第16話 サーシャの来日

 ハイスクールを卒業したサーシャは日本に来ていた。

日本の大学に入学するためである。

学部は文化学部と決めていた。

ハイスクールから推薦状を送ってもらっていたが、日本の大学はどうやら手続きに時間がかかるようであった。

龍人の家から一番近い大学に決め、龍人の家に部屋を借りてそこから通う事になっていた。

そのため、龍人の家族に挨拶に行く途中だった。

「自然豊かな良いところね」

「僕を通して見ていたんじゃないの」

「八時間くらいの時差があったのよ。一日の内、半分はどちらかが眠っているのよ。全部見ていられないわよ。それに全部見ちゃったら、ここに来た時の感動が薄れるじゃない」

「了解。じゃあ説明すると、御山を霊山と言って、このあたりの山そのものが信仰の対象だから勝手に開拓は出来ないんだ。だからほとんど手つかずの状態だ。自然がほぼ残っているのはそのおかげかな。大昔は一族の者はその区域から出ることが出来なかったらしい。食料もすべて土地のものでまかなって暮らしていたそうだよ」

周囲数山がすべて守家一族の土地だ。

そのあたりと指さす範囲は広大ではあった。

その中の一番高い山が本山で、その八合目あたりに龍人の一族の暮らす広い土地と家々があった。

「でも、私の通う大学は龍人の家のすぐ近くって聞いていたのだけれど」

「近いよ。ほとんど隣だ。街に出る近道になっているくらいだよ。最も行きは下りだから自転車等で一気に降りて、帰りは大学の荷物搬入用エレベーターを使うことが多いけど」

叔父の源治が学長を務める大学がその山の3合目あたりにある。

それほど高い山ではないため、家のすぐ隣に大学があるようなものだ。

「それじゃあ、私は講義が始まる直前まで龍人と一緒にいられる訳ね」

「僕には修行があるから朝は道場にいる。残念だけど」

「じゃあ、私も一緒に修行する」

「レジャーに来たわけじゃないんだから」

「もちろんよ。でも、龍人と一緒にいたいから日本に来たのよ。時間は有効に使わなきゃ。能力の練習や体術も覚えたいし」

どうやら反論の余地はないらしかった。

龍人自身も同じような期待は持っていたからだが。

叔父の源治が学長を勤めていたこともあり、入学出来ることはもう決まっていた。

ハイスクール時の成績が良かったため、何の問題も無かった。

サーシャは後で知ったのだか、源治は世界でも知る人は知る高名な学者であった。

各国の文化を研究するため、現地に赴くことが多く、現地の民の役に立てればと、医者の資格も持っていた。

植物にも博学で、現地の薬草をよく利用し、多くの人命を救ってきた。

その知識と経験の展開を日本政府や世界の要人から依頼され、大学の教授をすることとなったとき、一族の住む街では大学の誘致を進めており、それなら日本にいるときは一族の近くにいた方がいろいろと都合も良く、自然環境の良いところの方が学生のためにも良いからと、役所と一族の了承を得て大学の建設に至ったのであった。

その後もたまに現地には赴き、ネイティブアメリカンの文化を研究しに行ったときに知り合った、部族のシャーマンを継ぐ家の娘、カトリと恋に落ち結婚し守谷家で暮らしている。

カトリはアンナの子供、愛子と双子の子供、龍歩と杏子の母親代わりもしてくれている。


 そこそこの距離がある坂道を休みながら、なんとか龍人たちの住むエリアにたどり着いた。

「龍人は毎日この道を通っているの?」

「そうだよ、初めのうちはきついけど、すぐに慣れるよ」

サーシャの荷物のほとんどを持って登ってきたのに、息一つ乱していない。

「登山家一族だとは知らなかったわ。でもここ、何かとても気持ちいいところね」

「だろ、六歳頃までは外に出ることを許されなかったから、この山々が僕の遊び場だった」

「外に出ることを許されなかった?あっ」

…サーシャは気づいた様だ。

「ここでは力が使えることが普通、当たり前の事。でも外の世界では違う。だから普段は力を使わないことが自然と出来るまで外に出られない。訓練の始めは、無意識にでも力を使わないよう訓練をするんだ。普段は能力を持たない人と全く変わらない生活が出来なければ外に出られない」

「だから六歳まで外に出られなかった訳ね。でも、六歳までによくそれが出来るようになれたわね」

「訓練のノウハウは歴史が長いから確立されている、なんとかね。それに一族のみんなが協力してくれるから、それこそ二十四時間、毎日ずっとね」

「つらいとは思わなかった?」

「みんなが僕を思って、僕のためにしてくれることだよ、つらいとは全く思わなかった」

龍人がなぜ、これほど優しく、柔らかな暖かい人なのか判った気がした。

生まれてから外の世界に出るまで、一族のみんなの愛に包まれて育ってきたのだ。

そこには邪心も悪意も全くない。

お互いを思いやる優しい心だけ。

それを普通と感じる生活、それが龍人の人格のベースになったのだろう。

反面、自然の中で遊びながら育ったため、自然の摂理、無情さを体感したに違いない。

ドライな面をも持つのは、その厳しさを幼い頃から身をもって学んだ結果なのだろう。

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