第五話 新担任、『魔法』についての授業を開始する


 新学期がはじまってから一週間。

 異世界還りが揃う2-Aでは、何事もなく授業が行われていた。


 担任と副担任以外の教師からは「生徒たちがいきなりマジメになってむしろ怖い」と評判だが、それはまた別の話。

 そもそも学内の成績だけで進学が決まる付属高校では、授業は緩めなものだ。

 大学から特定の教科を教えにくる教師など、定期試験の範囲を無視して自分の研究内容をひたすら授業する者もいるほどである。教師も自由すぎか。


「世界に満ちたマナ、そして自らの内にあるマナを使って物事を改変するのが『魔法』だ」


 ラスタの授業をマジメに聞く生徒たち。

 教室内には姫様も侍女も獣人もエルフも魔物っ娘もいない。

 関係ない者は学校に連れてこない、という基本中の基本が守られていて何よりである。


「ラスタ先生、でも『世界に満ちたマナ』って異世界だけですよね?」


「私と特務課の研究で判明した。この世界にもマナは存在する。あちらと比べるとずいぶん薄いが」


「……は?」

「おいおいおいマジかよ!」

「だから言っただろ? 〈賢者〉なめんな!」

「そういえばエロフ、おっと、エルフちゃんもそんなこと言ってたなあ」


 関係ない者は学校に連れてこない。

 それは逆に、関係者なら入っていいということでもある。


「ラスタ先生、我々でも魔法を使えるようになるのでしょうか?」

「はい! 私、魔法使いたいです!……ひょっとして、変身もできちゃいますか?」


 教室にいた特務課の伊賀と美咲先生から質問が飛ぶ。

 二人とも関係者、というかそれぞれラスタの護衛と副担任なのだ。

 教室にいてもおかしくないだろう。生徒に示しがつかないということもない。たぶん。


「た、田中ちゃん先生が魔法で変身?」

「もう魔法少女って歳でも」

「ワタクシ、いいと思います! ぜひ胸元を見せるデザインで!」

「お前はほんとブレねえな」


「外のマナを魔法に使うには知識と技術が必要です。内のマナだけで魔法は使えますが……美咲先生と伊賀さんの量では難しいでしょう」


「そうですかあ……」

「ふむ、人によるのですね」


「おい、いまラスタのおっさん、田中ちゃん先生のこと美咲先生って!」

「名前で呼び合うなんて二人は付き合ってるんでしょーかー?」

「俺たちには恋人を連れてこさせないくせに!」


 ノリが小学生か。それとも教育実習生をからかう中学生か。


「そして、君たちの内燃機関は効率が悪すぎる。膨大なマナによる力技で魔法を使えているが、ムダが多い。今後はそのあたりを教えていこう」


 ラスタ、スルーである。

 あるいは研究者らしい「専門内容を話している時に関係ないことは聞こえない」病気か。

 日本の研究者としてはやっていけなそうだ。


 一方で、美咲先生は顔を赤らめていた。そんなことありません! などと言いながら。初心な反応でからかわれるのもムリはない。


「おっさん、薄くてもマナがあるなら、なんでこっちに魔法使いがいないの?」


「私はおっさんではない。……本当に、この世界に魔法使いはいないのか?」


「……え? はい?」

「おおおおおおお!」

「きた! 魔法少女きました!」

「クラスのみんなにはナイショだよ!」

「ウチのクラスはみんな魔法を使えるよ!」

「つまらない現実と思いきや実は異能があったパターン!」


 大騒ぎである。

 生徒たちはともかく、美咲先生も目を輝かせ、伊賀は眉をひそめている。


「都市伝説、心霊現象、呪いや呪術。古今東西、化け物と退治の話も事欠かないのだろう?」


「おおおおお!」

「出番だぞ〈陰陽師〉! おっと〈祓魔士〉もいたな!」

「いやここは〈ネクロマンサー〉こそ!」

「……マッチポンプできそうだな」

「というかラスタ先生この世界に馴染みすぎだろ。日本語堪能かよ」


「伊賀さん、どうしました?」


「ラスタ先生、現実的にはどうなのでしょうか。脅威がどれほどか、我々としては理解しておきたく」


「なるほど。このマナの薄さ、それに一般人が内包しているマナの量を見る限り、いたとしてもたいした魔法は使えないでしょう。少なくとも彼らほどの威力はありません」


 ラスタの言葉にほっと胸を撫で下ろす伊賀。

 生徒たちの戦闘力を知る特務課としては気になるところだったのだろう。


「せんせー、なんで俺たちは特別なの? 眠っていた才能のせい? そのせいで喚び出されちゃった感じ?」


「これはあちらの世界の考え方で、この世界がどうなのかはまだ判明していない。だが、私はおそらく変わりあるまいと考えている。それでもいいか?」


 ラスタの問いかけに頷く生徒たち。

 基本的に、このクラスの生徒は興味があることにはマジメなのだ。あとやる時はやる。かつてラスタの国を救った時のように。


「世界には過去と現在の記録がある。今日の授業で最初に話した『魔法』の説明に付け加えよう。マナを使って〈世界録〉の現在に干渉し、物事を改変するのが『魔法』だ」


「せかいろく」

「おおおお、禁忌教典アカシックレコード!」

「いま呼び方変じゃなかったか? 脳内でルビ振ったろ〈ラノベ作家〉」

「はいオカルトきましたー!」

「そのオカルト学説で俺たちは魔法を使えてるっぽいぞ」


「〈勇者召喚の儀〉によって、私は君たちを異世界から喚び出した。あちらの〈世界録〉には記録がなかった者たちだ」


 騒ぎ出した生徒たちを無視して話を続けるラスタ。

 もう慣れたものである。

 なにしろ喚び出した時から彼らはこうだったので。


「そうすると、異世界から喚び出された者は〈二つの世界録〉に記録されることになる。存在が倍となり、能力が強化される。それが〈勇者召喚の儀〉の考えだ」


「……つまり、この世界の人なら誰でもよかった? 人数も関係ない? 俺たちは勇者じゃなくて勇者になっただけ?」


 〈賢者〉の問いかけにそっと目を逸らすラスタ。

 生徒たちの人生を変えた負い目か。

 まあだからこそ、担任を引き受けているわけだが。


「おいなんとか言え誘拐犯!」

「そーだそーだ集団誘拐の実行犯!」

「ワタクシが選ばれた幸運に感謝を!」

「そうだお前ら! ラスタ先生が喚んでくれたから魔物っ娘と出会えたんだぞ!」

「あの世界に行かなければ、ケモナーの夢は果たせなかった」

「変態どもは黙ってろ!」


 大騒ぎである。

 音が漏れないよう教室に結界を張っているため心配はいらない。

 もっとも、映像と音声はリアルタイムで特務課に監視されている。

 特異な能力を宿した彼らにプライバシーはない。魔法を使えばなんとでもなるのは皮肉な話か。


「愛川くん?」


 だがカオスな室内にあって、一人騒ぎに乗らない生徒がいた。

 美咲先生は、それに気付いたようだ。


 2-A、出席番号1番、愛川光。

 姫様と侍女のニーナちゃんをこの世界に連れてきた、このクラスのリーダー的存在である。

 いつもならクラスの騒ぎに乗る、というか率先して騒ぎ出すのに。


 心配した美咲先生は、放課後に彼を呼び出すのだった。

 異世界ではなく教室に。


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