act.21 [ダハール旧市街/最前線]

[ダハール旧市街/最前線]


 砂に蹂躙される旧市街。すでにいたるところがガレキの山と化しているが、戦況の激化により破壊の度合いをさらに強め、各地から濛々もうもうたる黒煙も上がっている。


 総攻撃を開始した王子派反乱軍が、快進撃を続けるなか、国王軍はここ数日で挽回した防衛線を下げに下げていた。戦車隊と随伴するユギトの本隊は、宮殿まであと一歩という最前線まできて、進軍をストップさせた。攻撃はやんでいる。包囲されたというわけでもない。


「おかしい……どういうことだ、兵が撤退している。宮殿ももう目の前だというのに、なんだこの手応えのなさは」


 戦場の異変を感じ取ったユギトは、本隊に待機を命じる。総勢で三六十度を警戒する陣形を組むものの、敵兵の気配はひとつだに感じなかった。すると陣形の中央にある“ガバメント”のうえから、コルトが身を乗り出して。


「決まってるじゃん! 私らが強いからよ!」


 極めて楽観的な意見を周囲に振り撒き、にわかに兵達を鼓舞した。この辺を天然でやってのけてしまうのが、また彼女の才気なのかもしれない。


「ひ、姫様っ、危険ですから身を乗り出さないでください! ちゃんと座って!」


 砲台で隣り合うウィニーが恐々としている。彼女の肩を掴んで、必死に戦車のなかへとしゃがむように懇願した。


「ちょ、どこさわってんのよばかぁ!」


「うわちょ、やめっ」


 しかし逆にぽかぽかと殴られ、砲台内へと押し込められる始末。いちゃいちゃモード発動中の彼女らをよそに、ユギトは眉間に深いしわを刻み思索に耽っていた。


「罠だとお考えですか、殿下」


 隣に控えるウォールが訊ねた。背に狙撃銃を背負い、手には小銃を構えている。


「ふむ……コルトではないが、単に我々が優勢であるという可能性もある、しかしなにかひとつ納得のできる材料がほしいな」


 するとウォールは無線を取り、各隊へと近況を報告するように指示を出した。


「全軍に報告させましたが、各防衛線のいずれもがもぬけの殻だと。戦略的撤退というよりは、なにかに慌てて引き返していったという印象が強いようです」


「なんだと?」


 ユギトが報告に対して訝しげな表情をしていると、さらにひとりの兵士から、嬉々とした声が上がった。


「殿下! 国王軍の無線を傍受しました! 民衆に一斉蜂起これあり、至急応援求む!」


 隊員達は、皆そちらへと振り返る。そして沸き上がる感情をごまかしもせず、すでに戦争に勝利したかのような雄叫びを上げた。戦車のうえでは、コルトとウィニーが手を取り合い、お互いの顔を笑顔で見つめている。


「それだ! 撤退したのではない、兵力の大部分が新市街の防衛に割かれたのだ。おそらく国王のめいだろう、先ほどまでの戦術は放棄されたのだ。でなければ“ガルーダ”ともあろう者が、こんな無様な戦い方をするわけがない」


「自分も同意見です。このまま宮殿を占拠いたしましょう。指揮系統を掌握できれば、この戦争は終わりです」


 ウォールは小銃を構えなおし、いつでもいけることをユギトにアピールした。


「行こう! このまま暴徒がなだれ込めばティムの身も危ない。先に我々が宮殿へと乗り込んで、停戦を宣言する!」


「サー、イエッサー!」


 ユギトの号令に呼応する戦士達、ここ一番の活気を見せる。ユギトの本隊とする十余名からなる歩兵小隊は、そのまま宮殿に向けて走り出した。三機ある戦車隊は、“ガバメント”を残し、宮殿を包囲するため左右へと展開。出遅れたコルトは、金切り声を上げる。


「あ! ちょっと兄様待ってよ! グロック、早く追いかけて!」


 密封型の操縦室にいる、姿の見えないグロックをコルトは急かした。ガクンと乱暴に発進した“ガバメント”のうえで、コルトとウィニーがつんのめる。


「わおう! ちょっとグロック! もうすこし静かにやりなさいよ!」


 どっちなんだよ、というグロックの悪態が聞こえてきそうだった。スピードの乗った“ガバメント”は、徐々にその速度を落とす。


 ぐらりと、ウィニーの身体が、コルトのほうへとしなだれかかった。


「ちょっとウィニー、いい加減にしてよ! こんな時に不謹慎だって――ウィニー?」


 ウィニーはなにもいわない。ただコルトを抱き締めるかのように身体を預け、じっとそのまま眠ったように動かない。そんな彼を引き離そうとしたコルトの手には、赤々とした血がべっとりとこびりついていた。


「え――」


 己の手を染めていく粘着質な彼の血を眺め、コルトは大きく目を見開いた。耳のすぐ横で触れ合うウィニーの顔は、まだこんなにも温かいのに。


「なにふざけてんのよ、おきなさいよほらぁ」


 抱き起こした彼の額には穴が開き、そこからドクドクと黒い血が流れてくる。まだヒゲも生えそろわない彼の顔は、半眼を開けたまま事切れていた。コルトは彼のむくろを抱いたまま、ガクガクと力任せに揺さぶった。


「目を覚まして、『姫様、やめなさい!』とかいってみなさいウィニー! ねえ! 待って!」


 ウィニーは返事をしない。もう動かない。


「やだぁ! いかないでウィニー! 私をひとりにしないで! ウィニー――ッ!」


 後方の異変を感じ取ったウォールは、宮殿上階の窓から、小さな反射光がもれていることに気付いた。


「しまった狙撃兵スナイパーか! 殿下、先に行ってください!」


「分かった!」


 走り去るユギトの背中を見送って、ウォールは銃を持ち替えた。近場のバリケードへと飛び込み、土嚢のうえへとスナイピングライフルの銃身を乗せる。


「クリア!」


 甲高い銃声があたりに鳴り響くと同時に、宮殿の窓からひとりの兵士が落下した。その間に遊底ボルトを引き排莢、薬室チャンバー へとすばやく次弾を送り込む。再び銃声がした。今度は着弾のほうが早く、音が聞こえてくる頃にはもう狙撃兵ターゲットは死んでいた。


 無事、ユギト達が宮殿への進入を果たしたのを確認すると、ウォールは狙撃銃を背負いなおし、急いでコルトのもとへと引き返していった。“ガバメント”へと駆けつけると、かたわらには胸に手を組んで、瞳を閉じさせられたウィニーの亡骸が。グロックは“ガバメント”の操縦席から顔を出し、コルトはウィニーの穴の開いた額に、自分の手を乗せていた。


「ウィニー……」


 沈痛な面持ちで、ウォールが彼への哀悼をにじませる。その着弾点から彼には分かった、ウィニーは誰よりも早く敵狙撃兵スナイパーの存在に気付き、その攻撃からコルトを守ったのだということを。ウォールはひとりの戦士として逝った彼に対し、最大の尊敬を込めて敬礼を送る。とても穏やかな死に顔だった。


 コルトは、ウィニーの亡骸を見つめながら泣いている。誰かに泣き顔を見られることすら、はばからずに顔をぐしゃぐしゃにして。


「ウィニー、いつも素直じゃなくてごめんね。大好きよ……昔からあなたのこと大好きだったわ。誰よりも私のそばにいて、誰よりも私の話を聞いてくれて。ごめんなさい、私、ずっとあなたにいいたかったのに。ありがとうって」


 コルトはウィニーの唇にキスした。まだ温かい、彼の体温が残っている。


「私行くね……、戦争を終わらせてくる。あなたが大好きだったこの国を、昔のようにしてみせるから。だから、ちょっとだけ待ってて。ひとりで寂しいかもしれないけど、必ず戻ってくるから。――行くよグロック、それから軍曹も。私達は兄様を全力で援護する!」


 その時、強い風が吹いた。まるで彼女らの背を押すようにして。“ガバメント”のオレンジの機体が、砂塵へと消えていく。力強く、なんぴとにも脅かすことができないように。

 ウィニーの身体には、綺麗な砂が舞い降りる。

 その顔は、笑っているようにも見えた。


〈つづく〉



























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