第六話 王都を目前にして、ラスタは魔物に襲われる


「あれは……」


 川から離れて、木々が立ち並ぶ林の中。

 僕とゴブりんは、木に上っていた。


「ゲギャ?」


 これまで川の向こう側は道で、こちら側は草原や森が広がっていた。

 でも、いまいる林を最後に、ついに未開の場所は途切れた。

 僕はまた大まわりするルートを探して、木に上ったんだ。


「着いたんだ……」


 見つかったのは迂回できるルートじゃない。


 木に上った僕の目に映るのは、石壁に囲まれた巨大な都市。

 奥にはうっすらと、いくつかの尖塔と城が見える。


 たぶんこれが、話に聞いた王都だ。


 国境近くの街を出て、もう十日は経っただろうか。

 三日で行き倒れて、ゴブりんに助けられて、一緒に旅をして。

 僕はどうやら、目的地にたどり着いたらしい。


「あれが、王都……」


「ゲギャ?」


 涙をこぼす僕に、ゴブりんが〈なに?〉と聞いてくる。

 目的地に着いたけど、旅はまだ終わりじゃない。

 一緒に旅をしてきたゴブりんをどうすればいいかわからないし、それに。


「お金がないから、普通には入れないんだよなあ」


 いまの僕に、街に入るのに必要なお金は払えない。

 無計画すぎる。

 でも食料も持たずにあの街を出て、本当に王都までたどり着くと誰が思うだろうか。


「ありがとう、ゴブりん」


「ゲギャ?」


「とりあえず下りようか」


「グギャッ!」


 木を下りはじめた僕を見て、するすると木から下りるゴブリン。

 先に地面に立って、心配そうに僕の方を見てくる。


「はは、大丈夫だって、これぐらい」


 僕も無事に地面に降り立つ。


 王都は目の前だけど、どうしようか。

 お金はない、ゴブりんはゴブリンだから入れない。


 さっきまで上ってた大きな木の根元に座って考え込む僕。

 ゴブりんも座って、袋から木の実を出してポリポリかじってる。


 僕たちは、油断してたんだろう。


 王都が近づくにつれて、獣も魔物も見なくなっていたから。

 道を行く人は警戒しなきゃいけなかったけど、それ以外は平和だったから。


 街の外の世界は、自由だけど危険が伴うってわかってたはずなのに。




「ゲギャギャッ!」


 ゴブりんが僕に警告の声をかけた時は、もう遅かった。

 僕をかばうように大木からちょっと離れて棍棒を構えるゴブりん。

 キョロキョロと周囲を見るゴブりんにつられて、僕も立ち上がってまわりを見る。


「……囲まれてる?」


 僕たちに気付かれたとわかったのだろう。

 姿を隠していた魔物が、木立の裏や低木の陰から姿を現す。


「ゲギャグギャ!」

「ギャギャ!」


 こちらを指さして、ゲギャグギャと騒がしく。


 ゴブリン。


 ゴブりんと同種の魔物のはずなのに、見た目はやっぱり違う。

 現れた8匹のゴブリンは小汚くて、かすかに臭いも漂ってくる。

 ゴブりんみたいな清潔さはない。


 獲物に隠れて近づいて、囲むのは獣だってやることだ。

 ゴブりんほど頭がいいとは言えないだろう。


 ゴブリンが、8匹。


 こっちは僕とゴブりんしかいない。

 武器は棍棒だけ。

 棍棒というか、ゴブりんが拾った木の枝だけど。

 それにアイツらの武器も木の枝だけっぽいけど。


「ゲギャッ」


 棍棒を持っていない方の手で僕を大木に押し付けて、ゴブりんが前に進み出る。

 自分ひとりで相手する、みたいに。

 戦えない自分を、魔法が使えない自分を、これほど情けないと思ったことはない。


 でも、僕も前に出る。

 10歳の僕とゴブリンの背は同じぐらいだ。

 武器も同じ棍棒、もとい木の枝。

 だったら、僕だって少しは戦えるはずだ。


 ゲギャグギャとゴブリン同士で何やら言葉を交わして、戦闘がはじまった。


 ゴブりんが暴れる。

 僕は手の震えを抑えて、めちゃくちゃに木の棒を振りまわす。


 僕の近くにいるゴブリンは3匹、ゴブりんの方に5匹。

 ゴブりんは戦ってるけど、僕の前の3匹は近づいてこない。

 まるで、僕をなぶっているみたいに。


 ゴブりんにやられて、敵ゴブリンが1匹倒れる。


 それで、ゴブリンたちは本気になったんだろう。

 なりふりかまわず迫ってきた。


「わっ、うわ、離せ! 離せ!」


 僕が振った木の棒が頭に当たっても、そのまま突っ込んでくる。


 1匹のゴブリンに手を掴まれた。

 ほどこうとした間に、もう1匹が反対側の手に。


 僕が相手にしていた最後の1匹は、ニヤニヤと口を歪めて近づいてくる。

 両腕をゴブリンに掴まれて、暴れてるけど逃げられない僕に。


「ああ、やっぱり最期はモンスターに喰われるのか。……あの時に出会ったのがゴブりんだっけ」


 川のそばで腹痛と空腹で倒れて、ゴブリンが近づいてきて観念して。

 でもなぜか僕は、ゴブリンに助けられて。

 それが僕とゴブりんの出会いだったっけ。


「ありがとう、ゴブりん。なんとか逃げて、ゴブりんは生き抜いて」


 そう言ってもゴブりんには通じないだろう。

 最後に様子を見ようと、目の前に迫った敵ゴブリンのうしろを覗き込む。


 すぐそこにゴブりんがいた。


「え?」


「グギャグギャギャッ!」


 敵ゴブリンに噛み付かれて血を流し、腕を掴まれたままこっちに突っ込んで僕の正面にいた敵ゴブリンを弾き飛ばし、僕の腕を掴んでいた敵ゴブリンの一匹に体ごとぶつかって。


「ゴブりん!」


「グギャッ!」


 倒れていくゴブりんと目が合うと、ゴブりんは僕に向かって何かを叫んだ。

 林の先を、指さして。


 ゴブリンの言葉なんてわからない。

 でも、ゴブりんの言いたいことはわかった。


 逃げろ、と。

 自分の身を犠牲にして、ゴブりんは僕を逃がそうとしている。

 外で生きていく知識も道具も、覚悟もなかった僕を。


 僕は。


「わあああああああ!」


 ゴブりんに噛み付いている敵ゴブリンの頭に、思いっきり木の棒を振り下ろした。

 何度も、何度も。


 僕には何もない。

 ここでゴブりんを置いて逃げて、生き延びたところで、何も。

 だから僕は、逃げなかった。


 傷だらけのゴブりんが驚いてるのが見える。

 敵ゴブリンがニヤニヤ近づいてくるのが見える。


 僕に力があれば。

 剣でも魔法でも武器でも知識でも、いま、敵を倒すための力があれば。

 ゴブりんを守る力があれば。


 街の外の世界は、自由だけど危険が伴う。


 自由を得るには、きっと力が必要だったんだろう。

 自由を貫くには、覚悟が必要だったんだろう。


 僕には何もなかった。


 でも、一人で野垂れ死ぬんじゃない。

 助けようとしてくれたゴブりんには申し訳ないけど。


 ゴブりんと。

 と一緒に死ぬなら、まあいいか。


 そんなことを考えながら、僕は敵ゴブリンが攻撃してくるのを見ていた。

 迫り来る死を。


 けれど、死は訪れなかった。


 川で倒れたときと、同じように。


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