イケメン先生のパン教室

 私はパン教室の体験レッスンに来ている。友人が参加費五百円でメロンパンが作れるって誘ってくれたから。

 パンなんて買った方が早いんだけどね。五百円あったらメロンパン五個買えるでしょうが。でもまあ、自分の手作りのメロンパン食べてみたいじゃない?


 だけど、聞いてない。先生が男性で、しかもこんなに男前だなんて聞いてない。こんなに俳優みたいにかっこいい人に教わるなんて聞いてないよ。


 体験レッスンが終わった後は、パン教室に通いませんかって勧められるみたい。ホームページを見たら、一回の授業が何千円もするのよね。私には厳しいわ。払ってくお金がないもの。今日は五百円だから来ただけ。


 大きな作業台の向かい側に先生がいて説明してる。今日の体験レッスンの受講者は私と友人だけだった。一人一個ずつメロンパンを作るそうだ。


「ではまず、材料は………………………」


 はあ。先生の声、心地良ここちいいわあ。なんだろう、この優しい声。眠くなっちゃいそう。


「そして混ぜ……………………………」


 ああ、きれいな目をしてるわあ。髪の毛もサラサラ。ちょっと寝癖がついちゃってるけど、それもかわいい。あら、鎖骨さこつにホクロがあるのねえ。あっ、こっち見た。キャッ、目が合っちゃった。


「聞いてますか?」

「あっすみません」

「僕の顔じゃなくて手元を見てください」


 は? 腹立つわあ。何この人。見てないわよ、あんたの顔なんか。鎖骨のホクロ見てたのよ。でも見惚れて集中できてなかったのは事実だわ。先生の手元見なくちゃ。


 あら、きれいな手ねえ。腕もしっかりしてて素敵ぃ。血管が浮き出てるじゃないのお。


「では……………………」


 あっ、先生の動きが止まった。


「聞いてました?」

「えっ?」

「材料を混ぜてください」

「あっ、はい」


 しまったわ。今度は手に見惚みとれちゃった。ええっと。何をどう混ぜるんだ? 一緒に来た友人を見てみよう。ふんふん、ああやんのね。


 あっ、ねだした。えっとこうやんのかな? ああもう、手にくっつく。うわあ、めんどくさいわあ。何ていうか無理だわあ。やっぱりパンなんてパン屋で買ってきた方が早いって。はあ、どうすりゃいいんだろこれ、このグチャっとした生地きじ。先生に聞いてみるか。


「先生、生地がうまくまとまらないんですけど、どうやるんですか?」


 先生がこちら側に周ってきた。はあ、至近距離で見ちゃったわあ。お肌きれい。唇プルプルじゃないのお。


「…………………………あの」

「はい?」

「だから僕の顔じゃなくて手元見てください」

「ああ、はい」


 チッ、また言われちゃった。「手元見てください」だけで良くない? わざわざ「僕の顔」言わなくてもいいじゃん。見てたけどさ。はあ、たくましい腕ねえ。パン生地になって捏ねられたいわあ。


「こんな感じです」


 あっ先生、私の生地捏ね終わっちゃったよ。私することないじゃん。まあ手汚れるの嫌だからいいけどさ。


 その後の作業も私があまりにもボケーッと先生に見惚れてるもんだから、友人と先生が作るの手伝ってくれて、いつの間にかクッキー生地が付いたメロンパンができあがった。

 

 味の方は、まあ別に……。そんなに美味しくなかった。自分で作ってないし感動なんてないわ。


「それでうちのパン教室なんですけど、毎月の受講料が…………」


 ああ、そうだ。最後にこれ断らなきゃ。

「すみません。私パン作り向いてないみたいなので」

「そうですね」


 ちょっと。納得するの早すぎない?


「お金もないので」

「わかりました」


 だから早いって。


「先生かっこいいから本当は通いたいんですけど、見惚れちゃって授業に集中できないんですよお」

「ああ、やっぱりそうですよね。皆さんそう言います」


 みんな言うの?


「そんな人達の為にYouTube始めました」

「へっ?」


「パン教室で話聞いてないのは困りますが、YouTubeでしたら僕の顔ジロジロ見てもいいですから。何度でも再生してください」

「えっ先生、顔だけじゃないです。手も腕も鎖骨も素敵です」

「手も腕も鎖骨もしっかり映ってます。存分に視聴してください」


 先生はパン作りユーチューバーだった。


 その日から私は毎日先生のチャンネルを視聴した。もちろんパンの作り方なんて覚えられない。ただうっとりと先生の姿を眺めている。いくら見ても怒られない。お金がなくてパン教室に通えなくてよかった。


おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る