第5話 ~雑用担当の放課後~

「……ハル君。貴方言ったわよね? ただの留学生だって。ただの留学生がなぜ授業が終わって、帰ろうとしてる女子の後ろをいつまでもくっついてくるのよ!?」



 制服の少し短めなスカートを翻し、リリィさんが後ろを歩く僕に振り向く。端正な顔は呆れ半分と煩わしさ半分といった所。下校時の屋外で人が大量にいる時が、透明人間にとっては一番狙いやすいタイミングなのだから、諦めてもらうしかない。



「た、たまたまですよ……あはは……」



 苦し紛れにバレバレの嘘をついてみるが、射抜く様な視線はますます険しくなるばかりだ。



「教室で同時に席を立って、私を通すために扉をあけて、玄関までの数分間後ろについてくるのがたまたまなのかしら?」


 

 追求は厳しさを増していく。もう面倒くさいから、全ての事をぶっちゃけてしまいたい気持ちに駆られる。ぶっちゃける内容には、リリィさんは美少女と言っても過言ない容姿をしているし、母性を感じさせる胸をしていて、それでいてスラリとした身体をしている所が、正直に言えば比較的好みだし、そんな女の子の後ろをついていく事が仕事とはいえ、ちょっと嬉しいなぁと思わないでもないのだけど、そこまでは言う必要はないなと暴走気味な頭を冷ましつつ、なんとかこの場を凌ぐ言葉を紡ぎ出さないといけない。


「それにしても……凄い数の馬車ですね。全部生徒のお迎えなんですか?」

「ええそうよ。殆どの生徒が馬車で通学しているわね」



 先程投げかけられた質問を一切合切どこかに投げ捨ててしまった、僕の何も脈絡のない言葉にも、真面目なリリィさんは呆れながらも答えてくれる。もしかしたら、これは呆れたというよりも諦めたのかもしれない。「これ以上は時間の無駄」と判断出来る位には僕はあからさまな嘘をついていた。



「殆どって……貴族って凄いんですね」



 僕はそんな自分の中の罪悪感をごまかすように、広い中庭に停まっている馬車を見回しながら言った。口から飛び出したのは自分でも驚くほどありきたりな言葉だ。しかし、今の僕にはこれが限界いっぱいだった。

 しかし、そう言いつつもよく観察するとおかしな事に気が付く。中にまだ馬車を駐車出来るスペースはあるのに、門の外に待機してる馬車達が入ってこない事だ。僕が疑問に思った事を察したのか、リリィは苦い顔をして、補足説明を挟んでくれる。



「今門の中にいる馬車は上流貴族の子息の馬車ね。それ以外の門の外の馬車は中流以下って所かしら。こんな所にも下らない上下関係を持ち込むんだから、貴族って本当に馬鹿よね」

「ああ……そういう事ですか。確かにあまり効率的ではないですね」

「プライドと見栄ばかり高くて、努力する事を忘れた人達に価値なんてないわ。いくら血筋がよくて、才能があっても無駄ですもの」



 馬車に乗り込んでいく貴族達をみるリリィさんの目は、無価値な石ころを見るような冷たい目をしている。正直に言えば、僕としては、この国は平和な時代がそれなりに続いているので、それもしょうがない事だと感じていた。

 過去はどうあれ、今は魔術の腕前を必死に上げなくても生きていけるのだ。貴族ならば尚更だろう。彼等に必要なのは今の地位を守る事であって、魔術師として大成する事ではないのかもしれない。

 リリィさんもそんな事は恐らくわかっているだろう。その上で彼女が言いたいのは、「だったら魔術学院にくんな」という事なのかなと予想する。

 なんとなく、ピリピリした空気になってしまったので、気を取り直すように言葉を紡ぐ。



「それで、リリィさんのお迎えはどこですか?」

「うちのはよ」



 『アレ』と言って指を指したのは、馬車ではなく、四角い箱に車輪がついた珍妙な物だった。あれは『魔導車』という乗り物だ。ダンジョンから発見される遺物アーティファクトを企業が買取、それを研究・解析し、それを『魔道具』という形で再構成したものが世に出始めて早十年。魔導車はその中の一つだ。



「魔導車……ですか。あれ途轍もなく高価な魔道具って聞きましたけど……」



 そう、あの珍妙な乗り物は途轍もなく高価なのだ。それこそ、王族だとか、ほんの一部の上流貴族しか買えない程に高い。その分、馬車よりも早く、力強く、何より乗り心地が良い(実際に乗ったことはないので、噂程度だが)。



「一応……うちのパパって魔道具関係の会社だからね。あの魔導車もパパの会社で作られたものよ」



 親子仲は悪いのかと思っていたが、説明する顔は誇らし気だ。父親が嫌いというよりは、喧嘩をする何かがあって一時的に険悪になっているだけなのかもしれない。そして内心では、父親の事を誇っている……うーんよくわからない。



「って、貴方には全部わかっていた事だったかしら?」

「あ、はは。留学生の僕にはさっぱりなんの事だか……」


 

 そんなやり取りをしながら魔導車に近付いていくと老紳士が出迎えてくれた。燕尾服を完璧に着こなしたその佇まいは貫禄を感じさせる。その視線はリリィさんに向けられ、次に斜め後ろを歩く僕に向けられる。目は優しげだが、その奥には相手を探るような色が覗いている。



「お疲れ様でございますお嬢様」

「いつもありがとう、ハース」



 そんな二人を周囲の貴族達は疎ましそうに見ている。それはそうだろう。なぜって、上流貴族だけが入れる門の中に、平然としかも魔導車で入り込んできているのだから。しかも、当の本人達はどこ吹く風といった態度だ、面白くないに決まっている。そんな二人の斜め後ろに突っ立っている僕の居心地の悪さは最高潮だ。



「お鞄をお持ち致します。……それでそちらの方は?」

「彼は、今日から一週間この学院の私がいるクラスに入る事になったのハル=ノーツ君です。ヘリオス先生から彼の面倒を見るように仰せつかっています。ここまで一緒なのはらしいですわ」

「ほほぅ……」



 その瞬間、ハースと呼ばれた老執事からただならぬ圧力が吹き出る。かなり……強い。そう感じさせるだけのプレッシャーを感じるが、ここは耐える。殺気を感じないただの威圧から、きっと試されているのだろうと感じたためだ。



「ふむ。ハル様はなかなか鍛えられているご様子。お嬢様も良い御学友を持ちましたな」

「いやぁ……いきなり威圧されるのはなかなか肝が冷えましたよ」



 僕達のやり取りを隣でみていたリリィさんは心外だと態度に表しながら、



「お友達になったつもりはありません!」



 と強めの否定を放った。本人がいる前で、そこまで言う事はないだろうと思いはしたが、ストーカー一歩手前の僕に対して、ここまで付き合ってくれるだけ彼女はマシな方かと思い直す。



「あはは……嫌われてるみたいです。それでは、僕は徒歩なのでここで失礼しますね。リリィさん、また明日もよろしくお願いします。それでは」



 そう言って一礼し、大門の横にある小さな歩行者用の通用口に向かって歩き出す。背には二人の視線が少しの間だけ張り付いていたけれど、直ぐに剥がれて、魔導車に乗り込む音が聞こえてくる。


 通用口を出る時に一度チラリと後ろをみたが、馬車達の列が思ったよりも長く、彼女達が出てくるのは少し時間がかかるだろうと思われた。



「さて、じゃあ残業の開始っと」



 精神的な疲労を言葉で蹴散らし、僕は路地裏に入ると『身体強化魔術』を使用して、

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