第15話 偽り


 奥の台座にあった赤のクリスタルにも触って、残すは右上と右下の部屋の二つだけになった。


 とりあえず右上の部屋を選択した俺たちは早速向かったわけだけど……いつもと何か様子がおかしい。というのも、リリアが今までのように慌てて戻ってくるわけでもなくゆっくり歩いてきて、しかもやる気なさそうに『みどりちゃん』と一言発するだけだったのだ。


 さらにダリルが半ば呆れ顔で奥に進んでいくし、ロッカも躊躇なく続いたかと思うと欠伸するしで、今までと比べて妙に緊張感がなかった。


「……なっ……」


 その理由は、奥に進んでみてよくわかった。クリスタルの前に人の形をした樹が立っていたのだ。あれが緑のガーディアン……。頭は葉っぱで覆われ、目や口は空洞で鼻がとても高い。細長い腕に、太すぎる足……。根を張っていてそこから動けない様子だった。


 な、なんだか可哀想になってくる番人だ。番人の中じゃ今までで一番それっぽいんだが……。


 近寄るとシュルシュルと枝を伸ばしてきたが、あっさりとダリルとリリアに切られていた。


 でも、そこはやはり腐ってもガーディアン。どんなに切られてもめげずに枝を伸ばしてくる。再生するスピードが半端ないのだ。ただ、相手が悪すぎた。ダリルとリリアがそれ以上の勢いで切り落としていて、既にやつのすぐ間近に迫っていた。


『……オオォッ……』


 お、標的を変えたらしく枝がこっちのほうに伸びてくる。人質作戦でもやるつもりなんだろうか。


「大人しくしないと燃やしちゃうよぉ?」


 ロッカが前の戦闘で【維持】していた火柱を解き放ち、枝は一瞬で灰になった。それがよほど効いたのかもうこっちには伸びてこない。わかりやすいやつ……。


「一気に行くわよ! それっ!」

『オ……オオオオォォォッ……!』


 とどめとばかりに太陽の剣に持ち替えたリリアを前にして、緑のガーディアンは芸術品のように加工され、燃えながら昇天した。


「ふう……って、しまった……」


 あれ、リリアが青ざめてる。


「リリア?」

「……ウォール、ごめん……」

「ん?」

「盗むチャンスが……」

「あ……」


 てか、正気を失う恐れがあるから一日に盗む量は最小限に控えるべきってダリルと話してたし、一回盗んだだけで今日はもういいんだけどな。


「本当にごめん……」


 リリアが涙ぐんでる。この子はシャイだし割と小心者なんだよな。


「いや、いいよ。今なんか調子が悪いから盗むのはもうやめようと思ってて……」

「え、本当?」

「うん」

「それならいいけど……」

「「……」」


 俺はダリルと目を合わせてお互いにうなずいた。わかってくれてるみたいだ。本当のことはあえて言わないほうがいいんだと。正気云々のことを話したら嫌なことを思い出させちゃうからな。




 ※※※




 緑のクリスタルに触れた後、俺たちはすぐに右下の部屋に向かった。これがラストだ。緑の番人をあっさり倒したから休む必要がほとんどなかったっていうのもあるけど。


 クリア目前なせいか、俺だけじゃなくて全員の足の進み方が今までよりも速くなっていた。


 みんな早く次の階層を俺に見せてやりたいと思っているのかもしれない。俺もダンジョンに慣れてきたのか、早く次に進みたいと思うようになってきた。


 消去法で無色のクリスタルガーディアンが出てくるのが確定してるということで、今までのようにリリアが【分身】で索敵することはなかった。ただ、みんなの顔色がさっきまでとは全然違う。明らかに緊張してるのがわかるんだ。この階層で無色のガーディアンが一番強いのは雰囲気ですぐに察することができた。


「――来る!」


 左下の部屋に入っていきなりだった。敵の来襲を知らせるダリルの声で驚く暇もなく、小さな竜巻のようなものが物凄い勢いで迫ってきた。


「ちょっ……!」


 身構えていたおかげで、俺はなんとかロッカの避ける動きについていくことができた。


「う……?」


 あれ、なんか肩がひりひりすると思ったら、服だけじゃなくて肌も裂けて血が薄らと出てるし……。当たってもいないのにこれか。しかも、迂回して続けざまにこっちへ向かってくる。なんで俺とロッカのほうばっかり――


「――それぇっ」

「あ……」


 ロッカの手から枝が幾つも伸びて、風でバラバラになったもののそれが盾になったらしく今度はなんともなかった。なるほど、水鉄砲、火柱ときて今度は枝木か……。


「さっきは枝を出すの忘れててごめんね、ウォールお兄ちゃん……」

「だ、大丈夫。掠り傷だし……」


 ここまで守られてると情けなくなるけど、ロッカは本当に頼もしい。聖母状態だともっといいんだが、さすがに高度なマインドまで【維持】すると疲れるだろうしな。


「はああっ!」

「せいっ!」


 ダリルとリリアが抜群のコンビネーションで挟撃するが、いずれも進路さえ変えられずあっさり風の鎧によって弾かれていた。


「くっ……」


 その分、こっちが避けるのは楽になったけど、今までと比べられないくらい強いな、この無色のガーディアン。執念すら感じる。


 一体どうやって倒すんだよこの化け物……。やつが一心不乱にこっちへ体当たりしてくるところを俺たちが木の枝でガードしつつなんとかかわして、そこにダリルとリリアが飛び込みざま攻撃する。その動作の繰り返しだった。


「ウォール君、耐えるんだ……!」

「え?」

「それだけでいいから、とにかく今は耐えるんだ……」

「う、うん」


 ダリルの言ってることがよくわからないが、多分このままでいいってことなんだろう。


 ……ん? なんか竜巻の向かってくる勢いが段々弱まってきてるような。避ける際には思わず目を瞑ってしまいそうになるほど鋭い風を感じたものだが、今はそこまで伝わってこない。


 そうか……竜巻は枝や壁にぶつかっていくうちに勢いをなくしていったんだ。そこにダリルとリリアの攻撃も加わって見る見る削れてきてる。なるほど、こうやって倒すのか。


「ねえウォール、まだ調子悪い?」

「あ、うん。当分盗めそうにないかな……」

「オッケー! んじゃあ、一気にいくわよ、ダリル!」

「ああ!」


 弱った竜巻はあっという間にそよ風へと変えられ、空気と同化するように消えていった。


「……さあ、ウォール君、全ての番人を倒したからこれが最後のクリスタルだ。触ってくれ」

「触りなさい、ウォール!」

「ウォールお兄ちゃん、触ってぇ」

「……」


 最後のクリスタルもみんなに押される形で俺が触ることになった。これで一階層クリアだと思うと感慨深い……。


 ――ククク……愉快だ……。


「うっ……?」

「ウォール君?」

「ウォール?」

「ウォールお兄ちゃん?」


 あれ、なんだ今の……。なんか変だったな。一瞬だけだが頭が真っ白になっていた。まさか、正気を失う兆候じゃないだろうな、これ。でも、一度しか盗んでないしなあ。さすがに気のせいだろう。そう思いたい。


「な、なんでもないよ」

「ウォール君、本当に?」

「うん」

「ウォール、正直に言いなさいよ。具合悪いなら一度戻ってもいいのよ?」

「いや、大丈夫」


 実際、もうなんともないしな。変に心配させるよりはいいだろう。


「ウォールお兄ちゃん、風邪気味なのかな?」

「あ、そうか。ウォール君、山頂に行くときの風にやられちゃったのかな?」

「そうなの?」

「みんな、俺は本当に大丈夫……あっ……」


 喋ってる途中でリリアにおでこを触られた。


「……んー、熱は全然ないみたいよ?」

「よかったぁ」

「それなら本当に大丈夫だね」

「でもウォール、無理だけはしたらダメなんだからねっ!」

「わ、わかったよ……」


 みんなが勝手に風邪気味だと解釈してくれたおかげなんだが、上手くごまかせたようでよかった……。

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