第28話 予兆(2)
ジェイのほうに戻ってきた白立体の内の一体が、突然方向を変えると、少し離れた場所に立っていたハンナに向かって光の粉を放った。
予想外のその動きに、驚いて固まるハンナ。
「キャー」と叫ぶが、動けない。近くにいたヨシミーがすかさず防御壁を展開し、その攻撃を防いだ。
「おい、ジェイ! 何をする!」
ヨシミーは怒りの表情でジェイに向かって叫んだ。
「え!? すまん。そんなはずは……」
ジェイは急いで魔法陣の展開を解除、白立体は消滅した。
アキが眉間にしわを寄せて、怒り半分、興味半分という複雑な口調でジェイに詰め寄る。
「その白い立方体はいったい何なのですか? これまで遭遇した白立体はいつも我々を攻撃してきたのですが、それらは、ジェイさん、あなたたちと関係ある存在なんですか?」
ジェイとコトミは、目を合わせると、うなずく。
「分かった、説明しよう」
ジェイが重々しくアキたちを見回した。
コトミが小屋を設置し、ダイニングテーブルにつく五人。
「まずは、ハンナさん、怖い思いをさせて申し訳ない。謝罪する。本来はあのホワイト・キューブ、あんたたちの言う白立体だが、我々人間を攻撃するようにはなっていないはずなんだ。決してハンナさんを狙ったわけじゃ無い。何かの間違いだと思う」
そう言うとジェイはハンナに頭を下げた。
「大丈夫です。 ヨシミーが守ってくれましたし……」どこか表情の消えた虚ろな顔で応えるハンナ。
その様子に怪訝な顔をするジェイだが、ショックだったのかと思い何も言わずに続ける。
「さて、本題だが、俺とコトミは、単なる冒険者じゃない。『暗黒魔獣ハンター』といって、あのブラック・スフィア、あんたたちが暗黒球と呼ぶ存在を調査・解明・対処するのが主な仕事なんだ」
「暗黒魔獣、ですか?」
「ああ。ブラック・スフィアに影響された魔獣の事だ。その退治が主な仕事だが、それらについてはコトミ頼む」
「はい。では、私から説明しましょう……」
そう言うと、コトミはこれまでに無い深刻な顔で話し始めた。
数年前からこの世界に現れ始めたブラック・スフィア。触れた生物の精神を狂わす作用があり、狂った魔獣は『暗黒魔獣』と呼ばれている。通常よりも凶暴で強力な魔術を発動するようになった魔獣だ。
さらに、ブラック・スフィアは周囲の物を分解・吸収する力があり、非常に危険な存在とみられている。
「普通に攻撃しても、一件爆発したように見えますが、すぐに再生します。近年被害が広がり、この世界では深刻な問題となりました。ですが、我らが女神フィルミア様が、対策手段を提供してくれたのです」
ホワイト・キューブは神殿からもたらされたこの世界の浄化システムであるらしい。
そのシステムは、単独で稼働するホワイト・キューブが世界を巡回すると共に、魔術師にも使えるように特殊な魔法陣をも提供されたのだ。
ミニ・ホワイト・キューブ制御の魔法陣と、分解のための光のビーム魔法陣。
その特殊な二つの魔法陣による攻撃は、ブラック・スフィアを再生できなくなるように分解できるのだ。
「もっとも、これらの魔法陣は扱いが難しく、特殊な訓練を受けた魔術師しか扱えません」
コトミは残念そうに説明する。
「俺は、数少ない使える魔術師の一人だな」
「あの、立方体を囲むようにしての展開がそうですね?」
「そうだ」
説明を聞いたアキは、最大の疑問を口にする。
「じゃあ、私たちがこれまで遭遇した白立体が、私たちを攻撃してきた理由は何でしょうか?」
ジェイとコトミは目を見合わせる。
「それがどうにも分からん。ありえないはずなんだが。唯一可能性があるとすれば……」
「可能性?」
「ああ、あんたたちが異世界から来た、という事実だな。それが、ホワイト・キューブにはブラック・スフィアと同じ存在と認識される、ということかも知れない」
その後さらに議論を続けるものの、結局結論は出ない。
その代わり、アキはジェイに、ホワイト・キューブ展開の魔法陣を見せてもらい、色々と興味津々に質問するのであった。
――その夜。
ハンナとヨシミーはいつも通りにピアノの修理をする。
「あと少しですー!」とハンナが嬉しそうに声を上げた。
「まあ、毎晩少しずつやってきたからな。何とかなりそうだが……」
ヨシミーはそう言いかけて、思い出す。
「あぁ、こことここの弦が必要だな。これが無いとまともに弾けないな」
彼女は曲が弾けないことにがっくりと肩を落とす。
「アキさん! この弦は作れないですかー?」
「いや、さすがにそれは無理です」
アキもないものは作り出せないのだ。加工魔法陣も限度がある。
それを見ていたコトミが、
「あら? ピアノの弦ならありますよ」
とさらっと言う。
「え? コトミさん、なぜそんなものを?」
「あぁ、まあ、そういう金属加工が好きな知り合いがいまして……」
コトミは曖昧にそう言うと、微笑むのみだ。
弦を手に入れたヨシミーとハンナは、協力して弦を張る。
光の触手を制御して使う練習だ。両端を捕まえ引っ張るだけだが、捕まえる加減や一直線に引っ張る精度、その状態で装置に付ける作業等、高度な制御が必要なのだ。
ヨシミーの厳しい指導でハンナは泣きそうになりながら、光の触手を操り、なんとか二人して弦を張った。
その様子を見ていたジェイは、ますます、指導の厳しさと、それに耐えるハンナの頑張りに心を奪われるのである。
「さて、どうやって調律するかだが。442HzのAの音が欲しいところだが」
ヨシミーがそう呟くと、セレが「ポ!」という音を出した。
「お! それはもしかして442Hzじゃないか!?」
彼女は「セレ、凄いぞ! 基準音があれば何とかなるな」と言いながら、セレの頭をなでなでし、黙々とピアノの調律に励むのであった。
「まあ、こんなもんでいいだろう」
「やったー! 完成ですー! 何か弾いてくださいー!」
ヨシミーは「仕方ないな」などと言いながらも嬉々としてピアノに向かう。
次々と繰り出されるピアノの名曲に、四人は心を奪われ、立ち尽くした。
ヨシミーは、ひとしきり地球での有名なピアノ曲を弾いた後、ある曲を弾きながら歌い始めた。
越えられない壁を乗り越えようと、希望を捨てず、助け合い、生きていこう、乗り越えよう、二人は未来へ向かって行くという、有名な曲だ。
途中から、突然アキがヨシミーに合わせて歌いはじめた。
ヨシミーのよく通る力強い高音に合わせて、アキの低音が美しいハーモニーを奏でる。
ヨシミーの声は芯のある高音が魅力的で、人を引きつける。
アキの声は、低音だが、ヨシミーの声と合わせると、ぐっと曲を引き締める効果があった。
歌が終わり、ハンナが「素晴らしいですー」と大喜びだ。
ジェイとコトミも思いがけない二人の舞台に感心する。
「アキさんとヨシミーさん、息がぴったりですね」とコトミが賞賛すると、
「これだけあの手強いハンナさんの訓練を一緒に続けてきましたからね、だんだん息も合うようになりましたね。言わば、戦友ですね」とアキはニヤリとヨシミーを見た。
「結構いろんな面で正反対だが、ハーモニーは良かったな」とヨシミー。
それまでの怒りがおさまったのか、ピアノが弾ける事によって気分が変わったのか、ヨシミーは満足した様子でアキに笑顔を返した。
予想外のハーモニーの美しさと、息が合う喜び。それはまるで探し求めていた何かが見つかったときのよう。アキとヨシミーは内心それを感じ取りドキドキしていた。だが、お互いのその想いは、目を見つめただけで、この時はただ二人だけの心の中だけの形にすぎなかった。
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