第11話 見えちゃうから!

 ちっちゃな魔の手から解放されたリン少尉は、遅れを挽回すべく豚しゃぶを楽しむ。やはり妖気を使うと腹が減るんだろう。

「敵の親玉やっつけたあれ、凄いですね、あの、銃みたいなやつ」

「レア食材だめにしちゃったやつ?」

「うわーん」

「まぁ冗談は置いといて、結構きわどかったな。【単圧ひとえあつ】は獣の術をパクって改良を重ねたものだが、対策が無いわけじゃない。今回の異常な獣なら、破られる可能性もあった。我慢してカウンター一本に絞ったのは偉い」

 頭を撫でる。豚しゃぶをもぐもぐする少尉は幸せそうである。

「でも何か……銃みたいなのに、星っぽい光の、着弾が一瞬?」

「見えるのかアレ、才能あるな」少女も負けじと豚しゃぶをもぐもぐして、続ける。

「契闇流妖術は、完全に理屈がわかってるわけじゃないんだけど、【単圧ひとえあつ】は――そうだな、風船を押すと同時に風船の向こう側も押されるだろ。そして風船の破れた場所から空気が漏れる。うっわ流石だな私、めっちゃわかりやすい!」

「全然わかんないですよ少佐。二つのモードを別ければいいんです。一つは、空気中の妖気が破断してない場合。妖気を正確に感知できる範囲を狙撃する。弾を飛ばすんじゃなくて、風船の向こう側の押される場所を指定できる感じ」

「ほ、ほぅ、やるようになった。んでもう一つが空気中の妖気が破断した場合だな。破断の要因と不安定な周囲の妖気を巻き込んで狙撃する。威力は見ての通りだ。破断の要因は妖気に限らない。戦国時代で火薬が滅んだのはこのせいでもある」

「でも遠くから狙撃されたら間に合わないんじゃ……」

「割に合わないな。撃たれれば死ぬかも知れないが、撃った奴は必ず死ぬ。言い忘れたが、二つ目のモードは、妖気を感知する必要はないんだ。見えなくても発砲音でこちらも応射すれば、数瞬遅れ程度でも全周からの衝撃で挽肉。盾では当然防げない。みやこにある歴史資料館に人が入れる分厚い鉄球があったけど……少し考えればわかると思うんだが、

「挽肉……」豚しゃぶもぐもぐ。おろしポン酢うめえ。

「さてそんなことより、締めは何にする? おやつだから締めナシのつもりだったんだけど、あれだ、よし、中締めだ!」

「そんなだからガチャで豚しか引かないんじゃないですか?」

「はっきり言う。気に入った」

 何だか盛り上がっている。これがガールズトークってやつか。


         ☆


「ちょっと会議に出てきます」

 平たくコシのあるうどんを楽しんだあと、リン少尉は席を立つ。何でも蛇尾ひとでで会議ってわけじゃないんだな。

「もうレポート上げたんでしょ? 研究所ウチの仕事じゃなくない?」

「どっちかというと別件のほうです」

「んむ。適当に切り上げるんだよ?」

「はい。調査のほうは参加しませんので」

 少尉は俺を見る。

「キミの会議のイメージと違うと思うけど、蛇尾ひとででは複数の議題を話し合って、同時に本人は誰かと対面で話すの。入退室は自由だし、無駄もない」

「聞いただけで頭がおかしくなりそうです」

「こればかりは慣れだね。妖智舎ようちしゃから遊び感覚でやってることだから」

 また後で連絡する、と、少尉は去って行った。

 銀髪黒衣の少女は赤いシロップの掛かったアイスを食べている。

「……いよいよ、おやつ本番なんだね」

「わかってるじゃないか。ちなみに原料のザクロもアイスも輸入品だ。誰でも食べられるが、私ぐらい活躍しないと竜頭りゅうずに抑制される超贅沢品」

 そんなシステムなのか。そしてお嬢ちゃんはどこかで活躍しているんだな。天才キッズか。

「抑制って?」

「欲しくなくなるんだ。合理的で悍ましい究極のコントロールだな。生まれたときに『へそ』に生命維持用の極小デバイスを入れるのは強制だが、成人検査でデバイスを受け取らない人はほとんどいない。病気も飢餓も犯罪も失業もない、メタリックな楽園だ」

「便利すぎるし、命も懸かってるしな。お嬢ちゃんは平気なの?」

「あ~、指輪か……」

 空になった器を眺め、少女は名残惜しそうにスプーンをチロリと舐める。

「……使ってたけど、嫌になって、飲んだ」

「どんだけ食いしん嬢だよ」

「軍曹は――軍曹は自由だ。コントロールと言ったが、競合が起きなければ意志は尊重される。過去最も自由な選択をした人は、どうなったと思う?」

「最も自由。王様とか。ダメだ競合するか」

になったんだ。何年も掛けて。今でもみやこの外れに生えてる。もう完全に木なんだけどな。まぁそれほどまでに自由だ。今すぐに指輪を外して軍を抜けてみやこで生活を始めてもいい。役所に行けばすぐに民間のデバイスを貰える。今すぐに全て放り投げて帰還のための研究だけをしてもいい。それほどまでに自由なキミにお願いだが――」

 器に残ったアイスの跡をスプーンでなぞる。

「――いや、まずはオフ炉からだな。オフの話だから聞かなくてもいい。さっきあの子も連絡すると言ってたが、応じなくてもいい。どうかな?」

「選択肢もないし、聞いてから考えるよ」

「それもそうだ」

 少女は背もたれに寄りかかり、自分の腕を抱える。黒いレースに白い肌は妖しい。

 目が行ったのがバレたか、笑みを浮かべ目を細める。

「この施設の運用には膨大な妖気が必要。個々が発する妖気を集めてもまるで足りないし、人はバッテリーじゃないしね。だから特殊な方法で賄う必要がある」

 腕を抱えたまま下から覗き込むように近付く。わざとか。見えちゃうから!

「オフ炉というのは、オフタイムに妖煌炉ようこうろで男女が営むことだ」

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