第4話 小さな村と小さな希望

「戸谷少尉、よくぞご無事で!!」


「少尉!! 帰還を待っていました!!」


 日が落ち込んで暗くなり始めている頃、クオン達一行は拠点である村にたどり着いていた。明かりが灯る村の入り口では、門番をしている軍服の男たち二人が戸谷を迎えていた。


「そのお怪我は、大丈夫なんですか!?」


「大丈夫だからここにいる。ボロボロだがな……」


 戸谷の帰還を門番たちとは対照的に彼女の顔は暗い。クオン達に励まされた後ではあるが、やはり心身ともにキズが深いのだろう。門番の二人も彼女の様子や彼女とともに向かった他の隊員がいないことに何かを察し、詰め寄るのを止めた。


 一方、戸谷と佐竹を担いでいた二人組の男女についてはその恰好から装備品に至るまで違和感がありすぎて思わず言及してしまう。


「あ。あの少尉そのお二人は……?」


「な、なんだ、この馬鹿でかい剣は……!? それに耳と尻尾!?」


「私と佐竹の命の恩人だ。詳細は後で話す。この二人には我々を治療室までは運んでもらう。とりあえず基地の治療室への案内を頼む。落ち着いたらまた連絡をするから事前に村長と軍のメンバーを集めておいてくれ」


「いえしかし、少尉と佐竹がそれだけの怪我をしているなら、すぐさま村中の全員に少尉の帰還を連絡し、私たちで運びます!! それにこんな不審なもの達に任せるわけには……」


「この者達に運んでもらうと言っただろう。それにもう遅くなる、こんな時間に村中にパニックにさせてどうする? 確かに部外者である彼らを警戒するのは分かるがな。でも今は要らぬ心配だ。ほら、治療室の案内とそれから軍と村長への連絡を急げ!」


「「は、はい!!」」


 門番たちの反論を跳ね除ける戸谷少尉。念押しの指示をもらった二人は敬礼のポーズを取って声を返した。そして視線を合わせてアイコンタクトを取ると、片方は連絡へと走り、残った片方が皆の先導を始めるのであった。





★★★★★★★★★★





「ふぅ~ん。この家の建て方、ちらほら見える住人たちの格好。まるで日本の大正時代やなぁ。うちこの感じ町並み好きやなぁ」


「確かにいろいろと様式がまんまだなぁ」


 入り口から歩いて数分、クオンとミナリは町の風景を見ながら、そう言葉を漏らしていた。歩いているのは家や商店が立ち並ぶ場所であるが、それらの建物はすべて瓦屋根で木製の家だ。さらに所々に電気配線をはわす電柱も立っている。他にも遠くには水田が見えたり、煙突が立っている小さな工場も見える。


 住人たちの服装も着物姿がほとんどである。全く同じというわけではないが、いわゆる日本の大正時代の風景に似ているのである。『大正』という言葉を話す二人に、他の者達は怪訝な顔を浮かべているが、特に問いただすこともなかった。


「お二方、着いたぞ。我々の基地だ」


 町の風景に見入っていると、戸谷少尉が二人に声をかける。そして同時に先導していた隊員も足を止めていた。


「ここ、か……」


 そこにあったのは、住宅街に佇む大きな建物であった。横幅は普通の家4件分、高さは三階分の西洋風の様式をしている。その見た目から完全な木造構造の建物ではなく、アスファルトや石材のような物も使用されていると予想できる。


「ここの一階、入り口の左手に医務室があるんだ。右手には上の階に上がる階段がある。二階に上がった通路の突き当りに空き部屋がある。一時的な仮宿として使ってくれ。夕食などもあとで手配する」


 戸谷少尉はそう言うと、彼女はミナリに合図を出して背中から降ろしてもらう。そして今度は先導してくれた隊員に肩を貸してもらっていた。それを見た佐竹隊員もクオンの肩から離れる。


「クオンさん、ありがとうございます。僕もここまでで大丈夫です」


「おい、まだ足が。医務室くらいまで運ぶぞ」


「い、いえ、大丈夫です。それよりもお二人はその空き部屋へ行ってください。私たちほどではないですが、長旅でお疲れでしょう?」


 佐竹はそう言うと、基地の入り口付近の壁に取り付けられたダイヤル式のBOXに足を運ぶ。そしてBOX開けるとその中にはいくつかの鍵が吊るされていた。佐竹隊員は軽く微笑むと、その鍵をクオンにへと手渡す。


「この鍵を使ってください。では後ほど」


 そして片足を引きずりながら、戸谷少尉の後を追って行った。その無理をする姿を見てクオンは思わず、手を伸ばしそうになったがミナリが彼の肩を持って制止する。


「クオンはん、お言葉に甘えましょう。彼なりの計らいやと思うしね。それか少し落ち着きたいんかもしれへん」


「あぁ、そうだな」


 クオンは軽くため息をつくと佐竹からもらった鍵を拳で強く握りしめる。そしてミナリに促されながら二階に続く階段へと向かうのであった。




★★★★★★★★★★





「ふぅ、一段落か。疲れたぜぇ……」


「まぁ次元トンネルの研究所を襲撃したことから、トラツグとかいうやつらとの戦い、そしてあの二人の送り届け、疲れれるのはしょうがないことやなぁ」


 案内された部屋は、基地の外観とは打って変わっての和風の部屋であった。入り口はいわゆるタタキと呼ばれる石造りの靴を脱ぐスペース。そして段差を経て、畳が床に敷き詰めれている。


 布団だってあるし、それを収納する押し入れまである。部屋の中央には昔ながらのちゃぶ台が置かれていた。


 そんな部屋であったクオンは身に着けていた鎧を外していた。彼は中にインナーを羽織ってたらしく、既に暑さで汗だくになっている。そして持っていた大剣を壁に立てかけ、傍らであぐらをかいていた。


「しっかし、本当に昔の日本そのものだなこりゃ」


「正確には『クオンはんが住んでいた世界』の『過去の日本』やね。まぁ異世界は無数にあるんや、似てる文化が混在しててもなんや不思議やない」


「ふおぉ~あ、そうだな。あぁ、ねむ」


 二人はその部屋を見つめながら、説明口調に何かを語っている。ただ少し小難しい話をしていたためか、はたまた疲れが蓄積したからなのかクオンは話の最中に大あくびをかいてしまっていた。


『クオン、だらしがないですよ。私たちはまだ目的を一ミリも達成していないのに』


 そんな様子に見かねたのか、クオンとミナリが身に着ける小型のデバイス越しから、『フィオネ』が注意を促していた。


「別にいいだろ、俺はこの装備品が無ければただの運動神経がそこそこいい人間なんだ。この剣も持ち上がらねぇしな。ミナリみたいな超人でもないし、フィオネみたいなデジタル上の存在でもない。普通に疲れるんだよ」


『確かに致し方ありませんが、それでも気を引き締めるのは重要ですよ、クオン』


「相変わらずフィオネちゃんはクオンはんに厳しいなぁ。そんでもってクオンはんもそないに自分を卑下したらあかんで。その負荷がかかる鎧を使い続けとるだけ立派なもんや」


 そういいながらミナリは脱ぎ捨てられた鎧をポンポンと叩いていた。




 クオンが装備するこの鎧。これは身に着けたものに絶大な身体能力向上を付加する代物なのである。装備すると初めに白い光ラインが鎧全身を走り、あの大剣を軽々と持ち上げるほどまで能力を高める。武器として扱っている大剣にも同様の光のラインが木の根のように伸びており、持つと連動して発光し、若干軽くなる性質も持っている。


 そしてなにより装備者の意思により、光るラインの色は青や赤に変化して、スピード特化や攻撃特化の爆発的な力を発揮することができるのである。能力の段階はレベル3まで存在して、そのたびに全身に走る光のラインが増えていく。


 ここまで聞くとチート級の代物なのだが、メリットにはそれだけのリスクも存在するのが世の常だ。そのリスクとは単純明快で体に相当な負荷がかかるというもの。それも力を発揮すればするほど重症化していく。クオンが今のように装備を外した直後にあからさまに疲れ切っていたり、戦闘後吐血していたのはこのせいなのだ。




「ちなみにうちは脱いでるクオンはんもすっきやでぇ。服の上からも見える男らしい肉体美に、惚れ惚れするわぁ」


『まぁその体と精神力だけは褒めておきましょう』


「くそ、ミナリ大先生は慰めて褒めてくれるのに、フィオネ様ときたら」


 クオンは苦い顔をしながら軽く舌打ちをする。そんな様子のクオンをミナリは少しにやけながら見つめている。


「しかしフィオネ。お前ずっと出てこなかったなぁ」


『私の存在を他の連中に知られるのはいろいろと面倒そうだったので』


「そりゃそうか」


『私が三次元的に動けるボディがあればいいのですが』


「なかなか難しいな」



 フィオネとの会話をしながら、クオンは腕を後ろに回して目をつぶる。少しでも休んでおきたいというのが見て取れる。だがその時、ドアの前でノックする音が聞こえた。フィオネはそれを察知するとすぐさま音声を遮断した。



「すまない。クオン殿とミナリ殿、入っても構わないか?」


 声の主は戸谷少尉であった。クオンとミナリは軽く顔を合わせると、「大丈夫」だと返答をする。すると扉を開けて、彼女がそのまま入室をしてきた。


「申し訳ない。休息中だというのに……」


「大丈夫、大丈夫。そんな気ぃ使わんでええで。それよりもあんさんの方が心配やわ」


「いや、その、大丈夫だ」


 ミナリに返答されて、軽く全身を震わす戸谷。ただそんな反応をしてしまうことに罪悪感を持った彼女は少し歯切れが悪く返答する。そして縮こまるようにその場に正座した。その様子にクオンはやれやれといった呆れ顔。しかしながらミナリだけは彼女に笑みを向けていた。


「やっぱりうちは怖いんかなぁ? この尻尾もお耳もラブリーだと思うんやけど?」


 耳をわざとぴくぴく、尻尾をフリフリとして、戸谷少尉にアピールする。突然のアプローチに彼女はどうしていいか分からず、ひどく困惑していた。


「やめろやめろ、よけい怖がらせてどうすんだよ」


「でもクオンはんはこんなうちの姿のこと大好きやろ? ずいぶん前にはお前は俺が守るって、まるでおとぎ話の騎士様のようなこと言ってたしな」


「確かに言ったことはあるが恥ずかしいからやめろ。まぁ好きなのは事実だがよ」


 ミナリのまさかの返しにクオンも若干顔を赤らめる。だがそれと同時に彼の耳元デバイスから『ちっ』という舌打ちの電子音が聞こえた。



「ふははは」



 そんな二人の微笑ましい会話を見ていた戸谷は思わず笑ってしまっていた。その様子にミナリとクオンが彼女の方に首を向ける。


「二人は本当に通じ合っているのだな。本当に心洗われる。私の醜い差別とトラウマが馬鹿らしくなる。ミナリ殿、何度も申し訳ない。配慮感謝する」


 戸谷少尉はそのまま深くお辞儀をした。


「ええんよ。それよりもうちらになんか用があったんやないの?」


「あぁ、そうだった。実はあなた方の目的を聞きたかったのだ」


「目的? はて、なんでそないなことを?」


 戸谷少尉は先ほどとは打って変わり、目つきが鋭く、真面目な表情へと変わっていた。


「あなた方が何らかの事情を抱えているのは分かる。だが今、この村は『トラツグ』たちによる侵攻を受けているんだ。そこであなたたちの助力が欲しいのだ」


「おいおいおい、侵攻? 助力? いったい何の話だ? あの鳥野郎たちのことだよな。あの森のことだって単なる調査じゃ……」


「…………、いや」


 侵攻を受けている。そして助力してほしい。彼女の発言に首をかしげるクオンとミナリ。戸谷少尉は口元を震わせながら再び口を開く。


「『トラツグ』たちは我々の領域を何年も前から食いつぶし始めたのだ。既にいくつもの住処や拠点を制圧している。ここから一番近いあの森の先にあった村とも連絡が絶たれたのだ。次はここだ。もう猶予がないんだ」


「もしかしてその侵攻を俺たちの手で食い止めてほしいと言いたいのか?」


 戸谷少尉をその説明を聞いて、すぐさま『助力』と言った意味が分かった。と同時に彼は大きなため息を吐いた。


「あぁ。住人の避難はだいぶ前から進めていたが、すべての住民を受け入れてくれる所などない。仮にほかの拠点が受け入れが可能でも道中も険しく、護衛は必要だ。だがそれをすると村の守りも疎かになる。なかなか厄介なんだ」


 淡々と、説明口調で戸谷少尉は事の顛末を話していく。相変わらず重く苦しい内容だ。二人の顔もまた険しくなる。


「ここに帰る道中に話していた『本部の東京』はどうなんだよ。そこなら受け入れが」


「無理だ。既に多くの避難者が殺到していると言われ、取り合ってもらえない。しかもここからはあまりにも遠すぎる。歩きでは二十日はかかる。東京には移動専用の乗り物があるらしいが、ここにはそんなものはない。そもそも本部からすれば近隣の小さな村などどうでもいいのだ」


「なるほどなぁ」


「ミナリ殿への先ほどの差別的な態度も然り、身勝手で無礼で願いだとはわかっている。こんなどうしようもない私の頼みなど聞いてもらえるとは思えない。だが言葉だけは聞いてほしい」


 戸谷はそこまで言うと、苦渋な表情を浮かべて言葉を吐き出した。


「どうか奴らの侵攻からこの村を守ってほしいのだ。稼いだ時間で住民たちの避難を……」


 そして彼女は頭を下げようとした。だがクオンは言葉の途中でそれを制止する。


「どう考えても現実的じゃねぇ。そいつらがいつここに来て、どんだけ攻めてきて、そして避難にはどれくらいかかる?」


「あ、……」


 そして誰にでもわかる彼女の浅はかな考えを軽く論破する。彼女自身もわかってはいた事だが、改めて言葉で指摘されて口籠った。


「あの『トラツグ』という連中、そんだけほかの拠点もつぶして回ってるならさっき戦った奴らよりももっと強力な奴らもいるだろ」


「い、いや。あなた方の力なら……。あの時だって奴らを一瞬で……」


「買い被りだ。『あの敵』は倒せたが、他の奴らとの戦闘はしていない。俺たちは『トラツグ』という奴らと戦争しに来たわけじゃないんだよ」


 戸谷とクオンの話を聞いて、ミナリも会話に入る。


「そうやね。うちらがここに来たんは人探しのためなんや」


「ひ、人探し……?」


「そうだ。俺の妹を探してここの地まで来たんだよ」


「クオン殿の妹……」




 クオンとミナリとフィオネ。彼らの目的はクオンの妹を探すことであった。


 そしてこの世界に妹がいると掴んだ彼らは、別の世界への移動を可能にする『次元トンネル』という装置を使って、『この世界』に来たのである。


 以前、彼らが怪しげな研究所を襲撃していた理由は、その研究施設に配置されていた異次元転送装置『次元トンネル』を使うのが目的だったのだ。




「まぁ俺たちも何も考えずに探しに来たんだがな。そういう意味では俺たちもあんたのこと言えねぇんだが。妹はここら辺に来て5年くらい経つらしいしな、どこにいるのやら」


「探す時間もあるし、ここにいつまでもいられないんよ、ごめんな」


「そうか……」


 クオンとミナリの話を聞いて、暗い声色を出しながら納得する。


「本当に私は浅はかだな、人の気持ちも考えず。元々は我々だけで対処する問題だからな。話を聞いていただいただけで満足だ……」


「あんた……」


「だが散々無礼な振る舞いをしたんだ。あなた方二人の助力はしたい」


 そう言うと戸谷少尉は軍服の胸元にある内ポケットからバッチを取り出した。そしてそれをクオンに手渡す。


「これは?」


「私の名前が刻印されているだろう? それを持っていれば私の知り合いという事の証明になるはずだ」


 どういうことなのか分からず、クオンは怪訝な表情を浮かべる。


「クオン殿の妹がここの地に来て五年といったな。もしどこかの拠点で3年以上定住しているならそのことを本部に連絡して名前や素性を登録する必要がある。つまり『東京の本部』に行けばその妹殿がどこにいるのかある程度調べられる可能性がある」


「それは本当か!?」


「よかったやん、クオンはん。これで手掛かりがつかめるわ」


「単に東京本部に行っても全くの部外者など取り繕ってくれないからな。このバッチがあればまだましだろう。どうか使ってくれ」


 希望が湧いてきたことにより、クオンとミナリの表情が明るくなっていく。そんな二人の姿にまた戸谷少尉は微笑んでいた。


「では私はこれから軍のメンバーと会議がある。今回の被害やこれからの対策について。万策尽きているが、せめて我々の命に代えても住人を少し生き長らえさせたい」


 彼女はそう言って立ち上がり、脱いだ靴を履き直して、部屋の扉のドアノブに手を持った。


「あぁ、そうだ。風呂の用意もしてあるし、食事もすぐに持ってこさせる。東京本部へ急ぎたい気持ちもあるだろうが、夜道は危険だ。せめて旅路の初日くらいは明るい朝がいい」


 そうしてドアのぶを回した瞬間、クオンは彼女に声をかけた。


「できる限り早く戻る」


 その言葉に戸谷少尉も軽く笑みを浮かべ、また言葉を返す。


「期待している……」

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