第十一話 ラスタと生徒たち、異世界に行って挨拶まわりをする


「ふむ、やはり……この世界のマナとは質の違うマナが流れ込んできている……では……」


 奥多摩某所に発生した「ダンジョン」。

 ボスを瞬殺したラスタは、広間の奥、最深部をなにやら調べまわっていた。

 一見するとなんの変哲もない洞窟内の小空間だが、ラスタには違うものが見えているらしい。


 ふらふらと歩いたりしゃがんだり、動きまわってあちこちを探るラスタ。

 その後ろを、メイド服の小さな女の子がうろちょろしていた。


 ラスタの召喚獣の一体、家妖精ブラウニーである。


 火竜はすぐに送還したのに、家妖精ブラウニーは出しっ放しになっていた。

 見た目が可愛いので。違う。ダンジョンボスがいた広間を「家」として、監視していた自衛隊員が入ってこられないように。


「ラスタ先生、どうなんでしょうかっ! 私も異世界に行けるんでしょうか! そして魔法を、むふっ」


 ラスタの後ろをついてまわる家妖精ブラウニーの後ろをついてまわるのは田中ちゃん先生だ。

 二人揃ってニマニマしている。

 一体はひさしぶりにラスタと会えたのが嬉しくて、一人は異世界に行けるのが嬉しくて。似た者同士か。


「まずあちら側からマナの繋がりを切断。その後、この地のマナを消去する、という流れになります。ええ、行けますよ美咲先生」


 ラスタの言葉に、田中ちゃん先生のみならず生徒たちも、姫様や侍女やエルフといった異世界組も湧き立つ。

 もはや諦めて開き直った伊賀も笑顔を見せる。


「ではさっそく向かいましょう。ラファエラ、しばらくの間、留守をお願いします」


「はーいっ! まかせてラスタくん、お家には誰も入れないんだから!」


 二人とも「家」の認識が軽い。

 あるいは貧民だったラスタだからこそ、どこでも「家」と思えて家妖精ブラウニーに託せるのかもしれない。


 すぐに、ラスタの足元から魔法陣が広がった。


「え? おっさん、教室にはわざわざ描いてたような」

「待って待って! 心の準備が!」

「ほら、ハーピーは俺の背中に乗って。転移でバラバラの場所に行ったら大変だから」

「ヒ、ヒカル、手を繋いでもいいかしら?」

「もちろんです姫様。ほらニーナも」

「失礼いたします」

「よーし、向こうに行ったら遊び尽くそうっと!」

「まだ見ぬ異世界の強者との戦いか。そうだ、武器も忘れず入手してこなくては」

「テンション上がりすぎだろ脳筋たち。あと持ち帰ったら銃刀法に引っかかるぞ」

「……少々研究させてもらえれば、あとは、こちらが指定した場所の中であれば」

「おおおおおお! 国家公務員から許可でたーーー!!!」

「それではワタクシはポーションやエリクサーを当たりましょう。こちらには存在しない薬もありますからね、ええ、ケガや病気の治療と研究のために、はい」

「どう考えても下ネタなお薬探すつもりだろ〈変態紳士〉。だれかついてけよ」


 生徒も異世界組も伊賀も、口々に騒ぎ出す。


「この場所のマナを利用すればこれぐらいなんということはない。では飛ぶぞ」


「いってらっしゃい、ラスタくん」


 笑顔の家妖精ブラウニーがいっぱいに手を振る。


 騒がしい一行を無視して、ラスタが〈転移〉の魔法を発動した。


 光が収まった時、そこにいるのは家妖精ブラウニーだけだった。


 あと、彼らにとってはいきなり現れたメイド服の小さな女の子に警戒する自衛隊員。不憫か。ちなみに、見えるようになったのに広間の中には入れない。

 家を守る家妖精ブラウニーの魔法である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「やはりこちらもダンジョンだったか。〈探知サーチ〉。むっ、この場所は」


「ラスタ先生、魔法を使うまでもなかったんじゃない? ほら」


 転移を終えて、ラスタは奥多摩某所の森でゴブリンを探すために使った魔法を発動した。

 が、愛川がさっと指を振って光を放つと、四人は驚きの表情を浮かべた。

 ラスタと愛川と姫様と侍女以外の生徒と異世界組と田中ちゃん先生と伊賀は置いてきぼりである。


 光源に照らされた空間は、学校の体育館ほどの広さはあるだろう。

 バスケコート二面とちょっと分の暗い空間。

 出入り口と思しき扉がゆっくりと開いた。


「この気配は、ご主人様ですか?」


 姿を現したのは、立派な金属鎧と剣と盾を持ったモンスター。

 ゴブリンで〈天騎士アークナイト〉でラスタの召喚獣の、ゴブリエルである。


「あちらの世界と繋がるとしたらこの場所ではないかと思っていたが、そうか。ゴブリエル、研究所に異常はないか?」


「何度か研究所内でモンスターを発見、討伐しています。侵入経路はわからず……申し訳ありません、ご主人様」


「気に病むなゴブリエル。なにしろ侵入されたのではない。この場所がダンジョン化したのだ」


「……なるほど」


「ルシフェルを喚ぶ。ゴブリエル、協力して研究所——ダンジョン内の敵を排除せよ」


「はい、ご主人様」


「えっと、ラスタ先生、大丈夫なんですか?」


「心配いりませんよ、美咲先生。では外に出ましょうか。みなも」


 言いながら、ラスタはスカルウィザードを召喚した。

 一言二言指示すると、二体の召喚獣を残して歩いていく。

 なぜかスカルウィザード——ルシフェル——を見たゴブリン——ゴブリエル——はいぶかしげだった。

 が、ラスタはそんな二体を気にせず一行を先導する。


 かつてラスタが宮廷魔術師を務め、元国王の命令で男子校生ひとクラス分を召喚したアーハイム王国、王都の北西、〈火竜山〉地下の研究所を。

 何体かスライムとダンジョンラットに遭遇したが、あっさりと蹂躙して。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 地下研究所を出ると、そこは〈火竜山〉のふもと近くの岩場だった。

 伊賀と田中ちゃん先生がキョロキョロする。

 日本ではそうそう見かけない景色だが、ここが異世界だと明らかに示すものはない。


「さて。では、美咲先生は私が案内しましょう。君たちは——」


「俺は姫様とニーナちゃんの実家に挨拶行くよ。お土産も持ってきたし」

「あっ! ヒカル、それは!」

「ま、まさかそれをお父様に……」


 問いかけたラスタに、〈勇者〉愛川が自慢げに本を見せる。

 アイドル活動が好調な、姫様と侍女の写真集だ。

 「異世界から来たお姫様とお付きの侍女」という設定は、日本では受け入れられたらしい。懐が深い。設定というか真実なのだが。


 それにしても「二人と結婚する」とそれぞれの親に挨拶したうえに、娘の水着写真集をお土産に持っていくとは正気か。さすが勇者。

 きっと「娘さんは向こうで自由に楽しくやっているから安心してほしい」とでも言いたいのだろう。


「俺たちは俺たちで好きに行動させてもらうよ!」

「そうそう、おっさんのデートは邪魔しねえから!」

「俺は族長に挨拶しないとなー」

「王都にいるんだっけ? こっちは三人の故郷をまわるつもり」

「ワタクシは薬屋か薬師を探さなくては。旧皇国を巡った方がいいかもしれませんねえ」

「おい洗脳薬を探そうとするな〈変態紳士〉」

「俺たちは共和国で闘技場に挑戦してくるわ! はー、楽しみ!」

「……難関ダンジョンへ」

「待って冒険者がバタバタ死んでる難関ダンジョンへ何しに行くの〈ネクロマンサー〉。くそ〈祓魔師〉なんで来なかった!」


「えへ、えへへへ……よろしくお願いします、ラスタ先生!」


「はい。伊賀さんもよろしくお願いします」


「えっ?」


「えっえっ? 伊賀さん?」


「あの、ラスタさん、私は別行動でかまいませ」


 伊賀が2-Aの有志に目を向ける。

 全員、ふいっと視線をそらした。

 俺たちの楽しみを邪魔されたくない、とばかりに。


「まずは王都に向かいましょうか。拠点に転移して変装すれば問題ないでしょう」


「あっはい」


「はあ。すみません美咲さん。同行させていただきます。ラスタさん、夜にでもゆっくりオハナシしましょう」


「? わかりました。ではみな、本日はここで解散とする。シルバーウィーク最終日は三日後だが、余裕を持って明後日の昼にはここに集合するように」


 担任、引率は諦めるらしい。

 自由すぎる男子校生たちの手綱を握るのは不可能だと、最初の〈異世界召喚〉で知ったために。

 ぶん投げ、あるいは逃避である。

 この旅を最後にこの世界に戻れなくなるから、あとは野となれ山となれ、と思ったわけではあるまい。たぶん。自由に責任はつきものだと知っている生徒たちを信用してのことだ。きっと。



 シルバーウィーク後半の初日。


 自由な男子校生たちが、ふたたび異世界に解き放たれた。



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