三日目4

 なんの進展もなく、一週間のうち二日が終わってしまった。焦燥感からの苛立ちが爪に向かい、自然と指はボロボロになっていた。

 ――やはり、俺が英雄をやめるべきでは?

 頭をかすめた考えは、何度願ったことだろう。到底叶うわけもなく、神のモノをみだりに盗んでしまった自分のせいであると、刻み付けるだけであるというのに。


「シエラにお前のこと、聞いてしまったんだ」


 明け方の空に向かって農道を歩いていると、ヒュウガがそう尋ねてきた。

思わず足が止まる。


「……それは、どこまで?」

「たぶん、全部だ」

「…………」


 再び歩き出す。やがて、足場は砂利道に変わった。


「だが、これだけは教えてくれなかった。何故そこまで神を嫌うのかだけは」

「あぁ、それはたぶんアイツも知らないんじゃないか?」

「知らない?」

「自分より立場が上の奴の目の前で、お前は弱者をいじめるか? つまりは、そういうことだ」


 いまいち合点がいっていない様子のヒュウガに苦笑する。


「俺は別に神が嫌いなわけじゃない。そりゃあまぁ、ムカつきはするぜ? 俺たちが苦しんでるときに、何もしてくれねぇんだからさ。……でも、そういうもんだから」


 神は、悪魔などの神的ものが関わっていない限り、人間の営みには手を出すことができない。たとえそれが自らを仰ぐ者によって行われた所業であれど、基本は見守るだけ。それが、この世界のルールだった。

 赦せないのは、神などではなかった。


「だけど、その神を盾に力を振りかざす、そんな信者の奴らは赦せない。平気な顔をして、正義だと、神の意向通りだと信じて疑うことなく、異端を間引く。んなの、あっちゃダメだろ……?」


 貴様は、悪魔だ。そう言われ、迫害されてきた。俺を庇った者も、ことごとく迫害された。遂には自殺を選んだが、なんの力か、死にきることはできなかった。……親しい者だけが、みんな消えていった。

 神話が示している。そう街の奴らは言うが、その神話のどれほどが信用できるのだろう。何千年前の記録の、どこまでを本当だと信じ切れるのだろうか。


「なら、なおさら疑問なんだが……どうしてこんな街を捨てない? 貴様の技量をもってすれば、街を出て生き延びることも可能であろう?」


 俺の目に留まったのは、腰に差した銀の装飾の施された剣だった。

 あぁ、それはきっと……。


「約束なんだよ。無視したって構わない。けど、無視するわけにもいかねぇ約束をな。……これが、俺の贖罪なんだ。逃げるわけにはいかねぇんだよ」

「一体なんの?」


 それには、無言で返した。

 静寂に包まれる。景色からは畑が消え、視界には森が広がっていた。


「そんな勇気……」


 聞き取れたのは、そんな小さな単語だった。ぽつりと呟かれた言葉に声をかけようか、一瞬迷った。だが、見えた左中指の指輪をそっと撫でているヒュウガの姿に、俺はやめておくことにした。

 その時、囁くような声が聞こえてきた。


「ヒュウガ、お前、一人で帰れるか?」


 その質問でさえ気兼ねしたが、そんな憂いも意味はなく、ヒュウガはいつもの口調で返した。


「なんだ、貴様はこの俺を馬鹿にしているのか? 貴様の案内などなくとも、家路など俺の海馬に刻み込まれしこのメモリーが導いてくれるわ!」


 高らかによくわからない言葉をそらんじているあたり、いつものヒュウガに戻ったようだ。もっとも、まだ左中指は依然とせわしなく撫でられてはいたが。

 ヒュウガに別れを告げようとした時、また声が聞こえてきた。


「やっぱ今の無し。お前も来い、神さんが呼んでる」

「? 別に何も聞こえなかったが……」

「英雄の特権ってヤツだ」


 ヒュウガは頭がおかしいんじゃないか、と言わんばかりの懐疑的な目を向けてくる。その反応はいつものことだ。少し意外に思ったのは、首を捻ったのが、いつも俺と似たようなことをしているヒュウガだからだろうか。


「いいから、ついて来いよ」


 神殿へ向かいながら思う。

 神さんは何故俺とヒュウガを呼んだのだろう?

 火の勢いの弱まりや水質の劣化。奇妙な風に、土質の劣化による植物の枯朽。これらに関係することでなければいいのだが……。

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