字。照れているんだか、怒っているんだか分からない表情。ムンクの「叫び」を参考に題名を付けるなら「ツンデレ」。これしかない。身長は177センチ。いいね、悪くない。むしろ、いい。

 付き合うならどれにすっかなぁ。

 椎ちゃんには光を上げて、楓には七川目さん。あたしはロンかなぁ。

 ちょいちょい、と誰かが足を突っつく。こそばゆい。

「ちょっと、くすぐったい!止めてよ!」

 右足を突くコアラグマに抗議する。

「あれ、オデ」

 ロンは右手で自分の顔を指す。

「はっ。分かった分かった。今忙しいから後でね」

 もう一度、ちょいちょいと突かれる。

「なによ?」

「あれ、オデ」

 アレ。オデ。ディスイズジャパン。マイケルイズアメリカン。ロンイズオデ。直訳すると、ロンはオデだよ。やばい。頭おかしい。あたし。聞こう。一応。

「んっと、ロンが言いたいのはあのモニターのイケメンが自分と同じ名前だってこと?」

「ちゃうねん」

 ちゃうねん?

「あれは、オデ。本人映像~」

 多分そういう事を言いたいのだとは分かっていたけど、脳が拒否して、思ったことを口走ってしまう。

「嘘だ~。あんなイケメンがそろってることも嘘くさいけど、ロンみたいにおチャラけた生き物があんなイケメンと同一人物なわけないじゃん!」

「ほんとだ。紅穂」

 Jが静かに言う。不思議だ。Jがいうとなんでもその通りにしか聞こえない。

「えっ…だって、あっち人間だし…ロンは名前が一緒だけど、二匹、二人は違うじゃん」

「コードネームッキュルリラ」

 ウィルが言った。

「そう、コードネーム。我々の仕事の性質上、本名は使わずにいくつかのコードネームを使い分けていた。それが、こいつらが私をJと呼び、ロン、ウィルと呼び合う理由だ。私のNATURENAMEは七川目竜之介。ウィルは佐々堂光。そして…」

「オレが宇城隈ロン」

「なんであんただけ名前一緒なのよ」

「めんどくさいからッキュス」

「な、違うっつーの。逆に変えない方がばれにくいっつーの」

「ロン。いろいろ可能性を考えたし、コンピにも読ませたが、その可能性はめちゃめちゃ低かったぞ」

「何パーセント?」

「0.2パー」

「低っ」

 ロンと紅穂が同時に口にする。

「と、とりあえず元々三人が人間だったってこと?」

「人間、まあ、そうなるかな。造形で言えば」

「なによJ。気になる言い方」

「形状は確かに君らと変わらないし、多分、人間と同じか近い存在だとは思う。ただ、丸っきり同じ、ではないな」

「どういうこと?」

「基本的にオレらは死なないもん」

 ロンがさらっと凄いことを言う。

「えっ?さらに意味が分からないんだけど。どういうこと?」

「地上人と違って我々は繁殖することがない。もちろん、歳も取るし、肉体を大きく損傷した場合は死、というか存在が消滅することはある。しかし、それ以外では死なない、いや死ななかった、というべきか」

「それって、何、だって歳は取るんでしょ?どうやって、ええっと…」

「老化を回避するのか?」

「そう。それ」

「新しい肉体に乗り換える」

「新しい肉体に、って、そんなの現代の医学で可能なの?」

「それは…」

「あっ!」

「どうした?」

「さっきJが言った言葉で気になる言葉が。えっと、なんだっけ、そう!地上人とか言ったよね?」

「言ったが」

 Jが頷く。

「それと関係ある?」

「察しがいいな、紅穂。さすが教授のお孫さんだ」

 「それほどでも」紅穂は大きく照れながら頭を掻いた。

「君たちは地上人。そして我々は天井人。地球を覆うように、いくつかのエリアに分かれ、管理、維持、調整するための存在」

「えっ?神?」

「ちょっと違う。日本や、ギリシアの神話に出てくる神々の一部は確かに天井人の一員であることが多い。ちなみに我々は違う。天井人にもランクがあり、地上で言うところの王がそれにあたる」

「じゃあJ達は?」

「我々はその部下。部下は組織化されランクもあるが、主である創家の主達は別格なのだ」

「じゃあ、その人達、ヌシさん達が神なの?」

「そう、だね。ある意味。絶対正義ではないが。天地創造の創の字に家、と書いて創家。その主達は絶大な権力とパワーを持つ。そういう意味では地上人から見たら、神なのだろう。古今東西の神話が示す通り」

「なんとなく、すごい話だってのは分かったんだけど、なんでJ達はそんな姿になってしまったの?」

「その話は長くなる。その後に取るべき道もな。少し休め。午後にまた話そう」

「えっ!だって!きっと眠れないよ、気になって!」

「大丈夫。君は眠れるよ。ぐっすりと。保障する」

「あっ!おばあちゃんとかお母さんに連絡しなきゃ!」

「ケケケケケッ!変な生き物といますので、心配しないでってか?」

「そうだ。どうしよう…」

「任せておけ。心配するな。休め」

 案内させよう、とJに少し強めに促され、紅穂は頷くとウィルの後について部屋を出た。


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