19話――惚れ薬





 叫びが交わされて、魔法が飛び交う、地が揺らぐ、空気が焦げる、光が弾ける、樹木が砕けて、森中に潜んでいた生き物たちが逃げ惑っていた。


 どうして、彼女たちが争うのか。


 この状況の起因となったのは、俺だ。


 それでも、


 今までやってきたことに後悔はない。


 俺は何がなんでもこの世界で望みを叶える。絶対にハーレムを作る。


 そう、誓った。


 アリアとソフィアとエレナの三人とも昔みたいに仲良くなって、その上でみんなに俺を好きになってもらう。そして、俺も三人ともが比べようなく好きだ。


 だから、他でもない俺が、この場を収める。


 弱音は吐くな。考えをしぼり出せ。不可能なはずがない。彼女たちのことは昔からよく知っている。

 こんなことになっていても、その本質は変わらない。それを確信する。


 その上で何ができる。


 彼女たちが起こす激化した戦端に、魔法の才能がまるでない俺ができること。


 今、この時、俺がやることはなんだ。

 ルーカスには、彼女たちを気絶させるように頼んだ。そのために、俺が彼女たちの気を引くのだ。


 そうだ、そんなに難しく考える必要はない。


 単純でいい。


「――――」


 俺は彼女たちから逃げるのをやめて、戦闘の最中さなかへ堂々と歩み寄っていく。


 思えば、俺を故意的に狙っているのはソフィアだけだ。アリアとエレナは決して俺に攻撃は向けないし、ソフィアからの攻撃を防いでくれる。

 しかし、互いが互いを、俺に近づけまいとしている。


 俺は静かなゆったりとした足取りで、彼女らが起こす戦端のど真ん中へ移動した。

 

 俺が何をしようとしているのかわからないのか、彼女たちに戸惑いが生まれる。

 攻撃の火は緩やかになっていき、膠着状態に落ち着いた。


「…………」


 静寂が場を占める。


 奇しくも、彼女たち三人が作る三角形の中央に俺が佇む形になった。


「アリア、」

「ウィル?」


「ソフィア、」

「ウィルくん……」


「エレナ、」

「おにい、ちゃん」


 三人の名前を淡々と呼んで、視線を集めてる。


 今なら、彼女たちに俺の言葉が届く。


「あのさ――」


 よくよく思い返してみると、俺がさっきソフィアとアリアに語った、三人とも大好き最低宣言は、はたから見れば言葉足らずだった。

 それに、あの場にエレナはいなかった。


 だから、もう一度ここで言わせてもらう。


 俺は本心を偽らない。


「――俺はさ、ここにいる三人とも、アリアと、ソフィアと、エレナが、三人とも好きだ」


 彼女たちの戸惑いが増した。


「誰が一番好きとか、そういうのじゃなくてさ、三人とも好きなんだよ。この気持ちに嘘はないし、変えようがない」


 俺でさえ理解していない俺の本心を、一つ一つ言葉にしていく。


「アリア、ソフィア、エレナが三人とも俺を好きって言ってくれるのは物凄く嬉しいし、正直もったいないって思う。


 それでも、俺には誰が一人を選ぶなんて、できない。


 俺は三人ともから好かれたい、この先もずっと。


 でも俺が好きなのは、きっとこういうのじゃなくて、前みたいな、ここにいる四人が、それぞれを好きでいて、みんなの仲が良くて、平凡だけど楽しい日々なんだよ」


 場の空気が、張り詰めた気がした。何が起こるか分からない、そんな雰囲気。


「……こんな状況になってこんなことを言う、俺を最低だって思うんだったら、それで構わない。

 だったら最低な俺は最低なりに、手段なんか選ばず、俺の望みを叶えさせてもらうから。

 ――俺は、三人・・と、一緒にいたい」


 そこで言葉を切って、俺は彼女たちの様子をうかがう。

 彼女らに動きは見られず、三人ともジッと俺を見つめていた。


 果たして、今の俺の言葉を聞いて、何を考えているのだろうか。


 瞬間――、


 ザワリと空気が揺れた、気がした。


 言い知れぬ恐怖に、ピクリと肩が震える。


 俺は、反射的に、片手を空へ挙げた。

 口の中だけで呟く。


「……ごめん、ちょっとだけ眠ってて」


 そして叫んだ。


「――父さん!」



「……たく、こういうのは趣味じゃねぇんだけどな」



 どこからともなくルーカスの声が聞こえてきた。


「っ!?」


 気付けば、


 アリア、ソフィア、エレナの足元には、一様に複雑な紋様が描かれた魔法陣がグルグルと渦巻いていた。


 次の瞬間、魔法陣から縦に光が飛び出して彼女らを包む。

 光が消えた時、


 彼女たち三人は、意識を失って、地面に横たわっていた。


「……」


 …………え、ホントに気を失ったんだよな。

 う、動かないよね?


 数十秒間、その場に固まる俺。

 それから、どうやら本当に彼女たちが意識をなくしていることを確信して、大きく息を吐いた。


「はぁぁぁ〜〜〜っ!! …………こわかった」


 マジで死ぬかと思った。

 あんなふざけた発言をしたんだ。いつ攻撃されてもおかしくなかった。


 ていうかよく生きてるよ、俺。


 足腰の力が抜けて、俺は地面に座り込む。

 高ぶった緊張感が、未だに心臓をバクバクと鳴らしていた。


「お前、……最低だな」


 背後から、ルーカスが近寄って来た。彼の顔は、苦虫を十匹くらい同時に噛み潰したようなものになっていた。

 何も言い返せない。


「最悪だ、ていうか男の、いや人間のクズだな。何となく気付いてるつもりだったが、まさかここまで酷いとはな」


 ルーカスが呆れ切った目で俺を見る。


「お前、バカだろ」


「…………」


 まさに返す言葉がない。

 だが、それでも、俺は自分の考えを変えるつもりはない。


 これが俺だ。俺は自分のために、やれることをやる。


 だが、一つ問題が生まれてしまった。果たして、俺が今からやろうとしていることをルーカスが知ったら、どうなるだろうか。


 俺は立ち上がって、尻についた泥を払う。その拍子に、俺のズボンのポケットに詰め込んだ小瓶に入れられた赤い液体がチャプと揺れる。


 ソフィアが持っていた赤い液体――、そう、『惚れ薬・・・』だ。


 あの日の夜、俺がエレナの拘束から逃げ出し、アリアからも逃げてソフィアに捕まったあの時。

 そしてその次の日朝も、俺はソフィアにこれを飲まされていたのだ。

 ルーカスが禁呪と言っていたウチの一つがおそらくこれ。

 もう一つは、記憶改竄の類だろう。


 まったく、恐ろしい魔法だ。この異世界には、こんなものが存在するかと思うとゾッとする。


 その効果は、俺が身をもって知っている。痛感している。


 これらを使われたあの時の俺は、ソフィアのことが好きだった。

 むしろソフィアのことしか見えていなかった。心の矛先が、全て彼女に向いていた。


 今まさに俺の手元にある惚れ薬の効果だろう。

 その昔に読んだルーカスの本には、惚れ薬の説明があった。

 これは、惚れさせたい対象の身体の一部(髪の毛や涙などでもいい)を入れ、そこでやっと完成となる。

 それを飲んだ者は、その対象に執心するよりない。


 つまり俺はあの時、ソフィアの体の一部が入った惚れ薬を飲んだことになる。


 …………何が入ってたんだろ。


 まぁ、それに関しては今置いておこう。

 

「……ふぅ」


 俺は一つ息を吐いて、ポケットからその惚れ薬入りの小瓶を取り出した。


 それを見たルーカスの顔が、厳しいものになる。


「ウィルお前、それは……」


「別に俺が作ったわけじゃない、ソフィアが持ってたやつだよ」


 俺は今からこれを使う。

 そして――、


 ――――彼女たちを・・・・・お互いに惚れさせる・・・・・・・・・


 アリア、ソフィア、エレナには、俺じゃなくて他二人を好きになってもらう。


 これが決意した俺のやり方。俺が考えた、大団円へ向かう道だ。


 彼女たちが争う原因は俺を独り占めしたいからだ。俺のことを好きだという他二人が邪魔に思うからだ。


 だったら、邪魔だと思わなくさせればいいのだ。


 みんながみんなのことを好きになれば、争いなんて起こらない。

 そしたら、また、あの時みたいに平凡だけど賑やかで楽しい日々が送れるはずだ。


 正直な話、彼女たちの心をこんなもので無理やり操作するなんてやりたくない。

 だけど俺はやる。

 その先にあるものが、欲しいから。


 それに自分に宣言したはずだ。

 手段なんか選ばない。俺は俺の望みを叶えるために、どんな手でも使うと。


 もしこれで、惚れ薬の効果が強すぎて彼女たちが俺のことを好きじゃなくなっても、それならそれで構わない。

 俺は自分の周りに可愛い女の子がいて、楽しい毎日を過ごせたらいいのだから。


 よし、でもその前に、この惚れ薬に入れる彼女たちの体の一部を取らなくては。

 半分はそのために彼女たちに気絶してもらったのだから。もう半分は、もちろん確実に惚れ薬を飲ませるためだ。


 俺は彼女たちの髪の毛でも貰おうと歩み進める。


 すると、何というか予想通り、ルーカスに肩を掴まれた。


「待てよウィル、何する気だ」


「……父さんも聞いてただろ。俺は元の平穏な毎日に戻りたい。こんな、無茶苦茶なのは嫌なんだよ……。

 だから、そのためには手段なんか選ばない」


「だがな、ウィル、それは――」


「分かってる! 俺だって本当はこんなことやりたくない。けど、これしか方法がないんだよ。

 それにあいつらがお互いを好きになってくれたら、今まで以上に楽しい毎日が送れると思う。正直、今まではちょっと息苦しかったからさ」


「…………」


 ルーカスは、何か言いたいのをぐっと堪えるようにして、俺をじっと見た。


「もしあんたが俺をここで止めたとする。そうしたら、あいつらはもう止まらない。

 たぶん俺が死んだとしても、今度はそれが原因でまた無茶苦茶になるよ」


「……」


「ここであんたが俺を止めるのは簡単だと思う。

 けど、これは脅しだ。ここで俺を止めたら、きっとアリア、ソフィア、エレナは、三人とも普通じゃ済まない。

 でも、ここで俺がこれを使えば綺麗に収まるんだよ!」


 そう叫んで、俺はルーカスに背を向けた。早くしないと彼女たちが目覚めてしまう。


「待てよ、ウィル……」


 それでも彼は俺を引き止めた。そこに含まれる複雑な感情は、俺には読み取ることができなかった。


 俺は唇を噛み締め、振り返ってルーカスを見る。


 彼の瞳は、まっすぐに俺を見ていた。



「ウィル、いいか、よく聞け」


「――――」



「その惚れ薬は、すでに完成形だ」



 …………ん、?


「今の話を聞いた上だと、おそらくソフィアちゃんのやつだろうな」


「…………ぇ」


「元々赤いから分かりにくいだろうが、その惚れ薬にはソフィアちゃんの血が入れられてる。

 つまりそれを使っても、ソフィアちゃんに惚れさせることしかできない」


 待て、待てよ、あの中で今のところ誰が一番危ないかって言われたら、ソフィアだ。俺を殺そうとして、それを邪魔するやつも殺そうとしてるんだから。

 けどそのソフィアをアリア、エレナに惚れさせることは出来ず。

 付け加えて、アリアとエレナをお互いに惚れさせることは出来ない、と。


 つまり打つ手がなくなった。


「…………」


「……」


 俺とルーカスは無言で向かい合う。



 俺の視界の端には、驚くほど無垢な顔で寝息を立てる、彼女たちがいた。




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