第6話 シークレット


「ふー……」


 訓練を終えて風呂に浸かるこの瞬間がなんとも幸せだった。ここに来てもう十日ほど経つのかな。最近は目に見えて自分の体が引き締まっていくのを感じる。最初の訓練でいきなり腰を痛めて何日か休んだが、今は嘘みたいに体がスムーズに動くようになった。


 ダリルによれば、第二段階の訓練にそろそろ移行できるとのこと。そこで上手くいけばアビリティ発現があるかもしれないっていうから楽しみだ。発現すると体中が熱くなる感覚に包まれるらしい。いやがおうにも期待で胸が高まる。


 あー、早くアビリティを発現させてみんなとダンジョンに行きたいもんだ……って、なんかのぼせてきちゃったな。そろそろ上がるか。


「「あ……」」


 風呂から出ようとするとダリルと鉢合わせしてしまった。


「ちょうどよかった。ダリル、第二段階の訓練っていつやるの?」

「ウォール君……。ちょ……ちょっと、今は考え事してるから……」

「え?」

「ととっ、とりあえず一人にしてくれ!」

「ダリル?」


 あっという間に風呂から押し出されて、戸が乱暴に閉められる。なんだ? ダリルの顔、真っ赤だったな。なんか嫌なことでもあったんだろうか。


 たとえば、リリアと痴話喧嘩とか? もしそうならフォローしとかないとまずいんじゃないかな。新人が出しゃばるなと思われるかもしれないが、男同士でないとわからないこともあるだろうし……。よし、そうと決まったら特攻だ。一気に風呂の戸を開け放った。


「ダリル、俺でよければなんでも話聞くよ」

「う……?」

「え……?」


 そこにいたのはダリルじゃなかった。豊かな胸の少女……。え、誰だ?


「――いやあああっ!」

「ぐわっ……」


 投げられた洗面器が顔面にヒット……した。




 ※※※




「ウォール様? 大丈夫でしょうか……?」

「あ……」


 気が付くとそこは俺の部屋で、側にはあの謎の少女がいた。どうやら彼女に洗面器を投げられた結果、気絶してしまったらしい。かなりのぼせてたしな……。


「なんともないみたいでよかったです……」

「だ、誰なんだよ、あんた……」

「……ダリルです」

「ええ……?」


 そこでダリルのアビリティが【反転】であることを思い出してはっとなった。


「つまり、性別逆転してたのか……?」


 というか性別だけでなく、姿も全然違う。そこにいるのは眼光鋭い短髪の男じゃなくて、気品漂うお嬢様然とした長髪の女の子だった。


「これがわたくしの本来の姿なのです……」

「そうだったんだ……」

「はい……」


 恥ずかしそうに顔を伏せるダリル。喋り方だけじゃなく、仕草とかも全然違う。まるで別人だ。何もかもすっかり反転しちゃってるみたいだ。


「このことはリリアもロッカも知ってるの?」

「はい、知っていますよ。仲間に隠し事はしたくないですから」

「でも、俺は知らなかったけど」

「……ごめんなさい。隠すつもりはなかったのですけれど、なんだかあえて言うのも恥ずかしくて……」

「……あ、いや、気にすることは……」

「……ぐすっ……」


 涙ぐんでるし、可哀想なくらい縮こまっててどうも話しにくい。こんなに綺麗な姿なのに男になっていたのはなんか事情がありそうだな。


「とりあえず男に戻って話をしようか」

「……よいのですか? ウォール様……」

「うん。そのほうが話しやすいだろうし」

「はい、ありがとうございます……」


 ダリルの姿が見る見る変わっていく。……いつものダリルだ。思わず目を擦って二度見してしまった。


「あはは……。なんか……あの子が迷惑かけちゃったね」

「い、いや、気にすることないよ」

「それならいいけど」


 苦笑するダリル。あの子って言い方、まるで他人事のようだ。同じように動揺してたのは俺の裸を見たときくらいで普通に別人っぽい。演じてるというより自然にスイッチが入るのかもな。


「迷惑かけたお詫びっていってはなんだけど、あの子のことを深く話そうと思う。聞きたい?」

「そ、そりゃ……」

「はは。男の子だもんね、ウォール君は」

「……」


 ダリル、なんか変な意味で誤解してそうだな……。


「あの子は王族の娘なんだ」

「えええ……?」


 どこか良い家のお嬢様っぽい感じは滲み出てたけど、まさか王族だったなんてな。


「みんなが羨む立場に見えるかもしれないけど、あの子はそれが嫌で仕方なかった。結婚相手も最初から決まってるようなものだし、ダンジョンどころか外出さえろくに許されない環境だったんだ」

「そりゃ、王族の子ならね……」

「ああ。だから思い切って家出したんだ。裸足で城から抜け出して、髪を切って変装までした。教会で洗礼を受けて、アビリティを授かったら夢にまで見たダンジョンへ行くつもりだった」

「……でも、ノーアビリティーだったと」

「そうそう。あの子、がっくりと膝を落としちゃってね。おまけに、そのことが原因で正体がバレたらしく、憲兵に追われる立場になっちゃうし。しかも、追手から逃げた先が盗賊たちの隠れ家、つまりここだったんだ」

「へえ……」


 本当に盗賊たちの隠れ家だったんだな。


「だからしばらく床下に隠れてたんだけど、ある日憲兵たちが大勢押し寄せてきて、みんな抵抗したせいでやられちゃって……でも、一人だけ瀕死になりながらも床下に潜り込んできてそこで巡り合ったんだ。有名な大盗賊で、ウェズナーって人だった」

「ウェズナー……」


 そういや、なんか聞いたことある。一際眼光の鋭い盗賊がいて、睨まれただけでしばらく動けなくなるほどだとか。ま、まさか……。


「ダリルの姿って、もしかして話に出てる大盗賊のウェズナー?」

「ああ。この経験がかなり影響したんだと思う。しばらく話してたんだけど、憲兵たちに見つかっちゃって……」

「ありゃりゃ……」


 憲兵だってバカじゃないし床下も調べるよな、普通。


「ウェズナーは囲まれてその場で処刑されてしまったけど、あの子を人質にするようなことは決してしなかった。凄く怖かったけど、思っていたよりずっといい人だったんだ」

「そうか……」

「それから憲兵たちに保護された結果、正体がバレちゃって城まで連れていかれることになったってわけ」

「……それで、よく逃げられたな」

「なんせ王族の娘だし、縄とかで繋がれるようなことはされなかったしね。逃げてもすぐ捕まえられるだろうと思って、舐めてたってのもあるだろうけど」

「実は凄くダリルの足が速くて、憲兵たちの目を盗んで一気に逃げてきたとか?」

「いや、遅いよ。凄く……」


 そりゃそうか。お姫様だしな。でもそれでどうやって憲兵から逃げ切ったんだろう。


「このまま帰りたくない。なんとか逃げなきゃって、そう思ってたら、体中が熱くなって……」

「それって、まさか……」

「そう。後天性アビリティ【反転】が遂に発現したんだ。気付いたときにはウェズナーのような姿になってて、周りにいた憲兵たちが怯んだ隙に逃げた」

「なるほど……」


 なんとなく、ここが幽霊屋敷呼ばわりされてた理由もわかったような気がする。偶然というより、彼女がそれまで経験してきたことが生きたんだろうな。変わりたいという願望が生んだアビリティなわけだ。


「なるほどなるほど……」

「「あ……」」


 俺とダリルの声が重なる。ドアの向こうから聞こえてくるのはリリアの声だ。いつの間に……。


「あら、もう話は終わったの?」


 急いでドアを開けるとリリアがにやけながら立っていた。その後ろには気まずそうなロッカもいる。盗み聞きに付き合わされた格好か……。


「話は聞いたわ。まさか、ダリルにそんな過去があったとはねえ……」

「え、リリアたちは知らなかったのか?」

「女の子なのは知ってたけど、実はお姫様だったとかは初耳よ」

「そうなのか……」


 男になることも【反転】があるからってことで説明がつくことだしな。よく考えると、何かきっかけでもないと話し辛いことかもしれない。


「なんか、とってもいい雰囲気だったけど、気のせいかしらねえ?」

「いい雰囲気って……そ、そんなわけないよね、ダリル……」

「そ、そうだね」


 呆れてダリルのほうを見るとはっとした顔で目を逸らされた。おいおい、なんだよその反応……。


「ヒューヒュー!」

「い、いや、違うって……」

「まあいいけど、ダリル。あんまり奥手だとあたしが貰っちゃうわよ? ウォールをこのナイスバディーで悩殺しちゃうんだから……」


 いやらしく足を上げて太腿を見せてくるリリア。最初はちょっと動揺してたんだが、慣れたもんで何も感じなくなってしまった。


「くう……。ウォール、少しは恥ずかしそうにしてよ。これじゃまるであたしがバカみたいじゃない! ほら、ロッカもやりなさい!」

「は、はぁい……」


 何故ロッカにもやらせるのか……。幼児虐待だろ……って16歳以上か。

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