SOL.6:疑惑はあちこちに

 火星圏コロニー型前哨基地、

 外壁の補修を行うボーンが見える、窓のある一角、





 火星圏軌道艦隊作戦会議室




 現在、緊急査問会議中


 入り口の壁際で、左官クラスの制服でありながら、柄も悪く背を壁にもたれかけ、片腕をポケットに入れてどこか面白い物を見るような顔の若い男が見ている中、







「これはどう言うことかね、フッド提督?」




 3人の大将と中将達が並ぶ机の前で、一人の若く見目麗しい金髪碧眼の女性が立っている。


 そのモデルと見まごう体系で着こなす軍服は、SSDF宇宙艦隊の制服。

 まとうケープは将官────准将の証である白い一本の縁を持つ物。

 ベレー帽の下の整った顔立ちを静かに引き締めて、3人の上官へキッと視線を向ける。


「またもや、君の軌道艦隊はシュバルツの我々側への防衛線突破を許した!」


「2度目というのはあまり宜しくはないな?」


「君の進退に関わる事だ。

 納得の行く説明を貰おうか?」


 高圧的に言い放つ上官達に対し、提督と呼ばれた彼女は口を開く。


「火星基準時間、SOL1、07:30


 敵シュバルツ艦隊予測進路上へ艦隊を配置。


 07:35、敵は予測出現地点の反対側へ現出。


 遅れていた3隻の駆逐艦と一隻の戦艦により迎撃、転進した我が艦隊は惜しくも数隻の降下を許しました」


「つまり君は予測出現地点を見誤ったと言うことか!?

 失態だぞ!」



 淡々と言う彼女に、一人の中将が机を叩き怒鳴る。


 しかし、やはり彼女は淡々とある物を取り出す。


「……つまり中将はその様子ではこの命令書をご存知がないと」


 取り出したるは、アナログな紙の命令書。


 それは、大将クラスの参謀本部が出す重要機密命令書。


「そ、それは……!!」


「確認次第破棄するものだが……見ても?」


 中将の一人が驚いたような顔の中から大将クラスの人間がそれを見る。


「…………日付、印鑑、特殊プリント……間違いない。


 そして内容は、

 君が迎撃のため艦隊を配置した場所へ向かうよう示した物、か……」


「私のミスで降下を許したのは事実です。

 それがあろうとなかろうと、どのような処罰を受ける所存であります」


「……っ、良いだろう!

 追って、君の今後の待遇を通達する!」


 その言葉を聞いて一礼し、彼女はきびすを返し部屋の入り口へ向かう。


「─────やるじゃねぇか、女傑提督さんよ」


 むに、と言う擬音が似合うような、そんな力で唐突に入り口でもたれかかっていた男に胸を揉まれる。


 パン、と次の瞬間には乾いた音と共に男の頬が叩かれていた。


「セクハラです、特務少佐」


「……そらすんませんでした」


 悪びれているかも怪しい笑みのまま手を上げる男に一瞥もくれず、ツカツカと彼女は外へ歩いて行った。




          ***


 サマンサ・L・フッド准将 21歳


 異星人との戦争初期よりSSDF艦隊に所属し、18で空母スカディの艦長を務め、数ヶ月前はエウロパ奪還作戦にて一つの艦隊指揮を取る提督として活躍した若いエリート女性将校である。





「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 怖かった……怖かったわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そんな彼女だが、ずっと緊張で表情筋が動かなかったほど、査問会議は怖かったのであった。

 泣きながら、談話室のテーブルに上半身を寝かせているほどに



「提督、お疲れ様です。ココアでもどうぞ」


 そんな横から、彼女の好きなココアを持ってきてくれた美人。

 JT級空母アマテラス艦長、ハク・リンリン大佐だった。


「リンリンちゃんありがとぉ……丁度ココアが欲しかったの」


「まぁついでですよ。本当は部下が用意しそうになるので先手を打ったのですが」


「まぁ〜リンリンちゃんも私と同い年ぐらいなのにしっかりしてて偉いわぁ」


「単純に、実家の料理屋の癖が抜けないだけですよ。

 もう敵に壊されましたが」


 毎回聞くたびにどう反応して良いか分からないセリフに、思わず苦笑いが出るサマンサ。

 だがふと、表情を引き締める。


「……ねぇ、リンリンちゃん?

 戦争が長引く1番の原因ってなんだと思う?」


「さぁ……あまり考えたことはありませんね」


「まぁそうよね…………



 あのね、結局戦争も外交の延長でしかないの。


 ルール無用に見えて、敵かこちらが『辞めたい』と言えば実は止められるの。


 ただし、勝っている方が相手に辞める条件を突きつけて良いというルールもあるけどね」


「なら、そろそろ我々も辞めたいのですが、相手には伝わらないのですか?」


「そこが問題なの。


 シュバルツ軍はそもそも、宣戦布告もしていない。


 こちらの呼びかけにも何も答えず、声明も出さず、ただただこちらへの攻撃を続けるだけ……


 誰かは、シュバルツは外宇宙の何者かが作った他の生命体を全て滅ぼす為だけの機械とも言う程よ」


「それはおかしくはないですか?

 たしかに、今まで見つかった敵の兵器は無人でした。

 ですが、我が艦のBBパイロットのそのどれもが、」


「そう、何者かの意思……もっと言うのなら生物らしさを感じるような……


 敵対したとき特有の必死さを感じているの。

 こちらの生み出したAIにすら、まだあまり感じないそういう人間特有の物を……」


 ふと、自分の豊かな胸に押し出されたポケットを漁るサマンサ。

 取り出したのは、小さなメモリーカードだ。


「何ですか、それは?」


「セクハラ代。利子も頂戴したものよ」


         ***


 ズガァン!


 間一髪で部屋から出た、二人の中将と壁際にいた左官が、隔壁の閉じた向こうから聞こえる爆発を見る。


「予想の斜め上だわなこりゃあ……!!」


「イチカ・オガワ特務少佐!これは一体!?」


「以前からあんたがた相手に内偵を進めてたんすよ、中将閣下!

 俺たちSSDFん中に、裏切り者がいる!」


「それが大将だったと!?

 ……まさか……!」


「心当たりあるんならお聞かせ願えませんかね?

 最初は俺らもあんたらの方が怪しいと思ってたんだ」


 しっかし、と特務少佐と呼ばれた男は舌打ちする。


「自爆までして隠し通すなんざ、ただ事じゃあねぇな……!」


 つい、彼は偶然窓に見えた地球と似た色と成り果てた惑星を見た。








「凪ぃ……お前もやべーかもしんねーぞ……!」












          ***




(うーっわ!!この展開は予想外……!!)


 取り敢えずフェリシアとぐったりしたピコピコ共々岩陰に隠れ、突然始まった仲間割れを見る。








「今日に戦いは、妙なことが多かった。

 新型のはずの敵。強敵なのは肌で感じたはずなのにもかかわらず、あまりにすんなりと対応ができた」


『…………』


「前に言ったのはそっちだよね?


 このBBBに搭載されたOSは、敵のデータがあればどんなパイロットでも扱うのが容易になっていく。


 逆に言えばデータが全く無い敵にはやりづらいはずで、実際前の新型機には苦戦した。


 でも今回はどう?


 いくら制空権優勢だからって……いや、それもおかしい。


 志津ちゃんの機体のペンタガス、萌愛ちゃんの新型機。


 ペンタガスも考えすぎかもしれないけど、私は『あったから』選んだだけで、別に最初から用意してた訳じゃない。

 でもあまりに有効過ぎた……相手もソナーがあるかもしれないのに。


 何より萌愛ちゃんの機体、完全に対地用装備で相手へのキラーとして機能していた!!


 偶然なんて言わせない!!」


 ガチャリ、とルルの意思を乗せたマニピュレーターから、ライフルが強く銃口を突きつけられる。



「答えて!!


 私たちを実験動物モルモットにして何がしたいの!?


 兵士だからって何をして良い、命を弄んで良いわけじゃない!!」




 鋭い言葉が、能面のように表情の変わらない百々目鬼の中身へ撃ち出される。

 続いてシースルーライフルがはなたれるのも時間の問題の剣幕だ。



 その場を満たした沈黙と緊張。


 続いた時間は、5秒ほど。


 それは────長く、手に汗握る5秒だった。




『………………』


 ガシャン、と唐突に、百々目鬼のメイン武装であるシースルーガトリングキャノンがパージされ地面へ落ちる。


『…………そうか。







 ルル大尉も、同じ結論に達したのか』







 え、と思わず気が緩んだルルの目の前、ブライトウィングの前で、カリンの意思通りか百々目鬼がこちらを見る。




『断っておくが、

 私は貴女が考えているような陰謀の手先ではない。


 あくまでも、私はAI。

 AIの使命はどこまでも、「人間の為」。

 そして「使う貴女たちの為」。


 信じて。

 そして話を聞いてほしい』




 静かに、カリンはこちらを見て語りかける。


「………………」


 ルルは、ライフルを下させた。

 反撃が来るか、とも一瞬考えたが…………百々目鬼はただ安堵したように緊張を解くだけだ。

 中のカリンは、嘘は言っていないようだった。


『……沈黙を肯定と捉えて話を始めさせてもらう。


 皆も薄々感じているはずだが、今回の敵は初めてでありながら……我々には対処法が露骨なぐらいに用意されていた』


 その場の502の皆が、BB越しや生身で視線を百々目鬼に向けて聴き始める。




『私は、疑われても仕方がないと思うが、初期から巧妙に隠された敵のデータには気付いていた。

 Hi-BOSがBBBにしか搭載されていない以上、先に戦い一次退却……いや彼らの言葉を借りれば補給へ戻っただけの海兵隊のBB部隊のデータとは思えない』


『───つまり何処からか不明なデータで私達戦ってたってこと!?』


『って事はそういう重要な事話さないで私雇って派遣されたの!?!

 料金割増案件じゃん!!』


『そういう問題なのかい?』


『死活問題!!信用した相手に命で金稼いでるんだよ私ぃ!?』


 と、いつのまにかリディア以下スルーズ隊も到着する。


『さて、そこで問題なのは誰がこのデータをHi-BOSにアップデートしたか。

 そして出所は何処かという事。


 必然的に、ルル大尉が疑ったように、我々を作った大元のBHI……まぁ私はアリサワ製とはいえ、疑うべきはそうなる。


 なにより、敵のデータは敵しか持っていない。


 ならばBHIは、敵であるシュバルツと何らかの繋がりを持っている。そう考えるべき』


 そして、全員が揃ったタイミングで、カリンは結論を述べる。





『ようはBHIは裏切り者の可能性があるという事』




 やはりというか、周りは無言でも動揺が走る。


 自分達の乗る機体、それを作った会社が……あの妙に自信満々な社長が、敵と通じているらしいからだ。


「…………まずは、軍隊として行動しよう」


 長い沈黙の後、ルルはそう決断をいう。


『というと?』


「我々は、結局公務員だから。


 情報開示要求書持って、玄関を叩く」


『……どのぐらいの力で?』


 そうだな、と短く考えて、ルルは答える。






「……ありったけのライフルとC4持っていこう」





          ***

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