第九話 ラスタ、教室に集まった生徒と異世界組と田中ちゃん先生と伊賀とともにダンジョン最深部に飛ぶ


 世間には中日なかびの平日も休んで超大型連休にした人もいるという、シルバーウィーク後半。

 休日にもかかわらず、都内の男子校の教室にはクラス全員が集まっていた。


「では、行かない者は魔法陣の外に出るように」


 集まっていたのは生徒たちだけではない。

 異世界からこの世界にやってきた姫様、侍女、エルフに獣人の娘、魔物っ娘三人も神妙な顔で魔法陣の上に立つ。


「むふ、むふふ。ついに私も、うふふ」


「ラスタさん……? これは?」


 やる気満々でリュックを背負ってニマニマしている田中ちゃん先生もいる。

 なんとしてでも来てほしいと、激務の中を呼び出された伊賀もいる。

 伊賀、呼び出されたもののこれから行われることは説明されてないらしい。不憫か。


「案外、向こうに移住するヤツはいないんだなー」

「え? お前も行くの〈ネクロマンサー〉?」

「……この世界では配下を集めづらい」

「動機が不謹慎! 還ってきたら確認頼むな、〈祓魔師〉」

「ヒカルはどうするの? 姫様とニーナちゃんと一緒にあっちで暮らすとか」

「いや、俺たちは挨拶だけでこっちで生活するよ。向こうじゃ自由がないからさ」

「あの……犬飼は向こうに移住した方が……」

「なんとかなるって! 自衛隊のみなさんも協力してくれてるからね!」


 何人かの生徒たちが魔法陣から離れていく。

 教室の床いっぱいに描かれた魔法陣だが、四隅にはわずかにスペースがある。

 待機組が移動すると、ラスタが魔法陣の中心に移動した。


「あの、ラスタさん? 転移? されるのでしょうか? どちらへ?」


 戸惑う伊賀は「いいからいいから」と生徒たちに腕を掴まれて魔法陣の中に引きずり込まれる。

 格闘術を身につけていても、異世界帰りの勇者たちに対抗できるものではないらしい。

 まあ、本気で抵抗する気がないのだろうが。


「ラスタ先生! このあとどうするんですかっ? こっそり移動するんですよね?」


「まず〈隠形〉のための手を打ちます」


 床に描かれた魔法陣とは別に、ラスタの胸元に小さな魔法陣が輝く。

 それを見た田中ちゃん先生と生徒たちの目も輝く。

 異世界組を別にすれば、ラスタが召喚魔法を使っているのを見たことがあるのは〈勇者〉愛川だけだ。


「〈我がマナを捧げて彼の地より此の地へ。契約に応え命を聞け。出でよ、ルシフェル〉」


 暗褐色に光る魔法陣から、ぬるりと姿を現す存在があった。

 〈大召喚士アークサモナー〉ラスタの召喚獣、ゴブリンで職業クラス天騎士アークナイト〉のゴブリエル、ではない。


 ボロボロの黒いローブが宙に浮き、ねじくれた杖を持つ手に肉はない。

 黒いモヤとローブをまとった古き骸の魔法使い。

 ラスタの召喚獣の一体、スカルウィザードである。

 深くかぶったフードの奥の目が赤く光る。


「名前名前ェ! おっさん異世界人だろどうなってんの!」


 余裕で突っ込めたのは〈勇者〉愛川だけだ。

 ほかの生徒たちは距離をとって構え、異世界組はガタガタ震えている。

 伊賀はスーツの懐から取り出した拳銃を向ける。


「怯えなくていい。召喚獣は召喚者の命令を聞くものだと教えただろう?」


「それはそうだけどこれはちょっと無理でしょ。だいたいラスタ先生、こっちでも呼べたのかよ! いままで一回も」


「『魔術師たるもの、自ら手の内を明かすなど愚の骨頂』。師匠から身に刻み込まれたゆえな」


 ラスタの言葉にスカルウィザードがぴくりと反応する。

 命令だとでも思ったのか。


「さて、ルシフェルよ。魔法陣の上に立つ者たちに〈隠形〉を頼む」


 はっきりとした命令を受けて、スカルウィザードはこくりと頷いた。

 高速再生をかけたような聞き取れない音で詠唱し、杖をかざす。

 ラスタも田中ちゃん先生も生徒たちも異世界組も、特に変化はない。

 ただ。


「すっげえ! なんだこれ! なんだこれ!」

「この魔法を覚えればいろいろと……一生師事しますぞラスタ先生!」

「やめろ〈変態紳士〉。紳士どこいった」

「見えない、だが気配は感じる。くっ、気配まで消せれば俺の忍術が完璧になるのに」

「何を目指してるんだ〈ニンジャ〉。なあお前ら異世界行ってきた方がいいんじゃない? 〈性騎士〉を見習おう?」

「アイツは帰ってこない方がいい気がする。なんだよ触手出せるって」


 魔法陣から外れて教室の隅にいた生徒たちが騒いでいる。

 気配や魔力は感じるが、彼らから姿が見えなくなったらしい。

 そこにいるのに見えない。

 スマホのカメラにも映らない。魔法ヤバい。


「では行ってくる。遅くとも連休中には帰ってくるだろう。留守を頼んだ」


 最後に一言残して。


 ラスタとその他大勢の姿が、教室から消えた。

 いや姿は消えているので気配が消えた。

 あと魔法陣も消えた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ここは……? 奥多摩の仮称『ダンジョン』? なぜ隊員たちは反応しない?」


「先ほど〈隠形〉をかけました。伊賀さんの姿は知覚できません」


「そんな! おいみんな!」


「ムダです。声は別の魔法で届かないようにしています」


 悪役のセリフである。


 ラスタたちは、教室からダンジョン最深部の広間の手前に転移した。

 周辺には、監視のために自衛隊員が陣取っている。

 総勢25名が転移してきても気づいた様子はない。

 伊賀の呼びかけも届かない。


「ラスタさん! 何をするつもりですか!」


 それはもちろんナニをするつもり……ではない。


「ここにダンジョンが発生したのは私の責任。繋がりを断ち切ります。この世界に、危険を及ぼさないように」


 転移した場所を見て、伊賀はうすうす気づいていたのだろう。

 そもそも、ダンジョンとモンスターの発生したのはラスタのせいであることも。考えないはずがない。


「上層部の結論を待たず独断で行動して申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが……私の、全力をお見せしましょう」


「……え? これまで魔法はいろいろと」


「ははっ、私の職業クラスは〈大召喚士アークサモナー〉ですよ。専門は〈召喚〉です」


 言って、ラスタが笑う。

 あいかわらず表情は薄いものの、この場にいる田中ちゃん先生も伊賀も生徒たちも、それが「ラスタの笑顔」だということはもう理解している。


「それに……代わりと言ってはなんですが、伊賀さんも異世界にお連れしましょう。もちろん、この世界へお戻ししますよ」


 代わりと言っては難すぎる。


 ラスタの苦労性は、伊賀に引き継がれたのかもしれない。


 伊賀は顔を引きつらせて、田中ちゃん先生と生徒たちは初めて見る「ラスタの本気」にわくわくしている。あと姫様と侍女。

 エルフと獣人娘はちょっと怯え気味で、魔物っ娘三人はガタガタ震えている。


 奥多摩の某所に発生したダンジョンの最深部。


 ダンジョンボスがいる広間に向けて、ラスタが歩き出した。



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