七話――絶望した話


 

 俺は激しく絶望した。今までにないほど打ち震えた。


 まさか、こんなことが起こってしまうなんて……。


 俺は両手両膝を地について、悔し涙を必死にこらえる。


「わぁーっ、すごーいっ! ウィルっ、すごいよ! これすごーいっっ!」


 きゃははっと幼児っぽく笑いながらアリアが防御結界の張られたサークルの中を走り回る。

 真っ新だった新雪が天真爛漫アリア姫にどんどん蹂躙されていく。


 そんなアリアの周りでは、風が舞い、水球が踊り、地面が隆起する。

 

 おかしいだろ……なんで全部一発で成功させるんだよ……。

 俺なんて一つ覚えるのに一ヶ月近くかかったんだぜ?


 気付けば、うさぎやお花、蝶々の形を模した水がアリアの周りにプカプカ浮いていた。

 まず、水が宙に留まっている時点で、彼女が風魔法と水魔法を同時に行使していることが確定。

 その状態でさらに、水の形を自在に変化させている。

 応用力ありすぎだろ。そんなの教えてないぞ。


 モコモコと盛り上がっていく地面は、次第に形を整えて、ついにはピラミッドみたいなモノが出来上がった。高さにして二メートルはある。

 果たしてこれだけの土を操って固定化させるのに、どれだけの魔力と技術を要するのか……。

 正直に言って、俺にこんな芸当は出来ない。


「アリア……、これなに?」

「おしろっ!」


 ほぉほぉ、お城ですか……。たしかに、ピラミッドは捉え方によれば王様の家ですもんね。ていうか、この世界にピラミッドってあったかな?


「ウィルーっ!」


 絶望に打ちひしがれて俺が放心状態になっていると、アリアが正面から飛びついてきた。


「っと、どうしたの?」


 なんとか押し倒されずにアリアを受け止めて、訊ねる。

 アリアは俺の胸に埋めた顔をパッと離して、喜色満面の笑顔をこちらに向ける。

 こんな嬉しそうな表情を見せてくれるなら、教えた甲斐もあるってもんだな。

 ちょっと、ショックな部分もあったけど。うそ、かなりショックだったよ……。


「まほうすごいねっ、すごいたのしい!」


 いや凄いのは魔法じゃなくて君の方なんですけどね。


「ありがとっ、ウィルのおかげ! ウィルだいすきっ」


 まさかの告白ですか。

 昨日は俺とのキスを泣いてまで嫌がったのに、いきなり愛の告白ですか。

 これは俺も相応の返答をしなければ……。


 なんてね。

 分かってますよ。これが告白じゃないことくらい。

 幼子っていうのは勢いだけで生きてるようなもんだからな。思ったことをすぐに口にする。

 ほんと、罪なモノですね。


 俺がそんな悟った風のことを考えていると、アリアが少し困ることを言い出した。


「ウィルっ、これとちがうやつはもうないの?」

「……えー、と」


 どうしようか。

 すでに、風、土、水の三つの基礎魔法は教えてしまった。

 俺が彼女に教えられる魔法は、あと一つ残っている。

 最後の基礎魔法となる火。

 

 けど、これを教えるのはちょっと危ないんじゃないかなー、と俺が俯き気味に思案していると、視界の端を一匹の白い毛玉が素早く横切った。


 たぶんうさぎだ。

 この森には人間に仇なす魔物が住んでいるが、普通の動物たちも住んでいる。

 この結界の中に入れるということは魔物ではないので、特に危険を払う必要もない。


 安心した俺は引き続き思案にくれる。

 アリアに火魔法を教えるか、否か。

 まさかここまであっさりと他の魔法を覚えるとは思ってなかったからなー……。


 アリアのことだからきっと火魔法もすぐに習得してしまうのだろう。

 どうせなら、すべて教えてしまうか?

 アリアに、俺がいるところ以外では使わないように約束させて。

 

 でもやっぱり、火を扱わせるのは危ないかな。

 アリアは女の子だしな。間違っても火傷なんか負わせたら冗談じゃ済まなくなるかもしれない。


 よし、アリアにはまだ火魔法は教えないことにしよう!


 そう結論付けて、俺はスッキリした気分で伏せていた顔を上げる。


 ……ゾッと、怖気が走った。


 冬の寒さと関係なく、体の芯が凍える。


 ウソだろ?

 

 認めたくない現実を認識し、焦りの気持ちが荒れ狂う。


 やばいやばいやばいやばいやばい。




 

 アリアが、いなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る