第0-2章 エピローグ


「ラスタ先生は、もう一人じゃないですよ」


「ええ、そうですね、美咲先生」


 2-Aの教室。

 ラスタの長い昔話を聞いた美咲先生は、目に涙を浮かべてラスタを慰める。

 放課後にはじまったのに、いまではとっぷりと陽が暮れていた。


「ラスタさん、続きは次の機会にしませんか? そろそろ校門が閉まるはずです」


 ラスタと美咲先生、二人の世界に割って入ってきたのは、特務課の伊賀だ。

 録音機材の横で黙って話を聞いてきたものの、さすがに時間が気になったらしい。


「わかりました」


「ええー? いまからいいところじゃないですか! ラスタ先生の学校生活や、その後のお仕事、そうだ、宮廷魔術師だったんですよね! それにそれに、みんなが異世界に行った時のことだってまだ!」


 伊賀のかけたストップに、美咲先生はご不満らしい。

 あれも聞いてない、これも聞いてないなどと並べ立てる。

 どこか子供っぽい女教師の仕草に、ラスタも伊賀も苦笑いを浮かべた。


「田中さん、近いうちにまたラスタさんに時間を作ってもらいましょう」


「少なくとも、その後の学校生活は……特に語るようなことはありませんよ」


「えっ、ぜったいウソですラスタ先生! ここまでだって『たいした話じゃない』って言ってたじゃないですか! すっごくたいした話でしたよ!」


「そこは同意します。ラスタさん、我々にとっても興味深い話でした。あらためて時間を取りますので、ぜひ学校生活の続きから聞かせてください」


 ラスタの自己評価が低いのは昔かららしい。

 少なくとも伊賀にとっては、ラスタの子供時代・少年時代の話は貴重な情報だ。

 いまの日本において、異世界の文化や風習、生活を知るのはラスタだけなのだ。

 特務課の伊賀がどんなことでも詳しく聞きたいのは当然だろう。


「そうですか。と言ってもこの先は、王立高等学園での日々は授業と図書館ぐらいしか語ることがありません。いくつか師匠がらみで大変だったことはありますが」


「それ! 私が聞きたいのはそれですラスタ先生! どんなことがあったんですか?」


「ラスタさん、触りだけでもお願いします。私、いえ、我々も心構えができますから」


「まず、師匠のおかげで野外授業が大変なことになりました。異なる専攻が集まって班を作り、各班ごとにモンスターを倒しながら野営をして目的地を目指す、というものだったんですが……」


「わあ! 遠足や林間学校みたいですね! なんだか楽しそうです」


「モンスターを倒しながら、ですか。異世界の学生は過酷なのですね。実際に殺す分、自衛隊の訓練よりもキツそうだ」


「それで、ラスタ先生はどんな班だったんですか? 友達や女の子と一緒に?」


「いえ、一人でした」


「えっ?」


「ラスタさん、先ほど異なる専攻同士で班を作ると」


「ぼっちでした。正確には、私とゴブりんだけでした」


「ラスタ先生…………」


「しかも、師匠の誘導により、いるはずのない強力なモンスターに襲われました」


「ラスタさん……」


「あの時は死を覚悟しましたね。師匠が事前に出した課題をクリアすることで、なんとか命を繋いだものです」


 どこか遠い目をして、在りし日の思い出を語るラスタ。

 美咲先生が目に涙を浮かべているのは、ラスタが過ごした過酷な修業の日々のせいだ。決してぼっちを哀れんだわけではない。


「ああ、卒業試験も大変でしたね。師匠の課題と、私を妨害したい同級生や教師の思惑と、就職試験の課題が重なりまして」


「ラスタ先生、まさかそれもお一人で」


「さっきの野外授業より大変だったのですか?」


「一人で〈火竜山〉に行かされたものです。まあ例によってゴブりんが一緒でしたが」


「ラスタ先生…………」


「〈火竜山〉。不吉な固有名詞ですが、もしかして」


「火竜がドラゴンブレスを放ってきた時は、死を覚悟しましたね」


「もう! 『語るようなことはありません』じゃありませんよ! 二回も死を覚悟してるじゃないですか!」


「非常に気になる話です。ドラゴンブレス。威力はどれほどなのでしょうか。それによって火竜の脅威度も」


 淡々と語るラスタに、美咲先生がツッコミを入れる。

 普段は冷静な伊賀は興味津々だ。

 ラスタ、日常が過酷すぎて基準がおかしかったらしい。


「ああ、伊賀さん、火竜の心配はいりませんよ」


「どういうことでしょう? 『心配はいらない』つまり脅威は取り除かれた」


「ま、まさかラスタ先生、火竜を倒したんですか!?」


「いえ、倒したわけではないのですが……少なくとも〈火竜山〉の火竜が脅威になることはないでしょう」


「ラスタさんそこのところ詳しく」


「そうです私も聞きたいです!」


「おや、後日にするのでは?」


 身を乗り出してお話をせがむ美咲先生と伊賀を、ラスタはあっさり流す。クール気取りか。単に融通がきかないだけである。


「……可能な限り速やかに、可能な限りの時間を取っていただきましょう」


「私も賛成です伊賀さん! だってまだ、みんなが行った話も聞いてませんからね!」


「わかりました。その時はお話ししましょう」


 ラスタの了承を受けて安心したのか、伊賀が立ち上がる。

 続けて美咲先生も、ラスタ自身も。

 長く続いた昔話も、ひとまず終わりらしい。


「夜になってしまいましたね。では帰りましょうか」


 そう言い残したラスタを先頭に、三人は2-Aの教室をあとにする。

 長い長い過去話に、窓の外はすっかり暗くなっていた。

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