03 俺の武器はカッコいい

 俺は、上を旋回するニャートリーに手を振った。

 これで、助けて欲しい気持ちが伝わるだろう。


 ========☆

 大神直人


 HP  0015 

 MP  0032

 【空腹くうふく】0100

 ========☆


「確かに、俺もお腹が空いているな。HPも下がっているから危険だ。今、MPの値が分かっても、【空腹】じゃあ仕方がない。使える技が分からないよ。ヒーリングがないのかな? 飯はいつも母さんと決まっていたからな」

 

 ――ふと、思い出した。


 あれは、俺の自室。

 蛍のようにゲームのライトが光る部屋だ。

 悔しいが、ありありと思い浮かぶよ。

 大学を卒業したときに、ゲームメーカーの『サーハル』に就職はできたのだ。

 だが、研修で躓いてしまったな。

 研修期間に使うコップを持って来て欲しいと言われて、それができなかった。

 何で、自前のコップでなければならないのか?

 どんなコップにすれば一流の人物として認められるのか?

 研修の朝になっても目を赤くして、眠れなかった。

 たかが、それだけのこと。

 勿論、就職はパーだよ。

 情けないと失笑され、理解してくれる人はいない。


 だが、母さんだけは、違ったな。

 俺が二階の自室でゲームをしているとき、母さんはあたたかいご飯を部屋の入り口へ置いてくれた。

 一瞬、母さんが味方だと思ったのが間違いだった。

 俺に刃を向けられたと思ったさ。

 俺ってさ、ははは……。

 母さん、――大神憧弥おおがみ あこやの下僕か?

 トレーに敷いたナプキンにメッセージがあった。


「直人さん。がんばらなくてもいいのよ」


 がんばらなくてもいい?

 母さんは、分かっているのかよ。

 はいはい。

 良妻賢母ですね。


 だったら、東大学へストレートにしろと命じた父さんはどうした。

 俺はな、俺は――。

 続く文句も胸を掻き乱す。

 しわくちゃな顔で、食器をガンガン割ってやろうかと思う。

 電気火災の火元になってもいいぜ。

 だが、悪さしようにも、安い考えしかない。


 飯は食った。

 悔しくて食らってやったから、しょっぱかったな。

 家にいれば、朝昼晩、食いはぐれなしだ。

 お前らが俺をニートって呼んでいるのを知っているぞ。

 結構だね。

 この我が城、ビッグウルフサターン城から一歩でも踏み出さないよ。

 いいか、俺は踏み出さないのであって、出せない訳ではない。

 自分の世界の殻を割る必要がないしな。


 そうこうしている内に、猛獣が木を引っ掻き始めた。

 おおっと。

 かなり揺れるからしっかりと掴まらなければ。

 爪が武器なのだな。


 ========☆

 猛獣


 HP  0050 

 MP  0059

 【烈爪】0173

 ========☆


「さっきより、MPも【烈爪】も数値が上がっている! 危険だな。俺も何とかしないと。何とか、何とかするのだ!」


 ========☆

 大神直人


 HP  0013

 MP  0028

 【竜巻たつまき】0001

 ========☆


 むっ。

 自然と【竜巻】の表示がされたな。

 俺の深層心理だろう。

 忍者の如く【竜巻】でドロンと消え失せるか。

 いや、風をまといし木の葉隠れか。

 結局は、ネガティブな発想しか思い付かないな。

 

 ニャートリーは、おとなしく上空を旋回している。

 何か策があるのか?

 HPが13では、先ず、回避でいいと思うが。

 猫鶏にでも訊いてやるか。


「おーい。ニャートリー!」


「ニャニャンニャー!」


 おお!

 何処かに行っちゃうの?

 俺の言い方が悪かったか?


「ニャートリーくん! 帰って来てくれ」


「ニャー」


 おや、ご機嫌よく戻っていらっしゃって。


「うおおっ」


 俺のしがみついていた木が揺すられる。

 猛獣の爪が鉄のようにぎらつく。

 ごくりと唾を飲んだ。

 もう、喉の渇きなど忘れている。


「お、お助けを……」


 その瞬間だった。

 上空を旋回して、俺を蔑視しているのかも知れないと思っていた猫鶏が啼いた。


「ニャートリーノ!」


「ふああ……!」


 俺のMPが、どんどんと漲るのを感じる。

 28、29、30と心音のように波打っていく。

 とくんとくんと、指先まで痺れるようだ。

 そして、50になったときには、髪の毛も風に孕まれているようだ。

 これは、呪文、『ニャートリーノ』が影響しているのか?


「手に、風の流れを感じる」


 頬の高さで手を見ると、白い炎が纏わり付いている。

 これは、断言できる。


「カッコいいぜー! 俺の【竜巻】!」


「ニャニャニャー」


 ニャートリーが、右の翼を高く上げて羽ばたく。


「お、おう。右手を振るのだな。風が、白い炎がぐるりと巻き始める。強い。段々と強くなっているぞ!」


「ニャンニャ」


 分かった。『風の【竜巻】』だな。

 任せろ。

 こういうのならば、ゲーム的で得意だ。


「風の【竜巻】よ。我が手に……!」


 はうう。

 MPと【竜巻】の数値が天井知らずだ。

 MPが99とは、俺的に最高だろう。

 【竜巻】は、俺の念じ方に従っているのだろうな。

 1から12になった。

 さあ、いいか。

 猛獣よ。

 俺を怖がらせた罰を与えてやる。


「行け! 真剣、風の【竜巻】よ!」


 ビュッと白い風をまとった剣を猛獣へと投げ付けた。

 高速回転をしながら、風を尖らせて、ヤツの爪に当たる。

 下にいた豹に似た猛獣は、急所を痛がってひっくり返った。

 憐れな呻き声で、鉄の爪を引っ込めた。

 しかし、致命傷ではないらしく、すごすごと消え去る。

 ここで、一言あるな。


「やったぞ、俺!」


 ========☆

 大神直人


 HP  0015

 MP  0099

 【竜巻】0012

 ========☆


「ほう、こうなったか。【竜巻】の威力が増したか」


 俺は、手元にあった真剣、風の【竜巻】をニャートリーへ向けてご自慢だ。

 ニャートリーは、空高く舞い上がってしまった。


「それに、HPが15とは。確かに腹は空いたままだな。動ける内に何か口にしよう」


 折角、森へ着いたことだ。

 猛獣にはこの真剣、風の【竜巻】で、対応しつつ散策しよう。

 勿論、泉を探すのだぞ。

 そうでもなければ、果物でもいいかも知れないな。

 ――とにかく、水が欲しい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る