第2話 揺れる胸元

 『春眠暁を覚えず』とはよく言ったものだ。いつも寝坊助な星子は、今朝も寝坊しやがった。


 私たちは徒歩通学だ。学園からの距離も近い。電車やバスの時間に囚われない自由さは高く評価したいのだが、おかげで時間がルーズになりがちだ。そのせいか、星子はいつも朝が遅い。今朝は特別に遅かった。


「ねえ、知子ちゃん。私、もう走れないよ」

「この馬鹿。遅刻するぞ!」


 私は星子を叱咤する。波里も星子に声をかける。 


「星子ちゃん。もう少しだよ。頑張って」

「うん」


 私は星子の手を引いて走る。波里には星子のカバンを持たせている。星子はまあ運動音痴で、体を動かすことが苦手だ。波里はそうでもないし、私はむしろ得意なほうだ。


 私たちが校門に差し掛かったところでチャイムが鳴る。


「おはようございます!」


 当番で立っている先生に挨拶する。学園のルールでは、チャイムが鳴り終わった時点での校門通過が遅刻扱いになる。つまり、今日はかろうじてセーフって事だ。ぜいぜいと、激しく呼吸し座り込もうとしている星子を引っ張って教室へと向かう。


「間に合ったね」

「まあな」


 今にも倒れそうな星子と違い、波里は元気いっぱいだ。頬を赤く染め、ニヤニヤと笑っている。はて、今日、波里は星子の胸を触っていないはずだが。


「今朝は役得でした」

「何がだ? 星子のカバンを持って走った事か」

「そう。おかげで私は、星子ちゃんの踊る胸元を! たぷんたぷんと激しく揺れる星子ちゃんの胸元を! 公式データではEカップ。しかし、私の触診による実測値ではGカップの胸元が揺れるその様を、心ゆくまでガン見できました。ああ、この幸福感! 今、その記憶映像を脳内に焼き付けてます……これ、一生の宝物だわ」


 チッ! 運動音痴の星子を走らせることに、そんな効果があったのか。これからはもう少し早起きし、星子を起こしてしまおう。私の誓いが一つ増えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る