W村、御座の屋敷

 八月十一日、私は車でX県Y郡W村に行きました。ナビを頼りに実家から五時間近くかけて着いたW村は、山間の小さな村落でした。杉林が青々と茂る谷に、古い家がまばらに立っている、寂しい田舎村。そんな印象でした。

 山の中だからか、夏の盛りにもかかわらず、空気はひんやりとしていて涼しいくらいでした。私はゆっくり車を走らせながら、「御座」を知る人を探しました。

 やがて畑で麦藁帽を被って農作業をしているおじいさんを見つけ、私は車を路肩に停めて彼に尋ねました。「御座」と書く名字の家はどこですかと。おじいさんは苦笑いして、それは「ミクライ様ですよ」と教えてくれました。

 しかし、そこで私は一つ引っかかりを覚えました。「様」とは何だろう、そんなに偉い人なのかと。

 おじいさんは親切に御座家の事も教えてくれました。御座の屋敷は、この村で一番大きな家だから、見れば分かる。江戸時代から代々W村の村長を務めていて、議員の先生とも親しいとか。

 なぜそんな家にケイが嫁入りする事になったのか、私には謎に思いました。私の家はずっとN県にあって、X県にも御座という人にも、全く縁がないのです。あるいはケイが旅先で御座の託家という人に出会って、一目惚れした可能性もなくはないのですが、それにしても何か月も連絡をよこさないのは変でしょう。

 色々と疑問はありましたが、とにかくケイに会わないことには分からないと、私は御座の家を訪ねました。


 おじいさんの言う通り、御座家は一目で分かりました。周りの家も昔ながらの造りで決して小さくはないのですが、御座家は桁が違いました。

 まるでお城みたいなんです。白塗りの壁に立派な鬼瓦。蔵がいくつも並んでいて。学校の校舎と校庭とその他諸々を全部合わせたぐらいの面積を、高い塀がぐるりと取り囲んでいて。正門はまるで大きなお寺みたいな構えで、門を潜るのをためらわせるような威圧感がありました。

 それでも可愛い妹のためですから、引き下がる選択はありません。私は車を屋敷の側の路肩に停め、意を決して門を潜ったのです。


 御座家のお屋敷は広く、どこが入口かも分からないほどでした。迷ってしばらくウロウロしていると、三十歳ぐらいでしょうか……背の高い厳つい男が出て来て。

 あっ、ワドリさんというんですか。

 ワドリ、ソウゴ。はい。

 御座家の私的警備員?

 はぁ、ワドリさん……。えー、そのワドリさんは私のことを睨み付け、何の用だと尋ねて来ました。怪しい者ではないことを分かってもらおうと、私は正直に「タナカタです。妹がこちらにいると聞いて来ました」と答えたのですが、ワドリさんは私を睨んだまま「アポはあるか」と言いました。

 私はびっくりしました。いえ、よそ様にお伺いする際は事前に連絡をするのが常識だとは思いますが、アポイントメントがなければ門前払いというような家はなかなかないものですから……。

 改めて、他の家とは違うのだなという感想を抱きました。


 私が答えあぐねていると、ワドリさんは私の腕を掴んで引っ張り、屋敷からつまみ出そうとしました。私は抵抗して、話を聞いてくれないかと何度も訴えましたが、全く聞く耳を持ってくれませんでした。

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