第2話:既視感


バイト先までの道を歩む途中でポケットの携帯が震える。


携帯の画面を見ると先程、別れたばかりの舞からのメッセージだった。

さすがに返してすぐに連絡をしてくる程には面倒でもないので何か用件かとポケットをまさぐる。


『そういえばさっき聞き忘れたけど、これが何かわからない?』


そして、添付されていたのは一つのURLで、中身を見てみると今日の日付でネットに流れているニュースの記事だ。

ニュースになるような事件や出来事に関わった記憶はないが、わざわざ聞いて来るということは現代魔術関連だろうか。


ニュースを開くとそこには『古代のオーパーツ!?出土した謎の腕』と書かれた記事が載っていた。


それに何の関係がとため息を吐きながら、下へと画面をスクロールしていくと確かに鎧の右腕にも見える鉄の塊の写真を見ることができた。


そんなものを知るはずが、なかった・・・・・・のに。


内側の文字盤達が軋みを上げた気がした。


お前はそれを知っているはずだ、これから知るはずだと囁かれた気分にさえなった輪は眉を顰めながらニュースを閉じる。

彼女が何かを感じたとしても与り知らぬことだ。



———俺も知らない、と指がそう打ち込んで送信ボタンを押した。




「いやー、マジで昨日は助かったわ。サンキュな」


翌朝、教室では茶色の短髪にピアスをした長身の友人が朗らかに笑った。


バイト先も紹介でたまに入る程度だが同じ、クラスも同じの腐れ縁の観城翔みしろ しょうとは気の置けない仲であると言えた。

さすがに小学生から友人をやっていれば、互いのことも手に取るように解ろうというものだ。


「つくづくお前はキャラと中身が合わないよな。課題忘れたから届けてくれって」


「自分のこだわり通すなら、やることやるのがコツだろ。美人との逢瀬おうせを邪魔しちまったのは謝るって」


茶髪も校則的にはグレー、ピアスはアウト、バイトも届けを出していないのでアウトだらけだが見た目に反して成績は三本の指に入り課題もやってくる。

授業もサボらずに出席し、イベントでは積極的に参加する見た目以外はむしろ優秀な生徒である。

この見た目なのは本人なりにこだわりとか理由とかがあるのだ。


「逢瀬どころかツボに嵌ると相当面倒臭いぞ」


「でも輪のことは相当気に入ってるし、お前自身も結構楽しんでるじゃん」


「・・・・・・まあ、少しはな」


「もしかして、お前って鷹崎の前で楽しかったとか言ってやったことねえだろ」


見て来たかのように見抜かれて、さすがの腐れ縁と内心で呟く。

この男は頭の回転も早いので輪の誤魔化しはまず通じないと思ってよく、まともに口論したら絶対に勝てない。

それに翔の言い分は正論である事が多く、輪もハッとさせられることも多いのだ。


「わざわざ楽しかったとか言うものか?同好会ってだけだぞ」


「いいか、同好会ってのは同じ好きが出会う場所なんだ」


「いや、単語を解体しただけじゃねーか」


「強要もできねーけどよ。言われたら嬉しいとか人付き合いは色々あんだよ。たまにはお前がそう思ってるなら口にしてやってもいいんじゃねーの?」


見透かしたように表情を和らげ、翔は無駄に爽やかな笑みを向ける。

翔が女子に人気がある理由はこういう所なんだろうと輪は不覚にも親友の器の大きさを認めざるを得なかった。

正確には普段から認めているのだが、正面から認めるのは少し悔しかったのだ。


「わかったよ、俺なりに努力してみる。不良の癖に正論言いやがって」


「不良の言うことも聞いとくもんだ。さて、授業始まるぜ」


「・・・・・・そういう所だよ」


相変わらず目標の為には真面目な奴だった。


そして、再びの放課後がやってきた途端に鞄を掴んだ輪は教室を後にした。

今日もバイトに精を出す翔も途中までは一緒で、大きく伸びをすると窓の外を眺めながら口笛を吹いている。


「じゃあな、楽しんで来いよ」


「ああ、それなりにな」


「世の中、何があるかわかんねーんだからよ。楽しめる時に楽しむ方がいいだろ」


冗談めかして肩を竦めた友人と別れると今日も何故か与えられている部室へと歩みを進める。

今日はそろそろ、活動開始になる日だろうかと思いながら部屋のドアへと手を掛けて中に足を踏み入れた。


今日も変わらず、そこに彼女はいた。


「あら、早かったのね。約束通り今日は最後までいるのよね?」


済ました様子でほぼ一年近くは年上の貫録を見せようとしているが、輪の姿を見た途端に口元が綻んだのを見逃すはずもない。


こうして寂しがり屋の彼女との約束通りに現代史同好会が始まる。


ちなみに現代史同好会は現代で新たに使えるエネルギー等の可能性を読み解くという胡散臭い活動を続ける同好会である。

研究会という立ち位置なので余っていた部屋が宛てがわれたが、その代わりに会費は当然なしである。



無論、本当の活動は表に知られてはいない。



「さて……今日も往きましょうか」


輪が彼女を魔女と内心で呼ぶ理由はそこにはある。

現代魔術師の二人が持つのは炎の属性を極めたとか、そんな創作の世界でありがちなものではなかった。


現代魔術、とは二人が付けた名前ではない。


舞のやたらと大きな家に訪れた時に見せられたが、彼女の今は亡き父親の書斎に置かれた古臭い蔵書の中に何故かその単語があった。

その力を呼称する名があるのは都合が良かったので、そのまま採用したのだ。


「もう慣れつつある自分が怖くなってくるな」


「人間はおおむねのことは経験で何とかなるように出来てるのよ」


魔王もいない世界で、特に舞の持つ力は人が持つべき範疇を超えている。


彼女が持つのは時空の歪みを広げる現代魔術。


この世界には得てして様々な起こり得た可能性があり、並行世界だの様々な次元論が存在している。

世界は仮に例えるならボールのようなものらしい。

複数のボールが同時に同じ道路で転がされれば、それらは衝突して反発する。

そこに一定の干渉を可能にするのが舞の現代魔術であり、その先にある世界へと足を踏み入れることだって可能だ。


―――と、言うよりも歪みを放置できないのが現状である。


歪みは現実に影響を及ぼす危険性があり、閉じるには傷口が内側からの作用で治癒するように内部から塞ぐ必要がある。

その際に発生する可能性があるリスクを軽減するのが輪の役目で、彼女に力を貸すことになった理由もそこにあった。



そして、詰まる所。



その作業に必要なのは俗的な言い方をするなら、わば異世界転移だ。


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