3.

「李君、どうして日本に来ようと思った?日本に来た方が儲かるとか、技術が身につくと思った?それとも、いずれは国に帰って向こうで自分の会社を興そうとかって考えてるの。」

李よりも何歳か若いくらいの女がぞんざいにそう聞く。

「日本の会社でコネを作って、中国で起業すれば仕事はいくらでもあるだろうな。何しろ今中国は急成長しているし。日本と中国の交流はもはや止めようとしても止まらないからな。」

「いえ、つまり、僕は、日本が好きなんです。僕が日本に来たのは日本が好きだからです。中国の仕事が嫌で嫌で、たまらなかったからです。」

「どういうこと?」

みな興味深そうに李の返事を待った。

「僕は、上海でも一番良い美術の大学を出ました。卒業して就職が決まって、一生懸命働いてばんばん金儲けするぞ、そう思っていました。でもね、日本だと、一つの仕事を任されたら、普通一週間とか一ヶ月くらい時間をかけて仕上げますよね。中国では違うんです。三日とか、ひどいときには一日で結果を出せって言われる。」

「毎日ウェブサイトを更新する仕事とか、折り込みチラシに載せる商品を定期的に差し替えるとか、そんなんだろ、どうせ?」

「いえ。たとえば、ある会社のウェブサイトを立ち上げるとするでしょう。そのデザインをすべて僕がまかされるんです。」

「すべて?そんな馬鹿な。一人で一つのサイトを作れるわけがない。どんなしょぼいサイトだって、そりゃあり得ない。」

「いえ。全部です。バナーとか、ロゴとか、ボタンとか、画像とか。レイアウトとか。」

「へえっ。で、それをどうやって一日で仕上げるんだい?たった一人で?不可能だろ。」

「イラストとか写真とか全部自分で作るから時間がかかるんだ。そんなことは無駄だ。全部よそからぱくってこい。それで十分だ、そう言われるんです。」

なるほど。だから中国には、どこかでみたような、やっつけ仕事のサイトばっかりあるんだな。みなは納得した。


デザイナーやイラストレーターなどのクリエイティブな仕事をする連中は、自分のオリジナリティのない仕事は死ぬほど嫌だ。名刺やチラシなどの頼まれ仕事で、完全に束縛された仕事であろうと、一つ一つの絵を自分が描いてレイアウトしているからこそ、クリエイターとしての自尊心が保たれるのだ。日本ならどんなひどい会社でもその一線は守られる。そう、著作権というものがあるから。著作権が守られてない国でデザイナーが生きていくってことがどんなに精神的につらくてみじめなことか。

「僕は、子供の頃から日本のアニメが好きでした。中国のアニメはみんなアメリカのディズニーか日本のアニメのぱくりです。僕はもう中国には帰りたくない。どんなに仕事がなくて貧乏しても、中国には帰りたくない。日本にいたい。僕は中国が嫌いです。」


それからはみんなが李に味方した。みんなが李に同情した。李が日本にいられるようにするにはどうすればいいか、みんなが考えた。しかし、李がようやくジンやラムの味を覚えたころ、彼の就労ビザは切れてしまった。彼は一言の挨拶もなく、宿を引き払い、店にもぷっつりと来なくなった。彼の行方は誰も知らない。

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