第八話 担任と生徒と姫様と侍女、異世界に到着する


「……おっさん、無事に着いたのか? 何も見えないんだけど」


「私はおっさんではない。それと、ここは問題なく〈異世界〉だ。マナの濃さが違う」


 直径2メートルの狭い魔法陣に乗るために、右腕に姫様、左腕に侍女のニーナちゃんを抱いていた愛川。

 魔法陣が放った強烈な光に目を閉じて、ふたたび開けると、そこは真っ暗な場所だった。

 〈異世界転移〉を果たした実感がないのも当然だろう。


 ラスタがさっと指を振ると、暗かった室内が光に照らされる。


「ふむ……異常はないようだな」


「ラスタ、ここはどこですの? これほどの数の魔法陣が……」


「ここは私の研究室です。宮廷魔導士として与えられた部屋ではなく、本当の」


 いくつもの光源に照らされた空間は、学校の体育館ほどの広さはあるだろう。

 バスケコート二面とちょっと分である。


「おいおいおい、おっさんやるじゃん! これ地下だろ? 地下に秘密の研究所って! おっさんもしかして改造人間とか作っちゃうタイプの研究者?」


「改造人間か。強くなる方法は探していたが、私のアプローチとは異なるな。……さて」


 すたすたと歩きまわっていたラスタが、出入り口と思わしき扉の前で足を止める。

 呼吸を整えて、数秒。


 ラスタの魔法陣が輝く。

 その魔法陣から、ぬるりと姿を現した存在があった。

 愛川が叫ぶ。


「おっさん下がれ! モンスターだ!」


「愛川、心配無用だ。これは私の〈召喚獣〉なのだから」


 そう言って、目の前でひざまずく存在を見つめるラスタ。

 その目に心配の色はない。


「おひさしぶりですご主人様」


「え? だってソイツ……ゴブリンだろ? 魔物の群れと戦った時に見かけたぞ?」


「ああ、まあゴブリンだな。職業クラスは〈騎士ナイト〉だが」


「ご主人様、いまの俺は」


わたくし、聞いたことがありますわ。宮廷魔術師に、ゴブリンしか使役できない『できそこない〈召喚士〉』がいると!」


「姫様、それはご本人に言うことでは」


「ニーナ嬢、いいんです。私はそう呼ばれていましたから」


 着いて早々大騒ぎである。

 まだ外に出てもいないのに。


「周囲に異常がないか確認してくれ、ゴブリエル」


「名前名前ェ! おっさん異世界人なのに!」


 愛川のツッコミはスルーされた。


「かしこまりました、ご主人様」


 ラスタの命を受け、ゴブリンがそっと扉を開けて、静かに外に出た。

 ちなみに〈騎士ナイト〉なせいか、ゴブリンは召喚された時から立派な鎧と盾と剣を持っていた。ゴブリンのくせに。


「さて次だ。愛川、国王にはどうやって会うつもりだ?」


「え? そりゃ正面から」


「それでは戦闘になるだろう。現状、私たちは王族誘拐犯だということを忘れるな」


「それもそうかー。ってかおっさん、そもそもここはどこなの?」


「ここは王都の北西、〈火竜山〉の地下だ。王都までは馬車で半日といったところか。王城の私の研究室に繋がる送還陣もあるのだが……使わない方がいいだろう」


「ふーん、じゃあ距離はそんな離れてないんだな、ってどうした姫様?」


「か、火竜山……」


「姫様、もしもの時はニーナを置いてお逃げくださいませ」


 場所を聞いた姫様と侍女が青ざめる。

 事情を知らない愛川と、知っているはずのラスタは平静だが。


「姫様、少なくともここは安全です。外に出ても、愛川がおりますし」


「おう! 俺が守るから心配すんな姫様、ニーナちゃん!」


「アイカワ様……」


 愛川、両手に花である。

 姫様と侍女が何を怖がっているのか聞かずに安請け合いである。

 まあチート持ちで救国の英雄なのだ、それぐらいは許されるだろう。


「ラスタ、王城までは王族だけが知る抜け道を使いますわ」


「それがいいでしょうね。では少々失礼を」


 断りと同時に一陣の風が吹く。

 姫様のスカートさえ揺れないその風が吹き抜けると。


 パキッと音を立てて、持ち込んだ機器が壊れた。

 胸元につけられた、撮影用小型カメラが、全員分。


「おっさん?」


「王族の抜け道を知るのは最小限にしなければ。たとえ〈異世界〉には来られないとしても。ああ、私は別行動するつもりだ。確かめたいこともあるからな」


 きっと、ラスタは伊賀に「界を渡る時に負荷が」だとか「マナがなんちゃら」と言うのだろう。

 もしかしたら「王族の秘中の秘ゆえ」と正直に言うのかもしれないが。


 地下室の扉が開く。


「ご主人様。室内も外も異常ありません」


「ありがとうゴブリエル。愛川、私は別行動でかまわないか?」


「なに言ってんだおっさん、必要ねえよ! 俺は〈勇者〉だぞ?」


 ニヤッと笑った愛川が腕を振る。

 と、何も持っていなかったはずの手に光る剣が現れた。


「魔物や敵は心配していない。……愛川と姫様がしたのは『駆け落ち』と呼ばれても差し支えないもので、いまから愛川はその親である国王に会いにいくわけだが」


「うっ」


「私は別行動でかまわないか?」


「な、なに言ってんだおっさん、ひつようねえよ……俺はゆうしゃだぞ?」


「ふむ、ならばよい。これは平民が言うところの『結婚の挨拶』だと思うのだが、同行が必要ないならばいいだろう」


「は、はは、しつこいっておっさん、おれはゆうしゃだぞ? そ、それにほら、日本の法律じゃ結婚は18才からで、そうこれは結婚じゃなくて婚約だから!」


「婚約……わ、わたくしとアイカワ様が……」


「良かったですね姫様!」


 頬に手を当ててくねくねと身をよじる姫様。

 お付きの侍女はハンカチを目元に当てている。

 愛川はダラダラと汗をかいている。


「ご主人様?」


「なんでもないゴブリエル。では行くか」


 状況がわかっていない召喚獣をよそに、ラスタは足を進める。


 地下室の外へ。


 愛川たちいわく〈異世界〉。

 ラスタと姫様と侍女にとっては、生まれ故郷の世界へ。

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