第5話:閉ざされた世界

この世界にいても不安が抑えられているのは舞がいることも大きいのだろう。


彼女と一緒にいると楽しいのは認めざるを得ず、性格的にも相性は悪くないことは同好会の活動を通して感じている。

それを真っ向から彼女に伝える機会も緊急時でもなければないのかもしれない。


「・・・・・・休憩にしましょうか」


あまり体力がない舞は半分も来ない内にギブアップした。

バンクで金を下ろすまでは達成したので、まずは当面の金は何とかなると安心感が段違いだった。

異世界不思議な程に順応しているとは言え、得体の知れない環境に自分が置かれている不安はあるのだ。


「時間自体はあるからいいけど、まだまだ距離あるぞ」


「私は、インドア派なんだから・・・・・・仕方ないでしょう」


恵まれた運動神経を持つが、さすがに体力までは人よりも優れているというわけにもいかないらしい。

リンゴ果汁にハチミツを混ぜたような飲み物を購入してリフレッシュする。

どうやら露店を見て回った限りでは炭酸飲料の類もあるようだが、現実世界のような体に悪そうな缶ジュースではない。


異世界でまだ一度の危機もなく、舞の力も輪がいれば安定した運用が可能なのでこの世界に閉じ込められる心配もない。


帰る場所があって、その上で他人と違う場所を行き来できている。

夢を完全な形とは言わずとも叶えている優越感、ある種の高揚感があったことは否定できない。



だが、そのどこか浮ついた気分は粉々に打ち砕かれることになる。



魔王が指定してきたのは、アスガルド法立魔導院。

どうやら、店の人間に聞いた限りでは魔導士まどうしと呼ばれ、世界を動かす資源・エネルギーである魔素マナとの適応を果たした現代魔術師に近い存在が集まっている場所らしい。

法では測れない規格外にである故に、法に従って己を律するべし。


そんな法を掲げながら、国が出資して設立した技術養成所だとか。


そこに近付いたのは三杯目の果実ジュースを飲み干した頃だった。


街中に魔素マナの時間による変化を利用した時計に似た文字盤は設置されているので現時刻はわかる。

文字盤も十二進法に基づいた十二の数字で構成されており、十二時は『十二刻じゅうにこく』と呼んだりと差異は見られた。

今、二人はようやく近付いた目的地の建物が見える程度の距離を進んでいる。


「随分と立派なものね・・・・・・」


「ああ、俺達の学校とは大違いだな」


「・・・・・・一介の公立高校が太刀打ちできるわけないでしょう」


並木道を抜けた先、白い階段状の建物が立っている。

カフェらしきテーブルを並べられたテラス、何棟かに分かれた施設、建物の頂上には十字に円を組み合わせた教会を思わせるシンボルが威容を示していた。


そして、そこに足を踏み入れようとした時。



「えっ・・・・・・?」


舞は足を止めると、慌てたように今来た方向へと目線を飛ばした。

まるで何かが起こったのを察したように、彼女のみが異変を察知して血の気が引いたように見える顔を輪は怪訝そうに眺めるしか出来ない。

二人の現代魔術は性質そのものが異なり、それぞれに感性があるように感覚も異なっているのだ。


だが、その表情は明らかに普通ではない。


「何かあったのか・・・・・・?」


そう訊ねると舞は今までに見たことのない、遠くの地で迷子になった子供のような絶望が滲んだ表情で呟く。


その内容を知った途端に、舞らしくない表情にも納得がいった。


「私達の通ってきた歪みが・・・・・・閉じたわ」



彼女の自分の魔術に関する知覚は絶対に間違いはない。


それは通り道を失ったも同義で、輪も何が起こったのかを頭が情報として処理するまでに少しの時間を要した。

次元の歪みとは入った場所で処理を行うもので、舞が塞ぐ処理を行ってから一定時間で閉じられる上に他の人間は侵入できなくなる。

歪みの処理中は安全なはずだったし、だからこそ今回は魔王という存在の情報を集めることを優先していた。


時間も十分にあるのに閉じたと言うことは可能性は二つだ。


揺らぐ視界を睨み据えて辛うじて頭を働かせる。


「舞のミスってことはないんだよな?」


「ないわよ・・・・・・。多分、無理やり閉じられたんだと、思うけど」


舞は返答だけは行うも、呆然として現実を受け入れられていない様子だった。


その姿を見ているとかえって冷静になれて、輪は深呼吸を一つ入れる。

ここで行うべきことを考えるんだ、これは現実なのだと。

過去を後悔しても仕方がないし、これから先どうするかを考えた上でたっぷり悩めばいいのだから。


手足が震える中で精一杯の虚勢を張る。


幼い頃に憧れたゲームの勇者はどんな時も勇ましく立っていた。

人々の支えになって唯一無二の力を振るう行為が子供心に格好良くて、眩しくて。

ドットの塊だろうが、漫画の世界だろうが戦う姿の勇ましさは全て同じだ。


輪は勇者になろうなどと大それた望みを抱ける器でないことは知っている。


頭の回転だって座学だって、鷹崎舞には及ばないだろうが今ここで彼女の手を引けるのは逆無輪しかいないのだ。

過去に蓋をしたはずの、太陽を眺める如き憧れと熱が零れ出してくる。



―――違う世界でくらい真っ直ぐに進んで見せろ。



「行こう、魔王がここにいれば解決するかもしれない」


「で、でも・・・・・・私のせいであなたは―――」


自分の事より輪を巻き込んでしまった事を悔いる彼女を見て、完全に吹っ切れた。

熱を押し殺して揺らぐことがないと彼女に示して見せる。


「絶対に二人で帰るぞ、それでいいだろ。今は他の事なんか考えるなよ。俺は・・・・・・同好会、すげー楽しかったんだからさ」


物語の英雄にはなれないだろうが、一人の少女の背中を押してやるぐらいは自身に望んでもいいだろう。

言葉に熱さを込めて吐き出すと、舞に向けて迷いなく手を差し出す。


何があろうと前に進もうと、失ってしまったはずの熱を込めて。


癪ではあるが向こうの世界で翔が言っていたように飾りのない二度目の言葉を彼女へと伝えた。


「・・・・・・ええ、ありがとう」


どうやら、全ては彼女に伝わってくれたらしい。


唇を結んで零れかけた涙を拭いて、舞は輪の手を握り締めた。

何をすれば事態が変わるかもわからないが、二人であるということが唯一の救いだったのかもしれない。

歪みの開閉の知覚は、手元のバッグの開閉を確かめる程度の難易度と正確性だと舞は言っていた。


歪みは閉じた、今はここに何かがあると信じて進むしかないのだ。



―――その、歩みの先には。



『改めて、ようこそ。新世界へ 魔王』



緩い風に包まれて舞い降りた紙には、再びのメッセージが綴られていた。


誰かは知らないし、目的が何なのかも全く手掛かりがない。

それでもやるべきことは既に二人とも理解していた。



「・・・・・・まずは魔王を探し出して、無理矢理にでも歪みを開けさせるぞ」


「ええ、二人で帰りましょう。元の世界へ、あの部室に」



二人の現代魔術師は魔王と名乗る存在へ向けて宣戦布告を行ったのだった。

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