黄髪の家族

 

「全く……慣れない事をした」


 ステューシーを勧誘したスイは真っ直ぐ指定の場所へ向かう。きっとそこが里長の家なのだろう。

 里の住民は興味深げにスイを見つめている。彼らは自分達を信用しているのか、それとも下手な行動を取れば制圧するだけの力があるのだろうか。スイはそんな疑問に少しばかりのエネルギィを使って頭を回転させたが、答えも出ないまま目的地に到着した。


「早かったですね」

「ミラ様はギャグを披露してくれませんでした」


 開いた扉から出てきた双子は残念そうに室内のミラを見つめた。


「ミラ、幼子を悲しませるとは……」


「え!あ、貴方はいつも私を悪役にするわね!」


 ケラケラと笑いながら部屋に入る双子。スイはそれに続き、仲間達が座る木の長椅子に向かう。クロだけは壁にもたれて腕を組んで立っている。恐らく格好付けてるのだろう。


「初めまして。勇者スイだ。里長で間違いないな?」


 珍しく丁寧な挨拶に、ミラはギョッとする。そんな彼女を睨みつけてからスイは椅子に座った。


「はい、私が里長のステラです。貴方とは会う必要があったのですが、ここまで来て頂いて助かりました」


 対面の女性は綺麗な黄髪を腰まで伸ばしている。しかしエルフにしては珍しい高年齢層。物腰は柔らかく、慈悲深い笑みが特徴的だった。


「そうだったのか。では問う。用件は何だ?その他にも出来る限り多くの情報が欲しい」


 結局いつもの不躾な態度に戻るのか、とミラは半ば呆れたが、単刀直入に聞くのはスイらしいと苦笑した。


「抽象的な要望ですね。……ですが貴方の欲する情報はわかっております。それを伝える事こそ私の用件ですから」


 何処かへ行っていたラスとルスが両手を軽く掲げながら部屋の奥から歩いて来た。その上には人数分よりも一人分多いカップとソーサーが浮いている。紅茶を淹れて来てくれたのだ。


「召し上がれー」

「しかし母様、何故一つ多く用意させたのですか?」


「時期にわかります」


 この時スイは親子だったのか、と思ったが、背後の扉から気配を感じた為、口には出さなかった。


「失礼します!勇者様にお供する為、ここへ参りました」


 何故勇者だと知っているのか。スイがそう疑問を頭に浮かべながら振り返ると、開きっぱなしの扉に突っ立った少女が驚愕に目を見開いていた。



「……ど、どうして……ファテマ…様?」


 正面に向き直るスイは、再び驚愕に目を見開く者を見る。里長のステラだ。視線はスイの背中のブーメランに釘付けである。


「何故その武器を……?いえ、後にしましょう。ステューシー。騙していたようでごめんなさい。私はステラ、この里の里長です。ファテマは……私が創り出した魔法――幻想であり、架空の者です」


「なっ!!」


 悲痛そうに問う様な視線に、ステラは申し訳なさそうに答える。



「一年前、夢でお告げがありました。少女を時が来るまで保護しろと。私は考えました。貴方に何らかの力があるのではないかと。聖剣と同じ様に、世界の均衡を保つ為に生まれた少女なのでは、と。だから貴方に危険があってはなりません。それ故に他者との接触を控えさせたのです。ファテマもあの家も、貴方の為に、この時を待つ為だけに作られた幻想よ」


「……!」



「しかし母様、ファテマさんの事は私達も知っているではありませんか」

「そうですよ、ずっと里にいたじゃないですか」


「貴方達もまだまだね……。そう錯覚しているだけよ。私がこの里の者全員に錯乱魔法を掛けたのですから。だから誰もあの家に近付かなかったの」


「……やられました」

「流石は母様」



「……ステューシー、淋しい思いをさせてごめんなさい。どうか恨まないで欲しいわ」


 なんとなく事情を察したスイは、わかりにくいおばさんだ、と思う。

 本当に恨まないで欲しいなら、他者と接触させなかったもう一つの理由を話せば良いだろう。スイはそっちの理由の方が納得できる。

 それは、いつか離れる里に馴染んだら旅立つ時に酷く悲しくなるから、というものだろう。

 だからステラはステューシーを他者と馴れ合わせなかったのだとスイは思う。勿論、誰かの悪に巻き込まれない為、という理由も大いにあったのだろうが。

 だが、おかげで、と言うべきか、面倒だが、と言うべきか。とにかくスイは、淋しい少女に掛ける言葉を知った。



「ステュ。お前の今までが創られた過去であっても、俺達との出会いが決められたものであっても、これからのお前はお前次第だ」


 綺麗な瞳がスイを見た。純粋故に、親しんだ者が嘘であった事に対する悲しみも小さくないのだろうと予想する。


「だからここで宣言しよう。俺たちは嘘でも偽りでもなく、本当のお前の仲間だ。俺が行く道を、ステュにもついて来てほしい」


 近頃の自分はどうかしてる、デヴが見たらなんと言うだろうか。言い終えた後でそんな事を考えるスイは、しかし少女が不憫だった為仕方がないと、無意味な言い訳を自分の中でした。


「私は……勇者様の目的が達成されたら消えてしまうのでしょうか」


「……不確定だ。だが、それに抗うのも、俺の目的が達成されないように邪魔するのも、全部お前の自由だ。そもそも、ステラの考えだって不確定だ。少なくとも俺は、何かと煩い聖剣が消える事は良しとするが、ステュが消えるとなればそれを許さん。それが仲間というものだろう」


 鞘の中で震えた剣はスイに抗議している様だったが、スイが無理やり押さえつけた。その静寂の中で、ステュの決心が口を開かせた。


「仲間……なら……私は……」


 ステラの話を聞いたステュは、自分を知る事が怖くなった。世界を知る事が怖くなった。勇者の為に消えるのかと思うと――少しだけ共に行くのが怖くなった。

 しかし、スイは仲間だと言ってくれた。

 それだけで、ステュは心強く感じた。

 それだけで、明日を生きる力が湧いて来た。


「貴方の進む道を歩みます……!」



 そしてステュは、その力で、瞳で、真っ直ぐスイを“視た”。



「よろしくお願いします、スイム・ミンダ様!」




「っっ!!ゴホッ!ゴホッ!!」


「……ほう、それが力か」



 紅茶が気管に入り咳き込むミラと、ステュの淡く光る瞳に感心するスイ。


「スイ!!貴方、まさかとは思うけど……面倒だからフルネームを名乗らなかったのね!!?」


「…………ふ」


「っ!!誤魔化す事まで面倒くさがってる……!」

 

「兄貴は貴族だったのか?」


「いや、そうではないが……まあ、今まで通りに呼んでくれ」


「スイ様、ですね、よろしくお願いします!」


 スイは敬語をやめさせようと思ったが、ステュは変わらないだろうなと思い、そのままにした。それよりもジッとこちらを見る里長が気になり、正面に視線を戻す。

 ステュはスイの隣に座った。


「……貴方の言葉には、言霊がこもってますね。きっと、貴方の言葉が与える他人への影響は大きいものだったはずです」


「へー、羨ましいです」

「どうして言霊を操れるんですか?」


 双子と同じようにステラも不思議そうにしていた。どうやら珍しいのだろう。


「言葉とは、使うほどに価値が薄れる」


 意味深な事を言ってるが自分の怠惰故の無口を正当化したいだけでは、とミラはスイを疑う。そもそも、スイのフルネームを今の今まで知らなかった事が大いにショックであった。怠惰が過ぎるなんてレベルじゃない。

 だが、意外にもスイの言葉が気に入ったのか、反応する者がいた。部屋の隅でずっと黙り込んでいたクロである。


「……何処で知った言葉だ」


「ここではない世界」


 意味のないやり取りが終わるまで話すのを待ってくれたステラは優しく微笑んだ。


「貴方を見てると飽きないわ。きっと勇者の力だけでなく、貴方自身に備わった力がこれから役に立つわ。……さて、ではそろそろ私が知っている過去をお教えしましょうか」


 そう言って優雅にカップに口を付けた後、彼女は話し始めた。

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