第2話 ~雑用担当と透明人間~

「へ……? なんですかそれ?」



 社長の視線が痛い。本ばかり読んでないで少しは世間に目を向けろと言われている気がする。



「今この王都で起こっている連続殺人事件の事です」

「殺人事件? 破滅の竜アポカリプスではなくて?」

破滅の竜アポカリプス……? なんの事ですか?」

「いやいや! なんでもないです! どうぞ続きを」


 よかった……なんか知らないけど破滅の竜アポカリプスに比べれば殺人事件なんて大したことはない。



「?? えーと続きでしたね。殺害された人数はこれまでに十二人。未だに犯人が捕まっていない難事件です」

「そこまで犯人が捕まらないのも珍しいですね。魔術局にかかれば大抵の犯罪者はすぐに捕まると思うのですが……」



 『魔術局』――王国機関の一つで、高位の魔術師によって構成された警察組織。

 その捜査力は極めて高く、数々の事件を解決してきたエリート集団だ。



「それが……犯人は”透明人間”らしいんです」

「透明人間……だから”インビジブル”というわけですか」



 『インビジブル』――理論的には可能だと言われているが、未だ発見されていない幻の魔術。もし、使い手がいるとすれば固有魔術として認定され、使用者は魔術師の最高位”到達者リーチャー”に認定されるだろうと言われている。

 

 四王国では魔術師は五つに分類される。僕がみたいな下級魔術師を最底辺として、中級魔術師、上級魔術師、特級魔術師の四つが通常の魔術師だ。上級までいけば天才、特級までたどり着けるのは天才の中でも極一部。勿論上に行くほど使用魔術は難解となっていき、その分威力も規模も桁違いになる。

 

 そして、その更に上、到達者リーチャーと呼ばれる魔術師は”その人だけが使える特異な魔術を使用出来る事”が認定の条件だ。現在世界で発見されている到達者リーチャーは七名。正式には彼ら自身が固有魔術を発見したわけではなく、『一子相伝』で受け継いできた者達だ。師匠から弟子へと長い歴史の中で連綿と受け継がれてきたのである。

 そのどれもが魔術難易度、威力共に最高位であり、前提条件として特級魔術師の更に一握りの”世界から一歩踏み外した者”しか使えないと言われている。その者達を敬意と畏怖を込めて、人々は彼等を『七星セブンスター』と呼んでいる。


 因みに、僕の目の前に偉そうに座っている社長も七星セブンスターの一人だ。”第四到達者メグレズ”、”消滅の魔術師”と呼ばれている。まぁ、他にもっと色々と不名誉な呼び名もあるんだけど……それを言うと本気で怒るから口には出せない。



「ええ、そうです。”もしかしたら”ですが、今回の相手は到達者リーチャー級という事になります。ですので、お嬢様はハル様にこの依頼を任せたいと考えております」



 透明人間……かぁ。

 ”ウェールズ”でもそんな魔術が研究されてたけど、確か欠陥があるとかって……。


「インビジブルを使うと本当に透明になるんですかね?」

「どういう意味ですか?」

「国に居た時に少しだけ話しを聞いたんですけど、もしインビジブルが実在したとしても、透明人間は目が見えないとかって……難しい事は僕にもわからなかったんですけど」



 エレノアさんが面倒くさそうに口を開く。



「それはそうだろうな。人の視覚情報というのは物体に反射した光を眼球、もっと言えば網膜に取り込んで形成されるものだ。そして透明という状態は光を透過しているという事になる」

「つまり、光を取り込めなくなるから、結果として目が見えなくなる……って事ですか」

「そういう事だ。しかし、インビジブルは魔術だ。”魔術的な現象だから絶対そうだ”、とは言えないから、未だに研究している奴らが多いんだろうよ」

「どちらにせよ、使用者にしかわからない事……なんですね」

「まぁ、、な」

「どういう事ですか?」

「それくらいは自分で考えろ。なんでも私に聞いてると成長出来ないぞ?」



 それも……そうか。”師匠”にも同じ事を言われていた。

 『戦場では誰も何も教えてくれない。自分で全てに対処しなければ生き残れない』と。その教えのお陰で僕は今ここにいる。大事な事だ。



「すみません、わかりました。……それで、依頼はそいつを捕まえてこいってことでいいんですか?」

「ええとそれなんですが……実はそう簡単な話しじゃなくてですね、なんといいますか……依頼内容は護衛なんです。とある要人の……」

「護衛? それと今の話しになんの関係が?」

「実は、インビジブル事件の被害者は全員”殺人予告”を出されてから一週間以内に殺されているんです」

「つまり、今回の護衛対象にも殺人予告が出ているって事ですか」



 なんか、話しは納得する方向に進んでいる。進んでいるけど、腑に落ちない。

 ”なぜ”社長はあんなに意地悪そうな顔をしているんだ……!?



「その通りです。それで……ですね」



 シオリさんは珍しく妙に歯切れが悪い。



「要人警護のため、ハル様には”学生”になってもらいたいんです」

「もしかして、要人って学生の方なんですか?」

「そうです。護衛対象はリリィ=マーチさん。最近急速に勢力を伸ばしている企業の代表である、ジャック=マーチさんのご令嬢です」

「確かに僕はまだ学生といっても差し支えがない年齢ですけど……」

「ハル様以外に学生となって、要人の近くで警護出来る人員がいないんです。これが制服です」



 そう言ってシオリさんは白と青が特徴的な制服を渡してくる。

 これは確か……。



「学院ってもしかして……王立魔術学院ですか?」



 『王立魔術学院』――選ばれたエリートしか入学する事が出来ない魔術師の学校。

 在校生の殆どは貴族の子女達だ。

 元々この国は魔術師優遇という歴史があり、貴族達は例にもれず強力な魔術血統者達なのだ。より強い力を求めて、強力な力を持つ者を血に取り込んできた歴史を持つ。そのプライドは高く、貴族は貴族以外の魔術師を認めないと言っても過言ではない。

 そんなエリート達が通う学校が、王立魔術学院。

 

 リリィ=マーチさんは貴族でもないのにそんな学校に通っている。恐らくは才能溢れる方なのだろうと勝手に想像する。

 同時に学校では相応の苦労もしているのだろうな……と。



「そうです。ハル様には短期留学生として、王立魔術学院に通って頂きます」

「はぁ……だから社長はずっとそんな顔をしていたんですね……」



 田舎と揶揄されている島国出身の下級魔術師がそんなエリート校にやってきたら、どうなるかは火を見るよりも明らかだろう。

 それを楽しんでいるのだから、性格が悪いというかなんというか。



「ふふ、まぁいい経験になるんじゃないか?」

「ならいいんですけどね……僕に使える魔術の事は知ってるでしょう?」

「確かにではないな。だが、それがこの国の魔術師達の刺激にもなるだろうさ。学院長のマリーサはとても喜んでいたぞ? 短期ではなく、転校生として受け入れたいとまで言っていたよ」

「って、その話しだと僕がこの依頼を受ける事は事前にもう決定済みだったんですね……」

「そう不貞腐れるな。報酬は期待していい、何しろ大企業の社長からの依頼だからな」



 トマス先生の為……やるしかないか。



「わかりました。やります、やればいいんでしょ!」

「わかればよろしい。それにその制服……似合うと思うぞ?」



 ニヤニヤしながら言われても全く嬉しくない。



「私もお似合いになると思いますよハル様。お写真を撮って、額縁に入れて飾り我が家の家宝にしたくなる位です」

「シオリさん……勘弁して下さい」



 いい人なんだ。母の様な、姉の様なそんな感じがする僕の大切な人なんだ。

 でも、やっぱり……もうちょっと普通ならなぁと思わずにはいられない。



「任務は明日から一週間だ。初日から遅刻なんてするんじゃないぞ?」

「了解です。精々頑張りますよ」



 そう言って僕は任務についての詳細が書かれた紙と制服を片手に事務所を出た。

 空はもうオレンジ色に染まっていた。


 前借りした報酬は三冊分のトマス先生の書籍と相殺され、結局お金は無くなった。

 夕飯……食べるお金ないや。


§§§


ハルが出ていった事務所には真面目な顔をしたエレノアとシオリが残っていた。



「お嬢様……やはりハル様を学院に入れるのは危険なのでは?」

「お嬢様は辞めろと言っているだろ。……あいつなら上手くやるだろうさ、過去はどうあれ今は普通の子供だ」



 エレノアはハルの過去を思い浮かべて遠い目をする。過酷な戦争を僅か十二歳で駆け抜け、そして恐れられた少年の過去を。

 ややあってから、シオリが口を開く。



「そうではありません……ハル様はその……女性に対しての態度が少し……変な虫が付く可能性があります」

「あぁ……その事か。それは、どうにもならんだろうな。お前も少し過保護になりすぎだ……」



 二人はそれぞれが違う事を考えてため息をついた。

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