【長編版】勇者召喚したら男子校生というヤツがクラスまるごと来てマジで失敗した

坂東太郎

『プロローグ』

プロローグ


 失敗した。


 魔法陣よりひとまわりもふたまわりも大きく輝く光。


 失敗した。

 それが私の思いだった。


 私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。

 そしてここはアーハイム王国、地下にある勇者召喚の間。

 度重なる強大な魔物の出現、周辺国の侵攻に対抗するため、宮廷魔術師の末席にいた私に白羽の矢が立ったのが一年前。

 私が細々と続けていた、長い時の中で失われた〈勇者召喚〉の研究。

 「一年以内に実現せよ」

 王命が下った。

 お情け程度だった予算は、莫大なものになった。

 助手もついた。

 共同研究者もついた。

 却下され続けた禁書庫の入室はあっさり許可された。


 寝食を忘れて研究に没頭した。

 当たり前だ。

 王命なのだ。

 失敗したら、一族郎党打ち首だと宣告されている。

 もっとも元貧民の私には親も一族もなく、天涯孤独なのだが。

 妻も婚約者も恋人もいない。

 最後に女性と話したのはいつだったか。

 食堂のリリアちゃんに「いつもこの定食ですね」と話しかけられて以来か。

 私は清らかなまま死にたくない。


 城に用意された一室に泊まり込み、研究に没頭した。

 長い年月の末に失われた〈勇者召喚の儀〉。

 ようやく研究が実を結び、準備が整ったのが昨日のこと。


 そして今日、ついに実行したのだ。



 魔法陣の輝きは、召喚の対象が強大なほど大きくなる。

 それは〈勇者召喚〉であっても例外ではない。

 だが、予想よりはるかに魔法陣の輝きが大きい。

 こんなはずではない。

 平静を装いながら見守るしかない。


 何が出てくるのか。

 明日も私の首は繋がるのか。

 神よ。

 信じてもいない神に祈る。


 魔法陣がひときわ大きな輝きを放つ。


 思わず目を閉じる。

 私が目を開けたとき、そこにいたのは……。



 上下とも黒い服を着込んだ、30人の若い男たちだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 私、同席していた宮廷魔術師、王宮騎士は彼らを別室に連れていった。


「なんだよこれ」「俺ら学校にいなかった?」「田中ちゃん先生は?」

「おおおおお、異世界召喚キターーーー!」「姫は? ねえ姫騎士は?」


 ざわざわとうるさい彼らを座らせる。

 私は部屋の隅で待機する宮廷魔術師筆頭に目で合図を送り、〈ステータス鑑定魔法〉の発動を依頼した。


 私は説明をはじめる。

 異世界に呼び出したこと。

 あなたたちには強大な力が宿ったはずだということ。

 その力で魔物を倒し、国を救ってほしいということ。


 説明した。

 がんばって説明した。

 がやがやと騒ぐ彼らを無視して必死で説明した。


 ひとしきり説明したあと、彼らから質問がくる。


「ってかおっさん、これ帰れるの? ダルいからさっさと帰りたいんだけど」


 派手な髪色の男たちが集まったグループ、その中心にいた男の質問だ。

 私は正直に答えた。

 還れるはずだと。

 勇者召喚と同様に、〈勇者送還の儀〉の伝承も資料も残っている。

 研究を進めているから、少なくとも一年後には還れるはずだと。

 おっさんと呼ばれたことにイラッとした内心を押し隠して。

 私はまだ22才、おっさんと呼ばれる歳ではない。


「え? 一年もここにいるってこと? まあこっちで遊ぶからいいんだけど。そっちが呼び出したんだし、生活は面倒見てくれるんだよね? 金も」

「俺ら戦わなきゃダメ? フツーの男子校生だったんだぜ?」


 彼らは『男子校』という男だけが集まる学校で学んでいた、まだ半人前の存在らしい。

 だが、問題はない。

 魔術師長から渡された彼らのステータスと職業クラスが書かれた羊皮紙を流し読みする。


 勇者、聖騎士、竜騎士、賢者、ニンジャ、大魔法使いアークウィザード、白魔導士、ソードマスター、ありふれた職業、男の娘、暗黒騎士、追跡者ストーカー、神主、ネクロマンサー、料理人、性騎士、拳闘士、テイマー、陰陽師、侍、ラノベ作家、バーバリアン、変態紳士……。


 伝説の職業も数多く、初めて聞く職業クラスも高いステータスを誇っている。


「みなさまは召喚された際、強大な力を得てらっしゃいます。問題はありません。後ほどみなさまのステータスと職業クラスをお知らせし、明日から専門の者が訓練をいたします」


「え、ヤダよめんどくさい。やりたいヤツはやりゃあいいけどさ。ウチは校則がなくて自由だから入学したってヤツばっかなんだぜ? 好きにやらせてもらうよ」


 絶句した。

 助けてくれないのか。

 言葉を尽くして説得した。

 まだ死にたくないのだ。

 リリアちゃんはこの前、お釣りを両手で渡してくれた。「出世したんですね! またお待ちしています!」と笑顔で。アレは私に惚れているに違いない。

 世界にはまだ見ぬ景色がある。私は丘の向こうを見るまで死にたくないのだ。あの双丘の向こうを。


 説得した。

 それはもう、人生をかけて説得した。


「チートあるんでしょ? 俺はやるぜっ!」

「俺も俺も! ついに俺の眠っていた力が火を吹くな!」

「姫騎士はいますか? 女騎士は? ゴブリンはいますか? オークはいますか? とても大切なことなのです」

「ワタクシがんばります! 幼女のために!」


 数名の勇者が協力してくれるようだ。

 よかった。

 きっとこれで生きていられるだろう。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 甘かった。

「協力する勇者がいれば問題ない。ただしお主が呼び出したのだ。他の勇者もお主が面倒を見よ」

 王からそのような言葉をいただいた。

 命が助かったことを安堵するのは、早かった。

 私は甘かったのだ。


 ヤツら、自由すぎる。



 ちょっと美人を見ると、ナンパというものをする。


「お、彼女かわいいじゃん。なにそれ、どこに持っていくの? 俺持つよ」

「姫様まじかわいい。活躍したら付き合えるかな? 俺も戦闘組に入るわ」


 やめてくれ。

 街娘ならまだいいんだ。

 侍女は礼儀見習いに来た貴族令嬢が多いんだぞ!

 やめて! その娘、侯爵令嬢だから!

 あ、そのお方は姫様だから! もうやめてホント、姫様も顔を赤らめないで! そのロマンスは死の香りだ! 私のな!


 各所に謝った。

 すみません、すみません。

 ホントすみません。

 私が呼び出したんです、すみません。



 勝手に冒険者ギルドに登録する。


「テンプレきたーーーー! え? なに? 新人に絡んでくるの? 殺っちゃう? ねえ殺っちゃうよ?」

「うひょお、ホントに言ったよ!『こ、こんな数……。あなたは何者ですか?』だって! 俺TUEEEEE!」


 やめてくれ。

 絡んできても殺したら犯罪だ。過剰防衛だ。

 壊すのは物と建物だけにしておいてくれ。

 あとそこ、それ褒めてないんだ。

 角兎を一度に狩り尽くしたら生態系が崩れるだろ。


 各所に謝った。

 すみません、すみません。

 ホントすみません。

 私が呼び出したんです、すみません。



 他種族を見ると奇妙な動きをし、鼻息荒く話しかける。


「ケ、ケモミミきたーーー! なあそれどうなってんの? 普通の耳もあるの? 尻尾、尻尾は? 触らせて、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」

「おおおおお、エルフだ、あれエルフだろ! ねえ、きみエルフ? やっぱり森の中に住んでるの? 精霊魔法とか使える? 弓はうまいの? あとエ、エ、エエ、エロフなのかな? でゅふふふふふ」


 やめてくれ。

 獣人族の耳と尻尾は家族かつがいにしか触らせないものなんだ。

 種族問題になる。

 族長とかもう顔がそのまま狼で威圧感がヤバいんだ。

 エルフに話しかけるな、彼らは静かな生活を好むんだ。

 あとエロフってなんだ、その気持ち悪い笑いもよしてくれ。


 各所に謝った。

 すみません、すみません。

 ホントすみません。

 私が呼び出したんです、すみません。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 協力的な勇者たちが戦い、なんとか押さえ込んできたが、ついに国境の砦が破られた。


 北からは魔物の群れが、東からは帝国軍が、西からは共和国軍が攻め込んできた。

 まるで示し合わせたかのような多方面同時攻撃。

 南は、協力的な勇者たちが皇国軍を撃破してくれた。

 全員洗脳済みとかまじキモいっす、俺が洗脳するならいいけど人がやるとかノーサンキュー、などと言って。


 だが、焼け石に水だ。


 王城内での軍議も終わり、この王都へ篭城し、最後まで抵抗するという決がでた。

 いや、それしか出なかった。

 砦のこちら側は、ロクな防備もない。

 きっと各地の民は逃げ惑うのだろう。

 なんとか王都まで逃げ延びてほしい。

 たとえ貧民になっても泥をすすっても、私のように救われることはあるのだから。


 私はひとり、彼らを集めた部屋に向かう。


「〈送還の儀〉の準備が整った。君らを国に還そう。滅亡寸前の国に呼び出してすまなかった。平和な国で、我らの分まで生きてほしい」


 私は彼らに頭を下げた。


「おい、おっさん。こっち見ろよ」


 声をかけられ、顔を上げる。


「ふざけんなよ。さんざん自由にしてきて、困ったら見捨ててはいサヨナラとかする訳ないだろ。自由には責任があるんだ。校則がないからって、俺らだって好き勝手やってた訳じゃないんだぜ? 言えよ。頼めよ」


 絶句した。

 好き勝手やってたクセに。


 まわりを見渡す。

 そこに普段の彼らの姿はなかった。


 引き締まった顔。

 いずれも目に強い光を宿している。


 私は、見くびっていたのだ。

 勇者を。

 自由な男子校生というヤツを。


「侵攻速度から考えて、あと一週間ほどで王都が取り囲まれる。王都に篭城しても、もって数日だろう。もちろんそうならないよう最後まで抵抗するつもりだが」


 地面にヒザをつく。


「頼む。頼む。平和な国から勝手に呼び出して、戦わせることは本当に申し訳なく思う。だが、頼む。私の命でも、金銭でも、望むならなんとか手を尽くそう。頼む。この国を助けてくれ」


 両足を揃えて座り、額を地面にこすりつける。


「私はいい。君たちをかどわかした張本人なのだから。上司や貴族、王も仕方あるまい。魔物はともかく、三国同時に攻められたのは外交の失策があったのだろうから」


 彼らから教わった、ドゲザだ。


「だが、平民は。無辜の民は。死なせたくないんだ。頼む、頼む」


 何度も何度も、額を地面にこすりつける。



 彼らは、笑った。

 この死地にあって、逃げることなく。



「任せとけっておっさん! 瞬殺して姫様と侍女のニーナちゃんに感謝してもらおうっと!」

「そうそう、心配すんなよおっさん! 心配性はハゲるぞ?」

「オッケー、じゃあ俺らは北の魔物の群れ担当ね。よしみんな、魔物っ娘は殺すなよ!」

「負けて兵士に好き放題される女騎士……ぐふ、ぐふふふふ……本物のクッコロが聞けるかな」

「圧勝してきてやるよ。帰ったら食堂のリリアちゃんにいろんなお礼をしてもらおうっと。巨乳お姉さんとかもうどストライクっす」

「それアリですか? この世界の成人は何才でしょう? ワタクシ、勝利の後は少々街へ」


 そんな言葉を言い残し、彼らは三つの集団に分かれ、さっそうと戦場に向かっていった。


 やめてくれ。

 侍女のニーナちゃんは行儀見習いで王城にあがっている侯爵令嬢だ。

 あと魔物に完全人型はいないぞ。せいぜいアラクネやラミア、ハーピーだ。いいのか。

 陵辱もやめてくれ。大事な人質だ。金銭で交換するんだ。そんなのバレたらどっちかが全滅するまで総力戦だ。

 おい誰だ、リリアちゃん狙いのヤツ。リリアちゃんは私に惚れてるはずだ。

 ハゲって言ったヤツは名乗り出ろ。私はおっさんでもハゲてもない。むしるぞ?


 日本の男子校の高校生とは、かくも業が深いのか。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 彼らが出撃して三日で、あっさり勝利の報が届けられた。

 王城も王都も戦勝に沸く。

 あれほど重苦しかった軍議とはなんだったのか。

 できるなら最初からやってくれ。

 そんなことを思うのも仕方ないだろう。


 すでに各国との和平は成った。

 戦勝した我が国にずいぶん有利な条件で。

 国内の魔物は駆逐した。

 弱い魔物は残っているが、後は騎士団や冒険者たちでなんとでもなる。


 戦勝から一ヶ月、和平成立の翌日。

 私は一人、彼らが待つ勇者召喚の間に向かう。

 祝賀会も戦後処理も終えて、今日、ついに私は彼らを元の世界に還すのだ。




 いま私は、〈勇者送還〉の魔法を発動した。

 召喚の時と違って、見送りは私一人だ。

 


「ありがとう。君たちのおかげで、我が国は助かった。何度お礼しても言い足りない」


「なーに、さんざんお世話になったしな。いいってことよ」


 そんな言葉と笑顔を残し、彼らは魔法陣の輝きに包まれる。


 ……光が消えた時、そこには誰の姿もなかった。



 私は見ていない。

 最後の言葉を残した男の右腕に姫様、左腕に侍女のニーナちゃんがいたことなど。


 私は見ていない。

 ラミアの胴体に乗り、ハーピーを背負い、アラクネを連れた男がいたことなど。


 私は見ていない。 

 表情を取り繕いながら、隠し切れないメスの目で一人の男を見るエルフなど。


 私は見ていない。

 ケモミミを触られて顔をとろけさせる獣人族の族長の娘など。


 私は見ていない。

 床にうず高く積まれた国宝とアクセサリーと金貨の山など。


 私は見ていない。

 私は見ていないんだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 私は懐から魔石を取り出す。

 彼らいわく「ばれーぼーるぐらい」の魔石は、国宝のひとつだ。


 部屋の隅を見つめる。

 そこにある罠は、私が立ち去ったのちに発動するだろう。


 見ていない、はずがない。

 ごまかせる、はずがない。

 このままこの国にいたら、待っているのは死のみである。


「神よ、どうか私に……いや、この世界の神に祈っても仕方あるまい」


 私は独り呟く。


「大丈夫だ、自分を信じろ。彼らの世界のように、私を受け入れてくれる世界があるはず。あれほど多種族の子を受け入れる世界があるんだ。恐れるなラスタ。彼らのように」


 私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。

 これより独り、異世界に旅立つ者である。


 願わくば、〈勇者送還の儀〉を応用したこの〈界渡り〉の魔法が成功せんことを。

 願わくば、自由で業の深い彼らと、二度と会わずに済むことを。


 私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。

 ただそれだけを願う者である。



 ……そして私は、光に包まれた。


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