第3章:新型!BBBパッケージ!!

SOL.1:おいでませ、第18基地

 火星SSDF第18基地


 3月9日の朝。



「んむぅ…………」


 基地の個室の中、何やらうごめくもふもふした物体。


 むくりと起き上がったそれは、私物の「ふわふわフィーくん夏用着ぐるみパジャマ」に身を包んだルルだった。


 レースカーテンから差し込む日の光は割と鋭く、熱めな空気でもまだ起ききれないまどろんだ目で起き上がる。


 フィー君着ぐるみパジャマを脱ぎ、本人は好きではないが極めてメリハリのついた下着姿を晒し、ウォークインクローゼットから、軍支給の半袖ジャージへ着替える。


「ふぁ……〜〜……!!」


 SSDFのマークのついたつば付き帽子を被り、タオルを首に巻いて朝のランニングにとドアを開ける。


「ピコッ!?」


「……?」


 と、開けた通路には…………まぁどこの基地にもよくいる、逃げ出したシュバルツの謎の機械……鳴き声から『ピコピコ』などと呼ばれる、自動掃除機に足がついたような平べったく丸い姿があった。


「……なんだピコちゃんか……危ないから来ちゃダメだよ?」


「ピコ……ピコ……??」


 まれに、電気系統を壊すが、ちゃんと指定の充電ステーションを作ればそんな事は滅多にしないのでそのままヨシヨシと撫でてからルルは部屋を出て行った。


          ***


 火星は寒いと思われがちである。


 地球よりも太陽のエネルギーが少ない故のこと──なのは、数百年前作られた特殊環境用の温室効果ガスのお陰か、大分解決している。


 今は3月。

 1年が668日、1月が27日か28日で24ヶ月の火星で言うと真冬か真夏かのどっちか……だが、


 ここら辺は赤道に近い地域なので、正直言ってかなり暑い。


「はぁっ、はぁっ……!」


 基地の滑走路を走って周回するのも、慣れているとはいえすごくキツい。

 周りちらほらいる先客の兵も、挨拶するたびに汗がほとばしっている。


 ふと、前方から聞こえてくる何かのリズム。


 観ると、イヤホンをはめて音楽と共に走る見慣れた姿が。


「リディア中尉!」


 もっとも、声をかけても音楽を聴いていて聞こえていないようだった。

 仕方なく、走る速度を上げて振り向いて手を振って気づかせる。


「あら、大尉。おはよう」


「おはよ。音楽聴きながらだと呼ばれても気づかないよ?」


「逆にこんな作業に作業用BGMも無しに走れるわけ?」


「人にもよるけどさ……何聴いてるの?」


「『放射能』って曲」


「嘘でしょ?」


「ほかにも『電卓』『ロボット』『ツール・ド・フランス』『ヨーロッパ急行』とか」


「いったいいつの時代の曲?」


「一番新しいから、西暦2000年代ね」


「私、今の音楽も詳しくないけど……それってクラシックとそう変わらないんじゃない?」


「つまりクラシックを聴いている人間と同じ気持ちなのよ。走って聞くには良い曲よ?」


 ルルは、たまにこのリディアという彼女の趣味がわからなくなる。


 そういえば、凪と共になぜかあのガラティーンの部屋に備えられていたゲイポルノも貰っていた。


「そんなことよりあんた何周目?」


「3周」


「私も。

 暑いし今日はこの辺にしましょ?」


「それは同感だ、中尉?」


「大尉殿の理解に感謝します」


 ……お互い階級呼びだが、わざと堅苦しく言ってみれば妙な気分になり笑ってしまう。

 お互いそういうキャラじゃないのは、数週間前の戦い以来よく分かる。


「あ!」


 気がつけば基地BB格納庫近くの水場まで来る。


 と、なんだか見慣れた身長の高いボブカットの後ろ姿と、小さな身体を頭まで厚手のパーカーで覆う後ろ姿が。


「萌愛ちゃーん!志津ちゃーん!」


「「大尉!」」


「私もいるけど?」


 と、二人と合流すると、やっぱり萌愛と志津だった。


「志津ちゃん……暑くないの?」


ですよ〜?

 ただ……一昨日までの1Gでの感じでだいぶなまってるなって思って、入隊前みたいな鍛え方しなきゃって」


 よくみれば、背中に何か重い物を入れたバックまで入っている。

 火星の0.4Gでも重いはずだ……


「へー…………やるねぇ」


「はい!!もう二度と年下の子たちに抱えられて部屋までいきません!!」


「ボクもまぁ志津ちゃんほどじゃないですが……もう4周目です」


「辞めときなさい。無理しすぎて午後の訓練で寝られても困るわ。

 ここで終了!はい、朝飯行くわよ!」


 と、隣に来たリディアが、自分より高い位置にある萌愛の顔に指をさしてそう言い放つ。


「……中尉、」


「何?」


「やっぱり優しいんですね」


「………………いや別にそんなんじゃ……ないし……?」


 ぷい、とそっぽを向くリディアに、3人は反射的に「かわいい……」と心を合わせて思ってしまった。


 と、ふと全員の耳に、







「───海兵隊はァー!!


 精鋭!!精強!!最強!!最高!!


 どんな戦地も最前線!!」






 と、やたら大きな軍ではおなじみの適当な歌が聞こえてくる。


 まぁこんな時間に走っている人間は多いのだが……


 と思って振り向けば、思わず歩を緩めるほどの光景があった。


「精鋭!!精強!!最強!!最高!!」


 叫ぶように歌っているのは、そこまで年の違わない……恐らくは志津ぐらいの低身長なボブカットのオレンジ髪の少女だ。


 まぁ走りながら揺れ動く丸い二つのごく一部は志津と大違いだが。




 問題は……その背後。


 太いロープで胴体に結ばれて、BB運搬用トレーラーの明らかに彼女の身長より大きく、明らかに彼女の質量を大幅に超えたタイヤを引きづって走っている事だった。




 一同唖然である。

 だが次の瞬間、見ていた彼女がこちらに気づき、信じられない言葉を吐いた。


「どうしたんだ!元気がないよぉ!?

 火星の訓練はハードなくらいがちょうどいいんじゃないか!!

 さぁ声を出して後、5!!」


「「「「「狂ってやがる!?」」」」」


「これがデフォルト!!海兵隊第18基地へようこそ!!


 ハリーハリーほらほらぁ!!


 ついでに歌おう!!


 うーたんとみーたん喧嘩したー♪はい!」


『うーたんとみーたん喧嘩したー♪』


 歌まで加わり、さらに5周。


 この無限の体力の少女に本当に走らされたのであった……







「ぜー!はー……!!」


「無理……死ぬ……」


 もはや、誰もが疲れて地面にへばっている。


「ふぃー……いい汗かいたな!」


「ふぅ……でも流石にハード過ぎますよー」


(((なんで無事なんだ志津ちゃんや)))


 志津の背中の重しがわりの、飲みやすい温度のスポーツドリンク(2L)を取り出してゴッキュゴッキュ飲む本人含めた二人を見て素直に思った。


「あ、みなさんもどうぞ〜」


「「「助かる」」」


 受け取った飲み物を3人は一気にあおる。

 染み渡るうまさだ……


「……で、」


「ん?」


「ん、じゃなくって貴官の名は?」


 おっと、とようやくそっちの小さい子が敬礼をする。


「失礼!ボクはテリア・ヨークシャー!」


「ヨークシャーテリア!?」


「犬じゃ無いよぉ!!!立派な海兵隊マリーンだよ!!」


「少尉なんだ。


 失礼、私は穂乃村ルル


「んでぇ?私がリディ・モンヴォワザン♪」


 ん、と気づいた海兵隊の彼女───テリアに近づく二人の所属違いの『上官』


「え、あの……!?」





          ***





「うぅ…………ボクの食券が…………」


「やったわね!苦労した甲斐があって朝ご飯は豪勢よ!コイツの奢りで!!」


「今日の定食はなんだろう。奢りだし、多少は自重したほうがいいかな?」


 カツアゲであった。

 相手も悪いが、それはカツアゲであった。


 テリアの顔は、辛さのあまりまるで大昔から有名な電気ネズミのキャラクターのごとく、クシャクシャになっていた。


 萌愛と志津もこれには苦笑い。

 軍隊の恐ろしさを身をもって理解した。





 ……ぇーい……!



 ふと、基地格納庫近くに近づく5人の耳に聞こえる声。


「ん?」





 キェーイ……!!ェエェェェイ……!

 カツーン!カツーン!!




 妙な叫び声、そして何か硬いものを打ち付ける音。

 何かな、と皆が見に行くとそこには…………







「キェェェェェェェェェイッッ!!!」


 凄まじい形相で剣を振るう筋骨隆々な老人と、





「チェエェェェェェェェェェェェイッッ!!!」


 負けじと凄まじい形相で地面に垂直に立てられた丸太を剣で叩くジャネットの姿があった。




「キェェェェェェェェェイ!!!!」


「チェァァァァァァァァァァッッ!!!」



「なにこれ……?」


 思わず、ひたすら立てられた丸太を叩く二人に、そのただただ凄まじい光景に唖然とする一同。


「む?」


「ん?」


 と、ようやくこちらに気づいた二人と視線が合う。


「おはようございます、ジャネット中尉、


 そして、柴田


「む?」


 と、ジャネット共に呼ばれた老人が、その巨躯に似合うヒゲを蓄えた荘厳な顔を向ける。


「おぉ!穂乃村大尉以下、502の面々だな!

 いやはや、こんな場所を見られるとは……」


「二人でなにを?」


「まぁ……デートみたいなものだ」


「かっかっかっかっ!!

 このような美人に言われると冗談でも照れるわい!」


 ジャネットの冗談にそう笑う柴田中将。


「で、実際は?」


「いやなに、

 ワシは名前こそ柴田で、下の名もまさるではあるが、このジャネット中尉と同じく『示現流じげんりゅう』を嗜んでおってのぉ。


 まさかワシ以外にまだ使える人間がおるとは思わず、つい朝の鍛錬に熱がこもったのよ」


「いや、流石年季が違います中将。

 雲耀うんようの音が、淀みのなさが違う」


「何を言うか!性別を忘れる腕、こちらこそ感服した!

 その年でそれほどの太刀筋、堂々たる猿叫えんきょうと、相当な鍛錬を積んだと見える!

 SPACE SEALs所属は伊達と言えぬわ!」


「あの、盛り上がっているところ悪いのですけどぉ?

 さっぱりついていけないのですが」


 と、盛り上がる柴田とジャネットの二人に対し、ちんぷんかんぷんな顔の代表としてリディアが言う。


「おぉ、こりゃあすまん!」


「すまないな、つい」


「……じげんりゅうって、何ですか?剣道?」


 と、瞬間目を輝かせた二人が不用意な発言をしたルルへ近づく。


「いや違う。現代競技である剣道ではない」


「その通り……示現流とは、古くは戦国の時代により存在するれっきとした古流剣術。

 薩摩の地に開祖東郷重位とうごうちゅういが編み出したものだ」


 やはりと言うか、二人揃っての解説が始まった。


 聴くしかない。





「元は天真正自顕流から別れた流派であったが、今では本来のこちらよりは広く伝わっている。

 仮想敵としてかの有名なタイ捨流を想定している事でも有名じゃ。なにせ重位も元はタイ捨流を学んでおったしの」


「中将、まず我々はたいしゃりゅうというのを知りません」


「え?最近は有名だぞ、タイ捨流の奴ら。

 なんせあいつら、総合格闘技と言う面も持っているからな……」


「あらゆる『タイ』にまつわる雑念を捨て、一つ一つの言葉にとらわれぬ自在なる剣法、それが我らの仮想敵であるタイ捨流。これもまたいい剣技だ……」


「なんか、ブルース・リーの精神論見たい……」


「ブルース・リーの精神は割とどこの拳法や剣技にも通じるものがあるからな」


「じゃあ示現流はどう言うのなのでしょうか?」


「……示現流は、まぁ細かい話もある。無論のこと古流剣術らしき精神論もある。


 だが……」


 ふと、柴田中将の目配せを見てジャネットが持っていたただの手頃でまっすぐな木の棒を右半身に水平に、切っ先を天高く向けて構える。


『おぉ……?』


「示現流の基礎の構え、『蜻蛉とんぼ』だ。

 この構えから繰り出す一撃に求めるものは、この心のみ……


 エェェェェェェェェェイッッッ!!!!」




 一歩、

 などと言うには恐ろしい距離を一歩ほどの感覚で詰めて、ジャネットの手で5人の目の前で振り下ろされる一撃。


 パン、と音速が超えたかのような音と共に、木の棒の切っ先が向けられていた。




「一の太刀を疑わず、二の太刀要らず。

 髪の毛一本でも速く、雲の間耀かがやく雷鳴のごとき一撃を叩き込め」


「それ即ち、雲耀うんよう

 示現流の真髄とは、この一撃にある」


「無論、外された場合の対処もあるし、この初太刀からの派生もある。


 だが、基本はここ考えだ」


 おぉ、と思わず皆拍手をする。


「考え方が大昔のジェット戦闘機のそれね……」


「だろう?つまりは、その当時の最新技術が我々と同じ考えだったと言うことだ」


 ははは、と笑うジャネットと、同じくがははと笑う柴田中将。


 がしり、と5人を挟むように迫る。


「そんなすごい剣技を体験したくなっただろう?

 さぁさぁ、始業まで時間はあるんだ……」


「え?」「ちょ……」「待っ……!」


「なぁに、常在戦場、道着などいらん!

 スーツだろうと普段着だろうと、まずは剣を振るえばそれでよし!!」


「そんなつもりは……!?」「離して……」


「「さぁ!まずは100本撃ち込んでみるか!!」」


「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」」」」」


「良い猿叫だな!!才能があるぞ♪」




 その日の朝は、疑問か、嘆きか、はたまた歓喜か?

 ずっと第18基地に、「えぇぇい!!」という声が響いていた。



 ようこそ、第18基地へ



          ***

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