第24話 結婚式までのお付き合い

それから2週間後に僕の両親が上京して、奈緒の家を訪問した。どうしてもご挨拶しておきたいと言うのでそうしてもらった。それが正式な婚約の日となった。


その時までに結婚式と日取りについて奈緒と相談した。僕はできるだけ早く式を挙げて一緒に住みたいと思っていたが、奈緒もその方がよいと賛成してくれた。それで内輪だけで式を挙げて、披露宴はしないで、両家族だけの食事会をすることにした。


移動する人が少ないように、場所は東京で行うことにした。これなら僕の両親が来てくれればよいだけだ。兄夫婦もこちらに住んでいる。


双方の両親はそれらを納得してくれた。それで式場を探した。11月9日土曜日に原宿の式場で11時からの予約が取れた。


新婚旅行は近場へ1泊2日で行くことにした。箱根の強羅の温泉ホテルを予約した。次の日は芦ノ湖まで行って帰ってくることにした。正月休みには海外旅行を計画している。


◆◆◆

結婚式まで約1か月ある。もっと早くしたかったが、どうしても式場が空いていなかった。その間、奈緒とどういう付き合いをしていけば良いか考えた。


普通ならば、今が二人にとっては一番良い時で、アツアツのラブラブで良いのだろうが、奈緒との約束がそれを難しくしている。


毎週末に会ってデートをするのは良いとして、具体的にどうしようか? 奈緒に相談したところ、彼女の希望は街や公園を一緒に歩いてそれから簡単な食事をするだけで良いと言った。


それと僕の部屋には来ないことにした。また、僕がその気になるといけないのと、そうなったら今度こそ修復は難しいと思ったからだ。でも奈緒の家には来てほしいと言われた。自分の家と部屋なら安心なのだろう。


それからは二子玉川から多摩川の川べりを随分二人で歩いた。上流と下流へ歩けるだけ歩いてみたりもした。自由が丘の街も、代官山、渋谷、原宿、表参道、青山の街も歩いた。僕のマンションの前の洗足池公園も歩いた。


ほとんどが午前中から夕刻まででそれ以降に会うことはなかった。まるで小学生か中学生とデートしているようだったが、奈緒はそれをとても楽しみにしていたし、喜んでいた。これは間違いない。


僕は奈緒に聞いてみたいことがあった。僕は突然恋に落ちて奈緒に結婚を申し込んだ。あの時は勢いで申し込んだ。後悔はもちろんしていないが、何でその気になったのか自分なりに明確にしておきたかった。


「僕のどこが気に入ってくれたのか、教えてほしい。好きなところでもいいから」


「一度は約束を破ったけど、それからは守ってくれています。信頼できるところです。一緒にいて安心できるというか」


「でも、また約束を破るかもしれないけど」


「それは絶対にないと思います。今は信頼できますし、信頼しています」


「それだけ? ほかに何かないの? プロポーズしたとき断らなかったのはどうして?」


「良く分からないのです。どうしてか?」


「そんなことはないだろう。分からなくて受け入れたの? よく考えて教えてほしい」


「きっと、あなたなら私のことを分かってくれて私を変えてくれると思ったからかもしれません。今思うとそのような気がします」


「僕はまだ君の半分も分かっていないと思うけど、これから分かってあげたいと思っている。それにまだ君を少しも変えていないと思う」


「私は随分変わったと思っています。こうして決心してプロポーズをお受けしましたから。あなたは私のどこが気に入ってくれたのですか?」


「初めて会った時、綺麗な人だなと思った。僕は元々面食いで綺麗な人が好きだったから。それに君には何か影があるような気がした。僕が助けてあげたい衝動にかられるような」


「私に影が見えるのですか?」


「ああ、時々だけど寂しげな表情を見せるときがある。そういう時は抱き締めたくなる」


「結婚したら、そうして下さい」


「ああ、そうしよう。でもなぜ今はダメなのかな」


「どうしても。結婚してからお願いします」


「まあ、楽しみにとっておこう。ほかに気に入っているところだけど、いつでも僕より早く着いて待っていてくれた。僕は今まで待っていたことが多かったけど待たれることはほとんどなかった。だからとても嬉しかった。僕は誰かに好きになってもらったという実感が今までなかった。でも君が僕を好きになってくれていると感じることができた。そして僕を理解しようとしてくれた。それが嬉しかった」


「ただ、お待たせするのは悪いと思っただけです」


「それだけ僕に誠実に接してくれている証拠だし、それが好意を持ってくれている証拠だ」


◆◆◆

奈緒は手料理を食べてほしいと自宅の食事に何度か招待してくれた。和食、洋食、中華と行くたびに違ったメニューを用意してくれた。


料理を待っている間、僕は父親の幸一さんと話す機会ができた。父親は人事部長と聞いていたので、事務系の人かと思っていたが理系で工学部を卒業していた。技術者の採用と配置が重視されている会社なので人事部長を3年前から務めていると言っていた。その前は企画開発部門にいたそうだ。


僕のことを人事部長としてどう見ているか気になったので、採用面接について聞いてみた。


「採用するときは、その人に仕事や技術のセンスがあるかどうかを重視しています。キラッと光るものがあるか、それが見えるかどうかです。センスはきっと生来のもので、努力したからといって必ずしも補えるものではないと思っています」


「そういう人はどのくらいいますか?」


「1年間でせいぜい2,3人くらいですか、そのうち一人でも採用できれば良いと思っています。将来、会社を背負ってくれる人になる可能性があります」


「そうじゃない人も採用しているのでしょう」


「一心不乱で仕事や研究をしてくれそうな人、多面的な視野を持つ人、与えられた仕事を真面目にこなす人、要領の良さそうな人、そういう点からいうといろいろなセンスを見ているのかもしれませんが、いろいろな個性の人を採用することを心がけています」


「社内がまとまりに欠けませんか?」


「同じ考えの人ばかりだと一方向へ向かってしまうリスクも増えます。それに危機的状況になったときに、いろいろな方策が出てくると思っています。これも危機管理の一環です。究極の危機管理と言えるかもしれません」


「僕はどう見えますか?」


「植田さんは人との付き合い方というか、人との接し方に優れていると思います。人の気持ちが分かる。他人への心配りというか配慮ができる。そういうことは誰でもできると思っていられるでしょうが、そういうことができる人は少ないのです」


「僕は自然に振舞っているだけですが」


「それは生来のものだからです。努力してもなかなか身につかないものです」


「褒められているのでしょうか?」


「もちろん、あの難しい潔癖症の奈緒の気持ちを掴んでいるのですから、感心しています。どうか娘をよろしくお願いします。植田さんなら奈緒を任せても安心です」


父親の幸一さんから褒められた。半分はお世辞だろうけど悪い気はしなかった。


料理がテーブルの上に並び始めた。奈緒と母親の順子さんが作ってくれた料理だ。和食のフルコースになっている。外で食べるよりも私と母が作った方が美味しいと言っただけはある。趣味は料理とあったが、料理が好きで中学生の頃から母親の料理を手伝っていたという。


今日は弟さんの正人君も同席するということで、奈緒が2階へ呼びに行った。正人君は奈緒の2歳年下で医学部を卒業して今は小児科医の研修中とのことだった。病院の研修が忙しくて、3回目の訪問で初めて会うことができた。


一目見て、優しいお医者さんになりそうな感じの良い好青年と思えた。姉に輪をかけた潔癖症で未だに恋人もなく父親の幸一さんは心配していた。直感的に僕とは気が合いそうだと思った。正人君も僕を一目見て、義兄ができて嬉しい、何かあれば相談に乗ってほしいと言ってくれた。奈緒の家族とはうまくやっていけそうなので安心した。


食事が始まった。今日は和食を用意してくれたが、どれをとっても味つけが優しい。母親の順子さんは京都出身だとか、味つけが関西風で我が家の味付けと似ている。これなら結婚したら食事が楽しみだ。


結婚式までに洋食と中華の食事にも招待してくれるということで、日を変えて洋食と中華料理もご馳走になった。どちらもレストランの味に劣らなかった。


順子さんは専業主婦で料理好きだったので、講習会や料理教室へ行って覚えたと言っていた。奈緒にも教えているので食事は安心してほしいと言われた。


僕は確かに良いお嫁さんを選んだのかもしれない。この2か月でますますそう思うようになった。それにご両親は僕に気を遣って大切にしてくれた。結婚すると嫁の家に行くようになると言われるがその意味が分かった。反対に夫の家から遠ざかるということも頷ける。兄貴夫婦もそうみたいだ。

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