怠惰な申し出

 

「スイ様は与えられた部屋で仮眠を取っています」


 思いの外早く戻ってきたメリーは言った。勇者に与えられる部屋を案内させられたそうだ。


「仮眠ねぇ……」


 農村暮らしの子供じゃあるまいし、とミライアは思う。








 スイが出て行った後、残された三人はスイの怠惰の真偽を話し合っていた。


 面倒臭いから世界を救わない。

 そんな言葉が本心なら、勇者召喚は失敗だ。魔法陣に人為的に魔力を注いだのが良くなかったのか。発動する時期を早めてはまずかったのか。


 しかし、スイの言動の裏に何か思惑があるのかもしれない。召喚時に人々を沸かせたあの姿。気怠そうに歩きながらも隙が感じられない足運び。何より側で感じた膨大な魔力量は絶対的な強者だと認識するに十分だった。

 そんな強者だから、思惑があって私達を試すような言動をとった。そう考えるのも不自然ではない。




 一体どっちだ、彼の本心とは。


 そう悩んでいる時に、メリーが戻ってきた。









「昼寝をするから、私は戻っていいと」



「ふむ……やはり怠惰でしょうね」



 ミライアも同じ考えに達し、セバスの考えに頷いた。


 しかしこの男、セバスも中々の強者に見える。シワが刻まれた表情に、白髪混じりの整った髪。これだけ見れば初老の男だが、その立ち姿は力強く、武に優れているのは間違いない。何よりも頭が切れそうだ。王の側近なのだから当然だろうが、この男に見つめられると隠し事は出来ない気がする。


 そんな事を考えながらミライアは問う。


「ではやはり、召喚は失敗でしょうか……」


「しかし、素質はあるのでしょう?ならば召喚は成功です。後は我々が鍛え、導けばいい」


 答えたのは珍しく意見したデヴィスだ。

 短く切り揃えたブラウンの髪と、平均よりもっと高い身長、引き締まった肉体。

 ミライアは王都一の魔法師と呼ばれているが、デヴィスは王都一の剣士と呼ばれている。

 そんな彼に答えたのはセバス。


「鍛えるにしても、どこまでスイ様が耐えて下さるのか。怠惰が本当なのだとしたら、きっとスイ様の暮らしていた世界は余程平和なのでしょう。平和な世界の民が力を持ったとして、果たしてそれを磨いてくれるのか。何より、自身の手を血で汚す事が出来るのか」


「しかし!相手は魔族です!汚すなんてとんでもない、魔族を殺す事は人族を救う事、誇るべきです」


「ミライア。それは貴方の価値観です。異文化どころか、異世界で育ったスイ様にその価値観は当て嵌まらないでしょう」


「しかし……」


 つい熱くなったミライアを宥めるようにセバスは言った。


 ミライアとて、セバスの言っている事がわからないでもない。だから、しかしの後に続く言葉が出ないのだ。


 それでも納得がいかない程魔族を忌み嫌うのはミライアだけではない。だからデヴィスは提案した。


「セバス殿。貴方は王の側近という事ですが、勇者様に対する報酬はどうなっているのでしょうか。我々は自分達の状況や望みばかりをスイ殿に押し付けてしまいました。何か条件の提示があればスイ殿も協力して下さるかもしれません」


「ふむ…。それならば……」


 セバスが呟いた所で、メリーがピンと背筋を伸ばした。


「スイ様が目覚めたようです」


「なぜわかるの…」とミライアの問いに、「メイドの勘です」と誇らしげに答えるメリー。


「では、再びここにいらしてもらえるかな?」


 セバスの言葉に「畏まりました」とメリーは部屋を出て行った。








 しばらくして、再びソファに座る勇者と、対面に座るセバスの姿が部屋にあった。


「スイ様、王城の部屋の暮らしはいかがですか?」


「悪くないな」


「申し訳ありませんがスイ様を元の世界へ送り返す術を我々は知りません。勿論、スイ様が望むのでしたら急ぎ調べますが、しばらくはここで暮らしていただくでしょう。不都合はございますか?」


「帰る方法は調べてくれ。見つかるまでここで暮らすのは構わない」


 ミライアはまともに会話をしている二人を見て驚いた。

 しかしそれは当然だった。ミライアと違い、セバスはスイの意見を尊重しようと質問を重ねる。どんな条件を提示しようか吟味しているのだろう。


「暮らしの中で貴方は何をお望みで?」


「俺はただ何もしたくない。と言いたいが異世界に心が踊っているのも事実。魔族と戦うかは見て見なきゃわからないが出来るだけ協力する。要求するのは安穏な生活だ」


 スイの怠惰が本当だという事を確認したセバスは安心した。もてなすだけで勇者は満足してくれる。つまり敵に寝返る事はまずないだろう。


 それにこの勇者は自分の価値観で物事を判断するらしい。魔族と戦うと言い切らない辺りに、セバスはそう感じた。

 そしてそれは人族に協力する事と同義だ。

 何せ、魔族の非道さを見れば何が悪かなど明確だから――。



 セバスはそこまで考えた所でスイに言った。


「では、当初の予定通り明日から訓練を受けてもらいます。力がついたらスイ様の目でこの世界を歩いていただきたい。本日は夕食を済ませてからゆっくりお休みになってください。勿論、王城の中をメリーに案内させても構いません。ただ、外に出るのは許可が降りるまで控えていただきたい……」


 今日勇者の姿を確認した者は多い。そうでなくてもスイの容姿は目立つ。そんなスイが外に出れば騒ぎになるのは明白だ。

 スイの実力や性格が詳しくわかっていない今、騒ぎを起こしたくないと考えたセバスは申し訳なさそうに言ったが、スイは当然だとばかりに答えた。


「わかった。でも訓練はほどほどにな。それと、今から全員、俺を敬わなくていい。めんどい事は好きじゃない」


 スイの言葉に目を丸くさせた四人だが、メリーは言った。


「私はメイドですので、今まで通りよろしくお願いします」


「私も折角の申し出ですが、遠慮させていただきます、しかしミライアとデヴィスはお言葉に甘えるべきでしょう。スイ様と最も近い距離で過ごすのですから」



 スイはメリーとセバスに頷くと、デヴィスとミライアを見た。


「えっと、そういうことなら、よろしく…スイ」


「そうだな…、遠慮なく呼ばせて貰う。スイよ、よろしく頼む」



 二人の挨拶にスイは軽く返事をした。


「これから頼むぞ、ミラとデヴ」


「デ、デヴ……」と少し不服そうなデヴィスとは対照的に、良い関係が築けそうだと、ミライアは安心した。

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