第十二話 戦いは終わり、生徒は悩みを解消する
「おっさん意外にすごいんだなー。あ、すごいのはおっさんじゃなくてゴブリンか!」
「そうだな、よくやったゴブリエル。あと私はおっさんではない」
「ありがとうございます、ご主人様」
近衛騎士団長が連れていかれ、愛川とラスタは暢気に言葉を交わしている。いや、愛川は最初から最後まで余裕だったようだが。
「でもおっさん、別行動するんじゃなかったの? それにあれぐらいなら俺ひとりでヨユーだったけど」
愛川は、姫様を前に虚勢を張っているわけではない。
「生徒を見守り、困ったときは助けるのが担任の役目だろう?」
「……それ田中ちゃん先生から教わった?」
「そうだが?」
「まあいっか、んじゃそれで! サンキュ、ラスタ先生」
拳を作ってラスタに向ける愛川。
ラスタは小首を傾げている。
「あー、拳を軽く合わせるんだって」
「こうか?」
言われるがままにラスタが拳を作る。
愛川は、コツンと拳を打ち合わせた。
友情っぽい。友情っぽいが、教師と生徒っぽくはない。
「アイカワ、それにラスタよ。そろそろいいだろうか」
ほのぼのしている場合ではない。
ここは王の執務室で、ここには国王も宰相も宮廷魔術師筆頭もいるのだから。
「失礼いたしました。ゴブリエル、帰還を」
「また何かあればお喚びください、ご主人様」
ラスタの胸元に魔法陣が輝き、ゴブリエルがその中に吸い込まれていく。
召喚獣は武器と同じ。
通常、王族の前で武器を持つことが許されているのは近衛の護衛だけだ。
とはいえ緊急事態ではなくなったいま、武器である召喚獣を帰還させるのは当然だろう。
ラスタは国王の前にひざまずいた。
いまさらである。
「ここにはもう信に足る者しかおらぬ。畏まらなくてよいぞ、ラスタ」
「はっ」
「あの、お父様、それで先ほどのお話は」
国王の言葉にあっさり立ち上がるラスタ、事態がおさまったと見るや婚約話を確認する姫様。
自由すぎる。
「思わぬ妨害が入ったが、二言はない。〈勇者〉アイカワとの婚約を認めよう」
「お父様!」
「さすが王様! 話がわかる!」
国王にひしっと抱きつく姫様、ガッツポーズする愛川。
愛川も自由すぎる。
「アイカワよ。娘を託し、我は行けぬ場所へ向かわせるのだ。わかっているだろうな?」
「ああ、俺が幸せにしてみせる!」
「ふふ。一緒に幸せになるのですよ、アイカワ様」
為政者であろうとも人の親。
愛娘の幸せを願って行動することもあるだろう。
たとえ婚姻外交ができなくなるとしても。
……四面楚歌状態にならないことを祈るばかりである。前王と前宰相は、権力に溺れて三国同時に攻められたのだから。
「では指輪の破棄、すなわち王位継承権の破棄の手続きを行おう」
「お父様がやるのですか?」
「うむ。王冠と錫杖を持つ者が行うのだ。指輪と合わせて一揃えの魔道具となっておる」
「よかったな愛川、〈異世界〉に来た目的が果たせたようだぞ」
「ああ。ありがとな、ラスタ先生」
国王は、現在の宰相が差し出した錫杖を受け取る。
執務室にいたのに頭に王冠をいただいていたのは魔道具だったからだろう。
常に国王アピールしていたわけではない。たぶん。
国王と姫様、姫様に寄り添うように愛川、すぐ後ろに侍女が移動して。
王位継承権の破棄は、このまま執務室で行われるようだ。
ジャマが入らないうちに、ということだろう。
姫様は現在療養中で、そのうち亡くなったことにするらしいから。
「それにしてもラスタはどうやって執務室に来たのじゃ?」
部屋の片隅に移動したラスタは、宮廷魔術師筆頭と宰相に捕まっていた。
「筆頭、私の答えはわかっているでしょう?」
「『魔術師たるもの、自ら手の内を明かすなど愚の骨頂』か。師が師なら弟子も弟子じゃな。警備のためには教えてほしいものじゃが」
「しかり。姫様方が来た方法は、知らずとも予想できるからいいとしてだな。ラスタ」
筆頭と宰相が詰め寄るのもムリはない。
王の執務室に来るまでには、物理的・魔法的な罠は当然のこと、警備の人員も配置されているのだから。
ラスタのように、王城の中枢にふらっと現れるなどあってはならないことなのだ。
「……師匠に聞いてください」
「アヤツか。いまどこにいることやら」
「そういえばアヤツも神出鬼没じゃったのう。どれだけ監視をつけても誰ひとり気付かずに……待て、なぜ近衛が集まってこないのじゃ?」
「む、そういえば。そもそも近衛騎士団長は『出合え』と呼びかけておったが」
老人二人がラスタを見つめる。
聞くまでもなく犯人はわかっているようだ。
「人が集まると面倒ですから。愛川を守り、姫様を人目につかないようにするために結界を張りました」
「魔封じの陣を越えてか……」
「なーにが『できそこない〈召喚士〉』じゃ。師弟ともども厄介なことじゃて。……そうか、召喚獣じゃな? ゴブリン以外に、気配隠しに長けた召喚獣を使役しておるのじゃな?」
「キギョウ秘密です」
さらっと拒否するラスタ。
もはや宮廷魔術師でもないいま、かつての上司に答える気もないらしい。
というか〈地球〉で覚えた単語を使っても通じないだろう。
「ラスタよ」
「はっ、御前に」
宮廷魔術師筆頭が問い詰めようとしたところで、ラスタに声がかかる。
姫様の王位継承権の破棄は無事に終わって、国王がラスタを呼んだようだ。
これ幸いとばかりに王に向き直るラスタ。さっきまで適当な敬意だったのに。自由すぎる。これでは勇者、もとい生徒たちを笑えまい。
「あちらの世界は安全だと聞く。〈勇者〉アイカワがいるゆえ心配はしておらぬが……娘を頼む」
「いえ、お断りします」
「は?」
即答である。
ポカンと口を開ける国王。威厳が台無しである。
宰相も宮廷魔術師筆頭も姫様も侍女も、愛川さえ呆然としている。
なにしろ国王という最高権力者へのお断りなので。
「ですが、姫様に何かあれば私の生徒が悩みますからね。あわせて引き受けます」
謎の上から目線である。
あと担任の職務を大きく捉えすぎである。
普通、担任は生徒の関係者の身の安全まで守らない。
生徒の悩みにも口を出さないことがほとんどだ。
「う、うむ。引き受けてくれるのであればかまわぬか」
「ラスタ、いえ、ラスタ先生。これからよろしくお願いいたしますわ」
「よろしくなおっさん! まあ姫様の身は俺が守るし、俺は心配いらないんだけど! さっきだって別におっさんに助けられなくても」
「わかっている愛川。だが、担任は生徒を守るものらしいからな」
ラスタはきっと、それも田中ちゃん先生こと美咲先生に教わったのだろう。
理想に燃える若手教師に。
「では、私はここで。今度こそ別に用事がありますから」
「え? おっさん?」
「愛川、あの場所に戻っておくように」
「いやいやおっさん、いま俺と姫様のこと引き受けるって言ったじゃん!」
「心配いらないのだろう?」
「そりゃ言ったけどさ! あ、おい、おっさん!」
ラスタの足元に魔法陣が現れ、光を放って。
王の執務室から、ラスタの姿が消えた。
「ほんとに行きやがった……」
「ふふ、きっとアイカワ様のことを信じてらっしゃるのですわ」
「筆頭。いまの魔法はなんだ?」
「……わかりませぬ。姿隠しか転移か送還の変形か、魔法陣には偽装が施されておりました。儂にも悟らせぬとは」
こつぜんと姿を消したラスタに、残された者たちがざわめく。
だが、それも長くは続かなかった。
宮廷魔術師筆頭が気付いてしまったから。
「ところで一人少なくなったわけじゃが……この書類の山、片付くじゃろうか」
ブラック企業さながらの労働だったのに、一人戦線離脱したことに。
「失礼します! ご裁可をいただく書類をお持ちしま……した……?」
さらに追加で書類が運ばれてきて。
「あー、おジャマみたいだし俺たち行こうか」
「そ、そうですわねアイカワ様。お父様にはまた会えるのですし」
こそこそと、愛川と姫様と侍女は姿を消すのだった。
勇者と姫様は、しっかり手を繋いで。
姫様の手に、指輪はない。
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