勇者の扱い

「・・・とりあえず、必要な知識はこんなところだな。不明点などがあれば、その都度訊ねてくれれば応えよう。それと、もしよければギルドの五階に空き部屋があるから、使ってくれていい」


 この世界と魔物、それにギルドについての最低限の知識を語った後、俺はそう告げて話を締めくくった。


「部屋の件は助かる。泊まった先の宿で、勇者だなんだと騒がれるのは嫌だからな」


「注目を浴びたり、黄色い感性を向けられるのは苦手な口か?」


「どこへいくにも何をするにも、いちいち注目されてちゃ鬱陶しくてしょうがねえ」


「その意見には同感だ。それで、勇者殿の扱いについてなんだが」


「ジュデンでいい。敬称もナシだ。あんたとは、馬が合いそうだからな」


「そりゃありがたい」


「で、オレの扱いが何だって?」


「さしあたって、今のジュデンには二つの道がある」


「このままギルド所属になるか、それとも軍に入るか、か?」


「話が早いな。ちなみに、自由勝手にやりたいという場合でも、ギルドに所属するのをお勧めする。冒険者として登録さえしておけば、面倒事に巻き込まれた時に、俺を始めとするギルドのメンバーが後ろ盾になれる」


「随分と、オレに都合のいい話だな。その代わりに、必要なら手を貸してくれってか?」


「いや、束縛するつもりは一切ない。欲を言えば、さっき話したギルド直属の戦力に加わってくれるのが俺としては最良だが、強制はしない」


「・・・どうやら、軍にオレが所属するのは避けたいらしいな」


「勇者の肩書をもって軍に所属すれば、間違いなく前線でこき使われるだろうな。それに、あっちは規則やらがいろいろ厳しいから、さぞかし窮屈な思いをするだろうと思うが・・・それでもいくかい?」


「・・・」


「付け加えるなら、勇者だと名乗って相応の実力でも披露しようものなら、間違いなく救世主や英雄として祭りあげてくれるだろう。兵士の戦意高揚と、民への安心の供給の為にもな。俺としては、どちらでも構わないが、どうするね?」


「・・・束縛されるのは好むところじゃない。ギルド所属ってことにしておいてくれ」


「では、後ほど登録しておこう。ジュデンが勇者だという事を大々的に発表するのも、当面は止めておくことにしておこうか?」


「・・・いいのか?」


 ジュデンが、心底意外そうにそう言った。


「もちろん、ジュデンが勇者だと触れ回れば、こちらにもメリットはいくつもある。ただ、それ以上に面倒事が増えそうだからな」


「例えば、どういったものだ?」


「軍から勇者の所属変更を要求される可能性、皇帝への事情説明、勇者召喚に至った経緯の開示、勇者の話を聞いた冒険者達への対処、その他お偉いさんからの勇者への謁見を始めとする要望の折衝。ざっとあげるとこんなところか」


 フィゼリナがそれらへの対処を想像し、手で片目を押さえるようにして嘆息していた。また、それらを嫌そうな顔で聞き終えた勇者は、溜息の後に感想を漏らした。


「ギルドってのも、なかなか大変なんだな」


「そういうわけで、俺としてもジュデンの素性を伏せておくことはメリットがある。とりあえず、ギルドに彗星のごとく現れた大型新人ってな感じの扱いでどうだ?」


「ああ、それで文句はない。俺が実力を発揮して騒ぎになったら、そう回答しておいてくれ。・・・ただし」


「何か条件か?」


「オレが、敵の親玉を倒してこの世界に安寧をもたらした暁には、改めて勇者として祭ってもらいたい」


「・・・?目立つのは嫌いなんじゃないのか?」


「まあそうなんだが、オレに力をくれた存在との契約なんだ。オレの目的は、端的に言えば勇者としてその世界で名声を得る事、そしてオレをこの世界へと送り込んだ存在を讃えさせる事なんだ」


「迂遠な話だな。とはいえ、それなら軍に所属するのが最短の道だと思うが?」


「その過程で注目されるのは好かない。この世界を救ったら、俺は次の世界へすぐに飛ぶことになる。祭られるのはその後で充分だ」


「はは。なんともわがままな事だな、勇者ともあろうものが」


「笑うなっての。それで、返事は?」


 そう問われ、少し考えてから案を出す。


「お前が勇者であることを黙っていた事が露見すれば、俺達の立場が危うくなる。事前に、自分が勇者であったこととその素性について、書面を残していってもらえないか?俺は、お前が去った後にそれを発見したことにして、あいつこそが英雄だったんだという形でお前と手引きした存在を讃える事にしよう」


「そこらが落としどころか。いいぜ、それでいこう」


「じゃ、交渉成立だな。俺は、さっきの面々にジュデンの立場について説明してくる。その後、夕食を奢らせてくれ」


「わかった。ちなみにオレのねぐらはどこだ?」


「この先に上への階段があって、上階には一つだけネームプレートのない部屋がある。そこを使ってくれ」


 目線で階段の位置を伝えて、部屋の鍵を渡す。


「ありがとよ。とりあえず部屋で休んでいるから、夕食の時に呼んでくれ」


「了解した」





 ジュデンが上階へと向かったのを見計らって、それまで黙っていたフィゼリナが俺に耳打ちしてくる。


「よかったんですか?あんな約束して。断りなく勇者を召喚した挙句、その存在を黙秘するなんて。軍や皇帝にバレたら、ものすごく面倒な事になりますよ?」


 もっともな意見だった。俺は、目を合わせずに答える。


「その忠告はもっともだが、こちらの都合・・・というか事故で勝手に召喚した挙句、その身柄を本人の意志に寄らず引き渡すっていうのは、無責任じゃないかと思ってな」


 理屈で反論できる部分はほぼないので、情の面で反論する。フィゼリナは、なるほどと一見納得したような素振りを見せた後、目元を緩めて問いを重ねた。


「で、本音は何です?」


「あいつから、ニホンについていろいろと話を聞きたい。あと、実力が確かなら、俺や他の面子を鍛えて欲しい」


「・・・やれやれ。リスクに釣り合うとは思えませんが」


「悪いな。もしも話がこじれたら、責任は俺が取る」


「・・・まあ、私は貴方の方針に従い、支えるだけです。盟主も、自分が最善と思う道を進んでください」


 まったくありがたい秘書官に、礼代わりに肩をすくめる。


「・・・さて、ヤキモキしてるであろうリュッセル達に、説明責任を果たしに行くとしようか」


「そうですね。補佐として、私も同席します」


「頼むよ、我が片腕たる秘書官殿」


 おどけて言いつつ、俺はリュッセル達の元へと向かうことにした。

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