第25話 意外と


 狭く囲まれている路地裏に、しがれた声が反響する。

 手を下ろして七海が振り返ると、アリアは灯り代わりの火属性魔法を片手に立っていた。


 必然に、七海の蒼、アリアの紅が対峙する。



 「アリアさん……、どうしてここに」



 協会がある都市部から大きく離れ、魔法使いなど存在しないはずのライプ村に彼女がいることを、七海は疑問に思った。



 「近くを通ったら魔法の気配を感じたのよ。それで様子を見に来たら……、よりにもよってあなただったなんてね」



 「……そうですか」



 空いている方の手を腰に当てて、いかにも気怠そうにアリアは話す。

 それに対して、魔法協会と国衛騎士団に関することで後ろめたさが頭を撫で返していた七海は、短い言葉を返すのがやっとだった。


 そんなことなどお構いなしに、冷静な彼女は状況の把握を進めていく。



 「それで……、その方は? お知り合い?」



 いつしか壁の前で尻を付いて座り込んでいたケマンヌを指さして、アリアは聞いた。

 それにまた恐怖を感じたケマンヌは哀れな嘆声を上げる。



 「お知り合いと言えばお知り合いですけど……、何と言うか、今はそんな柔らかい響きの関係ではなくてですね……」



 元々こんなやつと仲良くする気もないけどね。



 「なるほどね、何となく察したわ。取り敢えずその炎を消しなさい。ここで話すのもなんだし……、場所を変えましょう」



 言われて七海は魔法を解除する。そして踵を返すアリアの背中を追っていった。

 残されたケマンヌは、ただそれをボーっと見つめている。



 「何してるんですか。な面をしているそこのあなたも、来るに決まっているでしょう?」



 「アッ、ハイ」



 少しだけ足を止め、一瞥もくれずにアリアがそう言い捨てると、ケマンヌもキビキビとした動きで二人の後ろにくっついてきた。



 ――全部聞いてたのかよ。本当に性格悪いと思う。このドS魔法使い。






-------------------------------------------------



 場所を移し、アリア、七海、ケマンヌの三人は酒場に来ていた。

 いつも通りの騒がしい店内に入ると、七海はマスターと真っ先に目が合った。瞳孔を大きく開いて唖然としている。連日の来店に軽く会釈をして、そのまま促されるように空いていたカウンター席に着いた。



 「おいおい、昨日の嬢ちゃんはどうしたんだ? 可愛らしい妹タイプから一転、今度は綺麗なお姉さん系か……。まさか兄ちゃん――」



 席に着くなり顔を寄せてきたマスターは隣に座るアリアを横目に小さい声で囁くと、トン、と七海の肩に手を置いた。そして、



 「――、うんうん」



 と、悟ったように目を閉じ、二回だけ頷いた。何か言えや。



 「違いますからね? 彼女にちょっと話があるだけであって、モモが今この場に居ないのも別に――んぐっ」



 「フムフム。言わなくても分かる。オトコなら、な」



 七海もマスターの曲解を訂正しようとするが、彼の岩のように大きく硬い掌でそれは阻まれた。鼻まで抑えられ、喋るどころか呼吸すらまともに行えない。



 ――分からない。何故意識が遠のいているのか。

 僕はアリアさんと酒場に来て……、マスターと話を……。

 でも、一つだけ分かるのは、マスターこの人は何も分かってないっていう――




 「――その辺で止めといた方が良いわ。彼、死ぬわよ」



 七海が三途の川に辿り着く少し手前で、アリアがマスターに忠告した。



 「ん? おっと、本当だ。おーい兄ちゃん、しっかりしろ」



 ようやく口をふさぐ手をどけたマスターは、白目を剥いている七海の頬をぺちぺちと叩いて呼び掛ける。今度は張り手に近いその痛みに、次第に七海も意識を取り戻していく。



 「…………、えっと……僕は……」



 「いきなり喋らなくなるもんだからビックリしたぞ。まったく、心配かけるんじゃないよ」



 「そうなんですか……? ごめんなさい、それはそれはご迷惑をお掛けしました」



 「喋らなくなったのも、心配かけるハメになったのも、全部マスター貴方が原因なんですけどね……」



 朦朧とした頭を下げて謝る七海の横で、アリアが人知れず溜息を吐く。知性に欠ける二人の会話に、彼女は心底呆れているようだった。


 身を乗り出していたマスターはカウンターに直ると、忘れていた注文を聞いてきた。

 それに、既に決まっていた七海とケマンヌは即答する。



 「僕はビールで」



 「俺もいつも通りビールだ」



 テンポ良くオーダーが決まる中、アリア一人だけが躊躇していた。店内のあちこちに貼り付けられたメニューを眺めながら、テーブルの下で脚がそわそわしている。



 「アリアさん? もう僕らは決まりましたけど……」



 いつになく慌てている様子のアリアを見て、不審に思った七海は尋ねる。

 すると、氷のように白く透き通る肌を赤らめた彼女が、微かに語気を強めて返した。



 「ちょ、ちょっと待って。今探してるんだから」



 その言葉から待つこと一分、メニューの一角と睨めっこを続けていた彼女がようやく正面に向き直る。

 しかし、口をへの字に曲げたまま、中々注文をしようとしなかった。



 「ど、どうです? お決まりでしたら、マスターの方に言って頂ければ直ぐに出してくれますよ」



 謎の緊張感に包まれ、七海は自然と堅い口調になってしまった。マスターよりも店員らしいくらいに。


 それでも、アリアは口を紡いでいる。

 そして紅潮した顔は俯く。ももの上の手にはグッと力が籠っていて、肩が強張っている。


 彼女に合わせて注文を済ませていなかった七海とケマンヌの二人は、釈然としないアリアの態度に苛立ちが募っていた。七海も態度にこそ出さなかったが、沸々とそれは滾っている。

 特にケマンヌは、とにかく酒が飲みたくて仕方ない、といった気持ちが見え見えだった。



 「早くしようぜ。話す前に店が終わっちまうぞ」



 「そうですね、僕たちと同じビールで良いですか? それなら一緒に……」



 痺れを切らした二人の攻撃を前に、流石のアリアも凌ぐことが出来なかった。

 彼女は肩の力をフッと落とし、意を決する。



 「分かったわよ! 決まったからちゃんと聞きなさい!!!」



 ――……女王様か何かか?

 この人、まともに見えて結構危ない人間では?

 あと、っていう表現は気に食わないので止めてください。

 作者様が僕を嫌いなことは重々承知ですが、ギャンブルに溺れた中年のホームレスの方と高スペックな僕を一緒くたにしないでください……。


 女王様の一喝を受けて、下民二人は静まり返り、彼女のその一言を待ちわびる。




 「私は……、その……、ブドウのジュースで」




 そう、女王・アリアはのたまった。



 ――ブドウジュース……。



 か、可愛い。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る