第18話 発見と光明

 その夜、温泉の効能のせいかリラックスする三人。いつものように仲良く並んで座っている。


 セレは相変わらずアキの本に向かって光を当てていた。当然ヨシミーの頭の上だ。

 アキは彼女の隣に座り、セレの明かりを頼りに本を読む。

 今夜は温泉のせいか、ヨシミーから香る甘い匂いにドキドキして内心集中出来ないのであったが、表面上はすまして本を読んでいた。


 

「これどうやって使うんですかー?」

 突然ハンナがインベントリから何かを取り出した。自分で取り出したにも関わらず、本人はそれが何なのか分かっていない。

「それは!? 貸してみろ」とヨシミーが目を見開き、彼女からそれを奪い取る。

「フルートだ! 少し壊れているが……」

 彼女は「トーンホールが閉じないな。葉っぱでタンポを代用しようか」とブツブツ言いながらもさっと修理する。

「よし! たいした故障じゃ無かったのが幸いだ。とりあえずは支障は無いな」

 そう言うと彼女は滑らかに何かの曲を吹く。

「凄いですー! 私も吹きたいですー」

 ハンナはひょいと椅子にしている石を持ち上げると、ヨシミーの前に動かす。

「たまにはこういうのもいいか」と呟きながら、ヨシミーはハンナにフルートの吹き方を教え始める。

 ハンナはやたらに凄いを連発し、ヨシミーも「楽器なら任せとけ!」と嬉しそうだ。


 この夜は音楽が加わったせいか、いつもと違う華やかで平穏な時が流れるのであった。



 

 しばらくして、アキが突然大きな声を出した。

「これだ! 見つけましたよ! 手がかりです!」

「手がかり?」

「はい、そうです」

 ヨシミーとハンナはげんな顔をし、アキは興奮した様子で大きく頷いた。

 

 アキは『魔法陣実行機構の起源』にヒントとなる記述を見つけたと話し始める。

 

 その書――彼が長年探していた本――は、VR世界マギオーサの設計者が残した世界エンジンの詳細な説明書であると伝わっており、実際読み進めるとそれは事実のようだ。

「この点は、自分のこれまでのマギオーサに関する研究結果と一致するのです」


 さらによく読むと、この世界のことも示唆する内容が記載されている。

「身体の再現についても書かれていました。この場所はやはりみたいですね。『異世界』というのは、地球から見たしょうみたいです」


 そして、その類似性を確信したところで、『異世界とのゲート』の可能性の説明があったのだ。転移には、ある魔法陣と膨大な魔力が必要であると書かれている。その魔法陣はこの世界のどこかの神殿にあるはずだと。


「よく分からんが、要は帰る方法があるという事か?」

「そういう事です」

 ヨシミーは不安げだが期待に満ちた顔で聞き、アキははっきり肯定の返事をする。

 

「その神殿ってどこなんですかー?」

「残念ながら詳しいことは書いていません。しかし、この惑星には魔法を基にした文明があるようです。つまり、誰か人間と出会える可能性は確かにあるという事です。誰かに会えれば何とか調べる方法が見つかるかも知れません」

 それを聞いて、少しほっとするヨシミー。このまま誰とも出会えないのではないかと心配していたのだ。


「さて、もう一点興味深い内容が書いてありました」

「何ですかー!」

 ハンナが興味深いと聞いて、パッと笑顔を浮かべる。

 

「この世界がセルオートマトンと同じ理屈でできていることの理論的解説がありました。さらにはシーングラフをベースとして、時間のステップ処理に基づく時空間の実現。これは、私の研究開発の内容とも一致しますね。そして、マギオーサのVR世界は、この世界と実質同じ機構であり、地球上の人間の魂との接続を切り替えることによって実現しているとあります。この点は非常に興味深いです」


「……難しくて分かりませんー!」

 ハンナは頭を抱えて頭が痛いですーと言い、「寝ます!」と宣言して、テントに逃げるように入っていった。

 アキとヨシミーはその様子を苦笑して見守る。


 しばらくするとハンナは寝たようで静かになった。

 ハンナが何も掛けずに大の字で寝ているのが見え、アキは彼女に静かに毛布を掛ける。


 その様子を見ていたヨシミーは、アキのその自然な優しさと行動に、これまで見てきた人たちと違う何かを感じた。


「……自然に優しいんだな」とヨシミーは思わず小さく呟く。

「え?」

「いや、何でも無い。アキはいつもそんな風に世界のことを考えてるのか?」

 ヨシミーはアキの目を見て、心の底から不思議だという好奇心の目で尋ねた。


「ははは、まさか。……なんて言ってもヨシミーにはバレてしまいますね。はい、そうです。世界のことわりって何なのか、を考えるのって楽しいんですよ。それで、ついそんなことばっかり考えて……」

 なので、女性にはもてませんが、でもいいんです、ははは、と、ぎゃく気味にアキは笑った。

 

「実は私も世界が二進法でできていることのシミュレーションのアプリなどを開発していましてね、いつかヨシミーに見せられればいいんですけどねー。結構自信作なんですよ! 原理は簡単なんですけど、実装となるとこれがまた……」

 キラキラと目を輝かしながら熱心に自分の考えを語るアキ。

 

 そんな様子を見ていたヨシミーは、胸が熱くなるのを感じた。

 

 大人な男性だと思っていたのに、そういうところはなんだか子供っぽい。

 自分に正直で、周りを気にせず、好きなことに打ち込める。

 こういう大人もいるんだ。

 

 これまでの道中、ずっと一緒にいるが、一度も嫌な感じがしなかった。

 優しいし、紳士的だし。ハンナと自分のことを守ろうとしてくれているのがよく分かる。

 こういう男性もいるんだ。

 

 今まで自分が出会った人たちとは違う、いつも自分の目を見て、真剣に議論してくれる。

 彼は本当の私を見てくれるのではないだろうか?


 ヨシミーはアキを見つめ、頭の中でぐるぐると、考えがとりとめなく漂うのを感じた。


「大丈夫ですか? なんだかぼうっとしているようですが。すみません、話が難しすぎましたね」

 アキがヨシミーの顔を覗いて、聞いた。

「いや、そんなことはない。そんな風に考えて実際にそれを研究して生きているなんて凄いな、と思って」

 真顔でそう答える彼女。そして、フッと笑顔でアキを見る。

 

 アキはそんな彼女の笑顔に、胸がドキッとする。

 ああ、やっぱり彼女は違うんだ。これまで、こんな話をして、そういう風に言ってくれた女性はいなかったな、と。


 

 ヨシミーは、その優しいアキの目を見て、決意したように、

「なあ、アキ。これを見てくれ」

 そう言うと、片手を出し魔法陣を展開した。

 

 魔法陣上に絵が描かれる。

 魔法陣の光を駆使し、見事に絵画が再現されているのだ。

 

 魔法陣でこんなことが出来るなんて聞いたことがない。

 その発想と、それを実現する技術にアキは驚愕した。

「これは凄いですね。そういう発想はなかった。そんなことが可能とは」

「アキは、これを見て怖がらないのか? いや、利用しようとするとか」

「怖がる? 利用する? それはいったい……?」

 

ヨシミーが自分の過去を、ぽつりぽつりと話しはじめた。


 小さい頃から絵や音楽の才能があった。絵画展で何度も入賞したり、ピアノのコンクールで賞を取ったり。なので、周りからちやほやされた。でも、自分はそんな状況が疎ましかった。

「いろいろ引っ張り出されたよ。金になるし、話題になるし。その分、嫉妬や妬みも酷かったけど」

 そういう彼女の顔はとても悲しそうで。

「本当は一人だけで集中して好きなことしたいタイプだったんだけどな」

 

『可愛い女の子』的な行動を求められ、嫌になったんだ。

「自分で言うのは何だけど、ほら、……見た目が可愛い方だろ? でも本当は、男子みたいにやんちゃだっんたんだ。そして、ませてた。だから……」

 精神的成長が早く、打算的な周りの大人をみて大人不信になったんだ。


「それに、口調もきついし、無愛想だし……」

 同世代の子供とはうまくいかず、裏で悪口を言われたり、いじめられたり。それで、友達ができなかった。


「その点マギオーサVR世界は良かったな。ごつい男性アバターだと、どんな凄いことをしても、それ目当てに簡単には近寄ってこないからな。ましてや、可愛い女性目的じゃないし」

 遠い目をして悲しそうに呟くヨシミー。

 

「なるほど。可愛くて才能があると、それはそれで大変なんですね」

「……アキはそういう大人とは違うんだな」

 何かを期待しているかのように、彼女は真っ直ぐにアキを見つた。


「私は……どうでしょう。私は世界のことわりを考えているだけで幸せんです。そういう事ばかり考えているとですね、いろんな事を受け入れるようになるんです。そして、才能ある人とは議論するためには近づきたいかな? 利用するとかは考えたことも無いですよ。共にけんさんしたいじゃないですか?」


 それに、と続ける。

「私みたいに分析や実験や理論やプログラミングばかりしている男性というのは、まあ女性からは敬遠されるんですよ。私、顔もすぐに赤くなるし。なので、自分からは近寄りがたいです。そう言う意味では、こんな風に話をして引かれなかった女性は、あなたが初めてです」

 彼はヨシミーの目を真っ直ぐに見返した。


 しばしの沈黙。二人は見つめ合ったまま何も言わない。言えない。


 アキは、パッと笑顔になり「とにかく!」とごまかすように手を合わせる。

 

「まあ任せてください。私が何とかしますから。魔法陣の仕組みもだんだん分かってきましたし。そうだ、ヨシミーもそれだけ出来るんだから、私と一緒に研究しませんか?」

「は? 一緒に研究?」

「はいそうです、一緒に研究です。つまりは、お互いにせったくする仲間ですね。ハンナさんも今はあんな感じですが、彼女も他とは違う……なにか特別な才能がありそうです。三人で協力すればきっと良いことがありますよ」

 

 突然、明るく頼もしそうに言うアキ。その大人な態度と表情に、ヨシミーはなんだか安心する。

 そして仲間という言葉から沸き起こる不思議な期待感。

 でも、そんな言葉を発する彼の裏に見える密かな寂しさに、彼女の胸が少しチクリとした。

 そのことが、アキのことをもっと知りたいという強い感情を沸き起こし、ヨシミーは明確にそれを意識するようになるのであった。

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