第43話 知っとるわ。

 妖気の流れを意識できれば、経絡けいらくを自由に設計することはそれほど難しくなかった。

 それこそ【環弁リヴォルヴィングヴァルヴ】を常時展開し、全身を細かくブロック化することも出来てしまった。纏まった妖気を使わないなら、経絡を長く循環させる必要もない。

 が……どうしても切り離しは出来なかった。まずは腕からと言われたが、指先一つすら、引っ張ろうとすると経絡が乱れて繋がってしまう。

「こればかりは、痛みに耐えるのとは全く違うからな」

 爺さんは外した右腕で背中を掻いている。孫の手か。その孫は手を外せないんだがな!

「まあ今日の今日で出来る必要もあるまい。コツとしては、そうだな。切り離した腕は、そのまま朽ちて死ぬべきなのか。心臓や脳が特別な存在で一方的に主なのか。切り離された腕がどこかで元気に生きていけば楽しくないか?」

「確かに、めっちゃ笑えますけど」

「順序は違うが、【鉄蒐スティールスティール】と【熾設レッドスレッド】を進めるといい。俺はもう行くから、あとは竜頭りゅうずと調整しろ」

「ありあたあした!」


         ☆


 昼前に戻ってきた。まあまあ進んだんじゃないの。やっぱ俺って天才?

 家の前で、ちょこちょこ駆け寄ってきたウサギに進路を妨害される。困るとニタニタ笑って喜ぶので、しばらくうろうろ困ってあげる。かわいい。

 俺は餌をあげないので、俺は格下なのである。

 飽きてくれたので自室に戻ることができた。ボロいと思っていたこの家、全体的に頑丈になった気がする。床や天井をブチ抜いた甲斐があるってもんだ。

 スマホは充電したまんまだった。着信を確認する間もなく、【熾設レッドスレッド】で手首からコネクタを形成しスマホに差す。竜頭りゅうずに急かされっぱなしだった。というか自分の行動をあまり不思議に思わない。練習の成果だな!

 友達から何件かメッセージが入っている。

 鳥羽一とばはじめ。近所の友達だ。同い年タメ。ガキの頃からこっちに来るたび遊ぶ幼なじみ。

 メッセージを返すと、即着信。

「もしー? メシ食う?」即返事。俺らのお約束だ。

「はえーわ! 正解です!」笑い声。「迎え行くわ。車買った。まえ送ったやつ」

「マジで、あれか! すっげ、正座して待ってるわ」

「よろしくです!」

 こうしている間にも意識が本棚に向く。手に取らなくてもコピーを取るように本が読めるのは、読書好きでなくても味気ないものだ。


 ネム大尉が文句を言っていた漫画を記憶した辺りで、車の音が近付いた。

 手首から生えたコネクタはもうない。何かを確保して何かを組んだんだと。わからんけど人に迷惑掛けなきゃ好きにやってくれ。

 着替えるか。適当に服を選ぶ。

 Tシャツにハーフパンツ。どちらも黒。

 偶然か、赤いラインが入っている。

 俺はまだ除隊していないようだ。


 こいつは相変わらずチェックの半袖にチノパン。ハーパンあげたんだけど穿いてくれない。

つよぽん……どうした、エステかなんか行った?」

「あ! ヒゲ剃って――あれ?」

 顔をさするが、すべすべである。ニキビ跡もない。知らなかった。

「なんつーか、そう、体調よくてさ……ピッカピカだな」滑るような濃紺の車。実物の迫力。

「わかる? コーティングしたんだよ、高いやつ」

〔知性:一般的に中古の軽自動車に施工すると引かれるようです〕

 うっせおまえ黙っとけ。

「いいじゃーん、頬ずりしていい?」

「だめだし。マジでそのジャラジャラぶつけないでね?」

「ジャラジャラは俺の一部ですよ? いっちゃんもあげたやつ付けてこいよ」

「どっか引っ掛かったらクビ絞まるじゃん」

「いやーすげーわ、大人だな。さすがお釈迦様と誕生日いっしょ」

「あ、それでさ、つよぽん通いでとか言ってたじゃん。ぜってー合宿にしろし。いろいろ勘弁してくれっから」

 あー。免許欲しいけど、自分一人なら車より【貌喰かおぐらい】掛けて走ったほうが速そうだな。

「勘弁てなんだよ、やらかしたんか。てか感じ変わったよね。大人になっちゃった?」

「わかる?――鳥羽一とばはじめ、ついに〝卒業〟しちゃいました!」

 腰振るな。きめえ。

「おっほー、おめでとう。彼女できたん?」

「いや……そういうんじゃないけど、流れでさ……行くか?」

「あざっす、お世話になります!」

〔理性:異常な脳波を感知〕

 うっせおまえ黙っとけ。知っとるわ。


 ジェットコースターは、信用しているから楽しいんだな。

 ファミレスでそんなことを考えながら、はじめのラノベ設定を聞いている。

「――それで、時空を超えて漂着した渡場とば一族が光の鳥羽一族となり、邪馬台国より続く歴史の闇である邪馬やば一族の末裔、鵺羽一族と戦うわけよ。いやモデル居ると妄想捗るわ。これで印税生活だな!」

「はえーわ。荒事しかしない系は飽きるよ。てかモデルって何だ、俺とお前が戦うんか。共闘しようぜ。二つの世界を繋ぐ大地を統べる神霊を鎮めるとかさ」

 さっきどっさり読んだから傾向がわかる。荒事もそうだし、主人公が特化能力でしか活躍できない作品はつまらない。面白い作品は、むしろ特化能力以外が好きになる。

「なんだよー、急に話せるじゃん。でも弱いからって集団でボコるの嫌いなんだよな。そんなの強い奴が集団で来たら終わりじゃん」

「それなー」


 精神には侵入できない。

 それでも……俺の脳波に反応した眼球の細動を精密に分析すれば、記憶されたイメージの一部を再生できてしまうんだよ。

 お前。

 集団でボコるの、嫌いじゃないじゃん。

 しかも。

 よりによって――奈落の瞳あの女を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る