怠惰な勇者〜異世界救いはメンドクサイ〜

木下美月

一章 勇者召喚

プロローグ

 

 ここは地球とは遠く離れた世界、アルバリウシス。

 いかなる科学技術をもってしても辿り着くことは出来ない。


 しかし、アルバリウシスには地球と繋がる術があった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「おいおい、本当にこれから勇者様が降臨なさるのか?」


「だからこんなに人が集まってんだろ。やっと人族の時代が来たってことだな」


 王都の中心、リクハート城を囲うように人だかりが出来ている。


「人族の時代、か……」


 そう呟いたのは漆黒の男。

 ローブ、仮面、腰に携えた剣も黒で統一されている。それは太陽が高い所にある今の時間では一際目立つ格好だが、彼の言葉に、存在に気づいた者はいない。


 漆黒の男は人混みを抜けて最後列より少し後ろに陣取り、城の二階のルーフバルコニーを見上げる。






 数百年前、大陸の北端に一人の魔族が発見された。

 魔族の定義、それは言葉を話せるほどの知能を持った魔物。


 初めて魔族に遭遇した冒険者は、気味が悪いと、魔法を放ち撃退しようとした。

 しかし、魔族にダメージはなく、その事実が冒険者の恐怖を掻き立てた。

 慌てて王都に逃げ帰った冒険者は、ギルドに魔族の存在を報告し、やがて魔族の存在はアルバリウシス全土に知られることになる。人族が魔族に敵対心を持ったのもそれと同時だった。


 もっとも、不安そうな表情で何かを伝えようとする魔族の少年の話を、冒険者が冷静に聞き入れることが出来たなら、このアルバリウシスは今とは違う世界だったかもしれないが。






「やっと始まるか」


 他人に認知されないせいか独り言が多い漆黒の男は、バルコニーに王都一の魔法師が出て来たことを確認した。


 さっきの民衆は『降臨』と言っていたが、正確には『召喚』だ。

 長い年月をかけて世界に漂う魔力を浴びて、ようやく起動可能になった魔法陣に、更に膨大な魔力を注いで発動させる召喚魔法。


 二百年前、脅威を増した魔族と、徹底的に殲滅を行おうとする人族がぶつかった時、大陸は二つに分かれた。

 以来、北の魔族、南の人族と区別がなされ、戦争は起こっていない。


 しかし、数年前、北の大陸から膨大な魔力の渦が感知された。良からぬことが起こると考えたリクハート王は、古来から伝わる『救世の魔法陣』に人為的に魔力を込めさせ続けた。

 そして本来より数年早く起動可能になった魔法陣を、今日発動させるのだ。


「こんな時にも王は姿を見せず、か…」


 人族の王、リクハートは人前に姿を現した事がない。不審がる者がいないのは、二百年前の人魔戦争から束の間の平和が保たれているお陰だろうか。それに、すぐに束の間ではなくなる。王の判断によって勇者が召喚され、魔族は殲滅されるのだ。その後に本当の平和が訪れる。



 その時、リクハート城は淡い光に包まれた。魔法陣が起動したらしい。

 ガヤガヤと賑わっていた人達も、息を飲んだ後すっと静かになった。



 王城を覆うほど大きな魔法陣なら、別の場所に召喚することも出来ただろうに、と漆黒の男は思った。

 だが、横目で感嘆の息を漏らす冒険者の若者を見て納得した。


 わざわざ民衆の目が当たる場所に召喚するのは、魔族に対抗する冒険者の士気を上げるためだろう。『勇者』という圧倒的存在があれば、多くの人族は気後れせず魔族に立ち向かえる。


 だがしかし、とも男は思う。


 勇者は全く文化の違う異世界から召喚される。救世の魔法陣を介する事によって眠っていた強大な魔力が覚醒するらしいが、所詮は凡人。召喚された瞬間なんて、わけもわからずアホヅラをぶら下げるに違いない。

 果たして、民衆はアホヅラ勇者を拝んで心強いと思えるだろうか。


 どうなるにせよ、自分の抱える問題のいくつかを解決してくれそうなら近付き、そうでなければ立場上叩いたほうがいいだろう。


 なにせ俺は―――



 その時、辺りは一層強い光に包まれた。


 ――さて、どんな奴が来るかな。


 そう思った次の瞬間、勇者は召喚された。



 美しく輝く黄金の髪、サファイアブルーの瞳はどこまでも透き通り、青年と呼ぶには少し若い彼は、素人が見てもわかる立派な鎧と剣を腰に携えていた。

 魔法陣を介した事によって、姿も変わったのだろうか。


 だが男の視力ではしっかり見えていた。

 眠そうに細められた目と、気怠さを隠そうともしない表情が。


 所詮、凡人か。


 そう判断して早々に立ち去ろうと王城に背を向けた男だが――


「「オォオォオオォオォォ!!」」


 凄まじい歓声に驚き、再び振り返ると、城の上に立つ勇者に見入った。


 そこにいたのは、凛々しい顔で遠くの空を向き、右手に高々と白銀の剣を掲げた勇者。

 そう、紛れも無い勇者がそこにいた。



「くく、ふ、ふははは!」


 男は驚き、喜びに満ちた笑いをあげた。


「お、おい、漆黒の英雄様じゃないか?」

「おぉ!あの人も来てたのか」


 つい感情的になった男は気配を消しきれず、近くにいた冒険者に気付かれたが、そんな事は構わなかった。


 彼は凡人じゃない、勇者だ。

 余程の天才だろう。もしかしたら頭のネジが幾つか外れているのかもしれないが、どちらでもよかった。


 ようやく世界が動き出すのだから。

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