二章 聖剣

スイの愉快な一人旅

 

 メリーは困惑していた。




 代々続くメイドの血を受け継いだメリー。

 二百年前の人魔戦争後に貴族が廃止され、それに伴いメイド稼業は衰退していった。


 そんな中発表があった勇者召喚。


 勇者の専属メイドに選ばれる事は、裕福な家と王城のお陰で辛うじて失業していないメイド達にとって誇らしく、華やかなことだった。



 そしてそれに選ばれたのが王城に仕えるメイド長の娘、メリーだった。



 母からは期待され、同僚からは羨望され、メリー自身もやる気に満ちていた。


 そして対面の時、勇者が部屋に入ってきた瞬間、メリーは恋をした。

 一目惚れだった。



 挨拶をしても視線で応じただけの勇者。

 どこか怠そうにメリーの手を引く勇者。

 邪魔と言いながら鎧を脱ぎ捨てる勇者。


 燃えたのは恋心だけでなく、代々受け継がれたメイド魂だ。


 怠惰な主人には多忙なメイドが付き物である。


 メリーはそう奮起し、衣装棚を開いて「趣味の悪い貴族服ばかりだ」と嘆くスイに、自身のお気に入りのホワイトローブを渡した。


「私の私物で良ければお使い下さい、スイ様に似合うと思いますので」


 主人に何かしたいという強い意思がホワイトローブを譲った理由で、その意思はメイドが主人に抱く想いを越えていた事をメリーは未だ自覚していない。






 そんな仕事や恋ををごちゃ混ぜにしたメリーが今、困惑している理由は他でもないスイのせいだった。






 スイは新たな武器をミライアとデヴィスに披露した後、自室に戻りメリーを呼んだ。


「いかがなさいましたか?」


「メリー、君に重要な仕事を与える。君にしか任せられない、君しか知ることのない、重要な仕事だ」


 普段の顔つきからは想像できない程真剣な表情のスイに言われた言葉。

 メリーは嬉しくなり、反射的に「なんなりとお申し付けください」と答えてしまった。



 その瞬間から、物事が進むのが早かった。

 スイが「擬似人形ダミードール 召喚」と唱えると、その隣にスイのそっくり人形が生まれる。

「今日から数日間は、これが俺だ。本物は数日で帰ってくるが、バレない事が好ましいな。誰にも、だぞ。なに、しっかり休暇は貰った。悪い事はしないさ。ああ。ちゃんと帰ってくるとも」

 メリーが口を開こうとするたびに、スイが先回りして答えてしまったため、メリーはスイが部屋を出るまで何も喋れなかった。




 しかしこの人形でどこまで隠し通せるか。

 今は地味な服を着せて寝かせているが、メリーからしたら似てる似てないの問題ではない。

 こんな人形はスイ様ではない。そういう問題なのだ。


 きっと最近頭の禿げてきたカロー司書なら騙し続けられるだろうが、ミライア様とデヴィス様が気付くのは、やはり時間の問題か。そういえばセバス様はしばらく会っていないがどうだろうか。やはり無難に人を避けるべきだろう。

 メリーはそんな不安や計画で頭をいっぱいにしていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 青い空、どこまでも広がる草原と木々の緑、浴びる風は大自然の空気。



 メリーの不安など露知らない勇者は一人、王都を抜け出していた。


『隠密飛行』で王城の屋根から空高く飛び立ち、真昼の城門を上空から堂々と通過したのである。


 因みに『隠密』はセバスのようにスキルとして身につける者もいるが、スイは補助魔法の『隠密』を使った。

 そして『飛行』は風魔法。現在確認されている飛行魔法の使い手は、風魔法に優れたサイガ村の魔法使いただ一人である。つまりミライアでも使用できない高度な魔法なのだが、スイは広い王城を「歩くのが面倒だ」と真剣に悩んでいた末に身に付けた。



「しかしルシウスの変装道具を使うまでもなかったな」


 隣に並んで飛ぶ小鳥に話しかけてみると、それで初めてスイに気が付いたかのように、小鳥は逃げ出した。


 その様子を見て、魔法はなんて万能なんだろうとスイは感心していた。






「グギャァ、グギャア」


 空でうたた寝を始めそうになったスイは地上に降り、その数分後二体のゴブリンに遭遇した。


「本当に醜悪な見た目だな……。やあ、いい天気だな」


 小さく本音を漏らしてしまったスイだが、爽やかに当たり障りのない挨拶をする。

 対してゴブリンは「グギャ?」と首を傾げている。


「俺はずっと西を目指す。一緒に気ままな旅をしないか?」


 そう言って手を差し出すと、「グガ!」と掛け声と棍棒が返ってきた。


「氷結」


 スイは二体を氷漬けにすると、再び歩き出す。


「その内溶けるだろう、達者でな」








「おう、どこに行くんだ?」


 次に遭遇したのはマウントボア、巨大なイノシシだ。


「ブォォ……」


 マウントボアは片前足で地面を掻き、突進の姿勢を見せている。










「お、おい、あの少年なにやってんだよ」


「魔物に話が通じるとでも思ってんのか……?」


 そして無謀な少年を見守る冒険者がここに二人。

 ギルドの依頼でマウントボアの討伐にやってきたわけだが、そのマウントボアが旅する若人に襲いかかろうとしている。そんな場面に出くわし助けようと一歩踏み出したが、「どこに行くんだ」なんて少年が言い出した。


 そんな少年は同性から見ても容姿端麗で人離れした魅力がある。悪く言えば「人ではない」と言われても信じられる程だ。そして魔族が魔物に話しかけて魔物を使役する話も聞いたことがある。

 だから一瞬だけ「あの少年は魔族か?」と勘繰ってしまったのが、助けに行こうとする身体を停止させてしまった理由だ。


 後から考えれば、少年から魔族の魔力は感じなかったし、マウントボアは明らかに少年に対して警戒態勢なのだから、人族であることは明白だった。


 しかし疑いは二人を戸惑わせ、二人は様子を見るにとどまった。











「ふむ、お前もゴブリン同様、話を聞いてくれるのか…………もっとも、理解は出来ないようだがな」


 遂に突進を始めたマウントボアに、少年スイは肩をすくめると、仕方なく腰の剣に手をかける。


 その時少し離れた茂みから声が聞こえた気がしたが、スイは気にしなかった。



 そして一閃。



 マウントボアからしたら、獲物が突然消えたと思えるだろう。

 そして直後、自分の命が散ったことを知覚すると同時に、地面の草を散らしながら激しく倒れこむ。




 背後で倒れたマウントボアを振り返るスイ。

 腹を大きく切り裂かれ、絶命している姿を見る気分は良くない。


回復ヒール


 補助魔法をかけても蘇ることはないが、痛々しい傷は塞がり、その姿は安らかに眠っているようだ。


「これがこの世界か……」


 勇者として、これから沢山の命に手をかけるのだろう。それは魔物だけではなく、人の形をした魔族すらも。

 しかし自分がやらなければ多くの命が失われ、自らの命も守れない。


 生きるとはこういう事なのだ。


 スイは平和に生きた十五年を忘れ、生きる事に必死なこれからの生活に価値観を合わせて行こうと決める。

 そのために先ずは、葬った命を生存している命の為に活かさなくてはならない。

 そう考え、茂みの中の二人に声をかけた。


「おい、マウントボアは食えるとか毛皮は衣服に使えるとか読んだことがある。しかしどこに渡せば良いのだ?」



「うっ!」


「ば、バレてたのか……」


 驚きを隠せない青年二人はのそのそと姿を現し、歩いてくる。


「……しかし少年、マウントボアはBランク冒険者でも単独では相手しないぞ……。それを一撃とは、一体何者だ?」


「常識が欠落した知識も不思議だな。魔物の使い道を知ってれば、ギルドに提出する事は当たり前だろ?」


 それに対し、スイは少し焦る。

 自分の異常さが悪目立ちするのではないか。

 そうなったら早々に正体がバレて強制送還だ。少しでいい、もう少しでいいからバレずに進みたい。一人で行かなくてはならない場所があるから。




「なんだよギルドって、それにあんな猪くらい余裕だろ?何せ俺は、騎士団員志望だからな。あんたらは田舎モンか?」


 そしてスイは開き直った。

 出来るだけ自然に、年相応に。


「うぇ?」


 驚く冒険者を見て、したり顔のスイ。




 スイは今朝までの毎日、王都の図書館に通っていた。そこで様々な書に触れていたわけだが、学んだのはそれだけではない。


 カロー司書、いや、カロー師匠と呼んだ方が相応しいだろう。


 哲学の真髄に触れるカローの最大の特徴。

 それと対面してから、スイはずっと考えていた。


 なぜあれ程の違和感を、皆は当たり前に流しているのか。


 そしてその考えが、その哲学の問いが、今、解へと導かれた気がした。


 それは――




 ――偽りヅラとは、異常ヅラと疑うから偽りヅラに思える




 ということ。逆に言えば――




 ――異常ヅラと疑う事をやめれば、偽りヅラすら受け入れられる




 ということ。

 つまり、多くの使用人は、偽りヅラを流していたのではなく、偽りヅラを受け入れていたのだ。


 スイはこの答えに辿り着き、自身の成長を大きく感じていた。




 だから堂々と偽るのだ。


 ――俺は正常だ。あんたらが無知なのだ。


 そうする事によって、異常だと疑う余地を与えない。自分を受け入れてもらうのだ。




 そして案の定、冒険者たちは、


「そ、そうか?近頃の若者はこうゆうもんか?」


「ま、まあ王都にはあまり行かないしな……」


 と、受け入れる姿勢だ。



「ま、まあよ!とにかく俺らの依頼も少年のおかげでクリアってわけだし!報酬は半分くれてやるよ!」


「気前が良くて助かる。一文無しだったからな」


 スイは言った後で「一文無し」という日本語の言い回しがわかるのかと疑問に思ったが、どうやら伝わったようで、二人の冒険者は顔を引きつらせている。


「では、早速向かおう。恐らくあんたらが住んでるのは最西端のケモンシティだろ?獲物は俺が運ぶから、案内してくれ」


 言いながらマウントボアを両手で持ち上げると、冒険者は更に驚いていた。

「やっぱあり得ないだろ……」とか、「ベテラン冒険者にもあんな怪力いないだろ……」などと言ってるが、スイは堂々とし続けた。

 そうする事によって、スイが異常なのではなく、自身が井の中の蛙だと思い込ませる為だ。きっと数分もすれば冒険者達も、「ああいう人間もいるんだな」と、完璧に受け入れる事だろう。


 そんな、半ば怠惰に委ねた放任を行いながら、スイは順調だなと冒険者の後ろであくびをしていた。

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